氷雨 対 妖精
「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼」
けたたましい叫び声と共に、キャロル・レッドは臀部から地面に墜落した。
墜落、という表現がしっくりくる程、受け身も全くない落下である。
「いた……くはない」
トルテンによってチームは散り散りになり……彼女は一人、森のどこかに飛ばされてしまったのだ。
「ど、どうしよう……とにかく、誰か探さないと……」
キャロルは怯えながら周囲を見渡し、見知った顔を探すが……背の高い木々が静かに立ち並ぶだけで、人の気配はない。
「うう……みんな、どこにいるの……」
彼女の不安は募る。
本来ならチーム五人の連携を駆使して戦う想定だったのに、いきなり単独で行動することになってしまった。
この状況は――非常にまずい。
キャロルも、それを理解している。
――私一人じゃ、何もできないよ……。
精霊魔法は満足に使えず。
急ごしらえの魔具は、他のメンバーが攻撃する隙を作るくらいしか使い道がない。
――この状況で敵さんに見つかったら、終わりだ……。
魔術師組に見つからないよう細心の注意を払いながら、彼女は移動し始めた。
「……」
本当は大声を出して仲間の名前を呼びたい……自分の弱さからくる心細さに、キャロルの胸は押しつぶされそうになっている。
だがそんなことをすれば、もし近くに魔術師組の誰かがいた場合、格好の餌食になるのは明白だ。
従って、いくら寂しくとも黙って進むしかない。
「……」
ここのところ毎日放課後に森を利用していたのが幸いし、比較的焦ることなく移動することができている。
これがもし慣れない市街のような地形だったら……より一層パニックになって、大通りを叫びながら走っていたかもしれない。
そう思うと、これまでの特訓も無駄じゃなかったなと、彼女は段々平常心を取り戻してくる。
――……大丈夫、意外と落ち着いてる。そうよ、私だって無駄にみんなと修行してたわけじゃないもの。
初めの内は、正直嫌々特訓に参加していた。
メンデル先生の提案に乗り気なみんなに流され、目的もなく時間を浪費していた。
――……でも、この前レグくんと話してから、私は変わったんだ。
窮屈な田舎を出て、都会に住みたい。
可愛い物や流行の物で溢れている、レザールが好き。
そんな動機でも、胸を張っていいんだと。
彼が、教えてくれた。
「ふう……」
気を張り詰めながらゆっくりと歩くのは存外に疲れるらしく、彼女は太い木に寄りかかって休憩をとる。
演習会が始まった際に感じていた緊張は、自然とほぐれていた。
――崖の上から見た感じ、この森はかなり広かった……なら下手に動かないで、どこかで戦闘が起きるのを待つ方がいいかな?
闇雲に動き回れば、敵との遭遇率も同時に上がってしまう。
一人では満足に戦えない今、確実に味方がいるとわかってから移動した方がいいかもしれない。
そんな風に状況を俯瞰できるまでには、キャロルの精神は冷静さを取り戻していた。
「うん、そうしよう。敵さんに見つからないことを第一にして、みんなが戦い始めたら合流……」
「【レイン】!」
彼女が今後の指針を決定した瞬間――右前方から濁流が押し寄せる。
「きゃあっ!」
突然の出来事に反応が遅れ、キャロルは水流に飲み込まれてしまった。
――こ、攻撃された⁉
激しい水流に揉まれ、せっかく冷静になっていた彼女の心は再び乱される。
多くの学生にとって、この演習会が初めての実践戦闘になるのだ……不意打ちにうまく対処できる者の方が少ないだろう。
――このままじゃ、やられちゃう……!
だが比較的早い段階で、キャロルは己の為すべきことを判断した。メンデルによるスパルタ特訓のお陰で、理不尽に攻撃されることになれていたのかもしれない。
「【うぅおーんをっと(ストーンショット)】!」
水に流されながらもなんとかバランスを取り、弓矢を放つ。
彼女が修行した魔具は「大岩の矢」。
発動する魔法【ストーンショット】は、矢が撃ち込まれた箇所に岩の壁を出現させることができる。
キャロルは濁流の流れてくる方の地面に向けて魔法を使い、その流れをせき止めたのだ。
「っつ!」
水流から逃れることはできたが勢いを殺すことはできず、ゴロゴロと地面を転がる。
全身を鈍い痛みが襲うが……彼女は瞬時に体を起こし、その場から駆け出した。
――結構な距離流されちゃったけど……逆に逃げるチャンスなはず!
期せずして魔法を使用した者からは離れることができたので、このまま走るのが得策だと考えたのだ。
仮に襲ってきた相手が一人だとしても、自分の力では迎え撃つことはできない……ここは当初の計画通り、逃げ続けるのが吉!
キャロルは全速力で、森の奥へと消えていく。
そしてその判断は正解だったと言える。
「どう思う、ヘレン」
彼女が魔法を食らってしまった際に休憩していた大木。
そこには――二つの人影があった。
「んー……ぶっちゃけ、弱そう? って感じ。普通に戦っちゃえばよかったのに」
片目を隠すように伸びた前髪を気にしながら――魔術師の少女、ヘレン・ウェイはあくびをする。
その呑気な態度に反して、もう一人の魔術師――シトラス・ホークは、真剣な面持ちで森の奥を睨みつけた。
「落第組にいるとは言え、エルフはエルフだ。慎重にいくに越したことはないだろ」
「私たち二人がかりなら余裕だってー。真面目角刈りだねー、ほんと」
「角刈りは機能的な髪型だ、馬鹿にするな……それにこの前、学んだだろう。俺たちだって、油断すれば負けてしまうと」
シトラスはあの日のこと――倉庫でレグと相対した日のことを思い出す。
「……別に、負けてないわよ。ちょっとびっくりはしたけど」
「いや、負けたよ。だが次は負けない。なぜなら、今回の俺たちは油断しないからだ」
言いながら、彼は両手に魔力を込める。
「だがヘレンの言い分もわかった……あのエルフは、ここで片付けよう」
「おっけー、そうこなくっちゃね」
二人の魔術師は。
全身全霊を持って――キャロルを追う。




