理由 003
「え?」
思いがけないレグの反応に、キャロルは素っ頓狂な声を出してしまう。
「チームを抜けたい理由が迷惑をかけるからってだけなら、俺たちは気にしないぜ」
「……そんな風に気を遣わせるのも、嫌なんだけど……」
「自慢じゃないが、人に気は遣えないんだ。だからこれは、本心なんだけどな」
「で、でも……」
俺たちは気にしない。
レグの放った言葉を、キャロルは素直に受け止められずにいる。
「丁度昨日、みんなでキャロルのことを話してたんだ。どうやったら精霊魔法が使えるようになるか……演習会に間に合わなかったらどうするかって、いろいろな」
「そうだったの? 全然知らなかった」
確かに昨日の特訓の後、自分以外のメンバーは教室に残っていた気がする。チームを抜けることで頭が一杯だったので気づかなかったが、そんな話し合いをしていたとは思わなかった。
――やっぱり、迷惑かけちゃってる……。
キャロルは伏し目がちになる。
「……みんな、キャロルがどうやったら強くなれるか、必死に考えてたぜ。特にエルマなんか、俺たちじゃ思いつかないようなアイデアをいくつも出しててさ」
無邪気に笑うレグの顔を、キャロルは不思議な面持ちで観察する。
入学した頃は、こんな風に笑う人じゃなかったように思う……彼の内面が変わっていっているのを、彼女は何となく察していた。
「サナもシルバもエルマも、真剣に話し合ってたんだ、キャロルのために。……それが、正直羨ましかった」
「う、羨ましい?」
レグの言葉に驚く。
「そんな、みんなに迷惑をかけちゃってるのに、羨ましいだなんて……」
「少なくとも俺は迷惑だなんて思っちゃいないし、あいつらもきっとそうだと思うよ」
彼は優しくキャロルに語り掛ける。
数週間前、エルマにしたのと同じように。
「他人が自分のために何かを考えてくれるって、すごいことだと思うんだ。みんな当たり前みたいにやってるけど……俺にとってそれは、とてもハードルが高い」
十八年を「ぼっち」で過ごしてきた神内功を思い出しながら、レグは言う。
他人を拒絶し、救いすら求めなかった彼を。
「迷惑かけてるかもって考えてるってことは、キャロルも俺たちのために何かを考えてくれてるってことだろ? その想いを否定されたら、悲しくないか?」
「……そ、そうだね。私なりにみんなのことを考えてるのに、それを汲み取ってもらえないのは辛いかな……」
「だろ? だからまず、俺たちはお互いの気持ちを確認すべきなんだ。キャロルはチームのためを思っていて、俺たちもキャロルのためを思ってる……それなのに、どうしてチームを抜ける必要があるんだ?」
「そ、それは……」
仮にレグの言葉が本心から出たものだとしたら……確かに、自分が気を回すことが間違っているのかもしれないと、キャロルは思う。
だが、それでも。
「でも……例えみんなが私のことを受け入れてくれたとしても、やっぱり一緒にはいられないよ……」
「どうしてだ?」
「だって、恥ずかしいじゃない」
キャロルは呟く。
恐らく、彼女の本心を。
「サナさんは家の名前に恥じないように立派な騎士を目指していて、シルバくんは何だかんだ言いながらチームのために新しい術技を覚えようとしてる。エルマさんは魔法が使えないのに生徒会に立候補したし、レグくんはひたすら真面目に特訓し続けてる。それなのに、私は……」
私は。
ただ都会で暮らしたいからという理由だけで、ソロモンに入学した。
それが――堪らなく恥ずかしい。
綺麗で可愛いものがない地元を抜け、綺麗で可愛いものだらけの場所へ来た。
自分はそれで満足している……でも、周りで真剣に強くなろうとしている人たちを見ると、劣等感が押し寄せる。
どうして私は、ここにいるの?
強くなる気なんて、全然ないくせに。
「……みんなを見てると、自分がものすごくちっぽけな存在に思えてきちゃうんだ。明確な理由もないくせに、戦う理由なんてないくせに、あの場所にいるのが、恥ずかしい」
消えちゃいたくなるんだよと、キャロルは言った。
それを聞いたレグは、正直彼女の気持ちを尊重したいと思っていた。
無理に引き留めることもない……劣等感に塗れる卑屈さを、彼は知っているのだから。
神内功は、知っているのだから。
「……一応、言ってもいいか?」
それでも、レグは口を開く。
自分を変えようと努力し始めた彼は、言葉を続ける。
「人間ってさ、いつ死ぬかわからないよな」
「……え?」
突拍子もないレグのセリフに、キャロルは首を傾げた。
「こんな世界だから、エルフだっていつ死ぬかわからない。明日魔族の侵略が始まって、突然命を落とすかもしれない」
「……」
彼の真意を測りかね、キャロルは黙って話を聞く。
「俺は、惰性で生きることの怖さを知ってるんだ。目的も欲も何もなく、無為に生きることがどれだけ怖いのか……人生に積み重ねたものがないってのは、中々恐怖だぜ」
生きているだけで丸儲けなんてのは、所詮生きている側の道楽なのだと。
一度死んだレグは、そう喝破する。
「ただ生きているだけじゃダメなんだ。ある日突然、何の脈絡もなく理不尽な死を与えられた時――もう一度自分自身に生まれ変わりたいと思える生き方を、しなくちゃいけないんだ」
神内功は死の間際、神内功にだけは生まれ変わりたくないと――そう願っていた。
それではダメなんだと、レグは語気を強める。
「キャロルはさっき、自分には理由がないって言ってたけど……子どもの頃から憧れていた暮らしをしたいってのは、立派な理由だと思うけどな。それが人生の目標なら、何も恥ずかしいことなんてないんじゃないのか?」
「……っ」
憧れていた暮らしを目指すのは、恥ずかしいことじゃない。
それが、人生の目標なら。
「なんにも目標がなくても、人ってのは案外生きれちまう。でも、キャロルには望みがある。それを恥ずかしいなんて言うのは、自分を傷つけるだけだと思うな」
「……」
そんなことを言われたのは初めてだった。
地元を出たいから、都会で暮らしたいからなんてことを話せば、誰だって考えが浅いと言う……そう、思い込んでいた。
だが、レグは違った。
「……いいのかな。そんな、ちっぽけな理由でここにいても」
「いいに決まってるだろ。キャロルが明日死んだ時、もう一回人生をやり直したいと思えるなら、それが正解だ」
理不尽な死を経験し、自分自身に生まれ変わりたくないと感じたことのあるレグだからこそ――どんなに浅はかに見える理由でも、否定しない。
「……私はレザールが好き。煌びやかな街中も、流行のお店も、全部好き。もし生まれ変わっても、もう一度キャロルとして、ここで暮らしたい」
それは、彼女が生まれて初めて口にした思い。
地元を捨てるなんて薄情だと言う人もいる。
だけど――私は。
キャロル・レッドは、この街で生きていたい。
「だったら、チームを抜ける必要はないよな」
レグは立ち上がり、キャロルに向かって右手を差し出した。
「優秀な成績でソロモンを卒業出来たら、就職先は引く手数多なんだろ? 演習会で頑張れば、レザールで一生暮らすことだってできるんじゃないか?」
「……それは、ちょっと楽観的すぎるかな」
「人生なんて楽観視するくらいで丁度いいんじゃないかって、最近は思うぜ。強くなりたい理由がないなら……とりあえず、そこら辺を理由にしてみたらいいんじゃないか?」
今よりも強くなって、ソロモンを卒業し。
このまま、レザールで暮らす。
それだって立派な目標なんだと――レグは笑った。
「そう、だね。もうちょっとだけ、頑張ってみようかな」
エルフの少女は、差し出された手を握り返す。




