特訓 002
「実はレグくんの言っていたことはあながち間違いというわけでもなく……キャロルさんの現状を打破する方法は、意外と簡単なんです」
言いながら、メンデルはキャロルの背後に回り込んだ。
「簡単、ですか」
「ええ。ただ、この方法は僕がつきっきりになる必要があるので、実技授業の中では実践できなかったんです」
「その、方法っていうのは何なんですか?」
「そんなに怯えなくても大丈夫ですよ……今のキャロルさんは『恥ずかしい』という感情が邪魔をしてしまって、精霊と上手く魔力の共有ができていない状態にあります。ですから、その感情を無視できるレベルで精霊とコンタクトを取れれば、問題は解決です」
メンデルはビクつく彼女の両肩に手を乗せ――魔力を流し込む。
「っ⁉ せ、先生、これは……」
「僕の魔力を貸すことで、キャロルさんと精霊との間に存在する壁を取り除きます。今のあなたは、常に精霊魔法が発動している状態になっていますよ」
「え? え、え、ええ⁉」
キャロルの全身が薄い桜色に光り輝く。
溢れ出る魔素に圧され、レグとエルマは溜まらず後ずさりした。
「この特訓の欠点は、少々危険を伴うことにあります。こうして僕が傍にいないと、いつ魔素不足を起こして倒れるかわかりませんから」
「それ、大丈夫なんですか⁉」
「もちろん。危ないことになる前に、僕が魔力の供給を絶てばいいだけですから……キャロルさんは余計なことを考えず、今の自分の状態を体に叩きこんでください」
「は、はい……」
多少納得はいっていないようだが、彼女は渋々頷いた。
精霊魔法を使っている状態が正常だと体に覚えさせることで、感情に左右されずに魔法を使えるようになる……これもまた、短期間で成果を出すには打ってつけの方法である。
「さて、御覧の通り僕はキャロルさんの傍を離れられません。レグくんとエルマさんは、今朝話した特訓を各自やっていてください。定期的に様子を見にいきますので」
「……わかりました」
メンデルの言葉を受け、エルマとレグは森の奥へと歩き出す。
「ま、まってよ、エルマさ~ん! 一人にしないで~!」
「はいはい。どんどん魔力を流し込みますからね~」
背後でキャロルの情けない声が聞こえたが、二人は全力で無視した。
◇
「それにしても、サナといいシルバといいキャロルといい、よくあんな風に特訓を思いつけるよな」
特訓に適した場所を探すレグとエルマは、先程のメンデルの手際を回想する。
「……あの人は、かなりの実力者です。サナさんの魔具に施した細工もそうですし……キャロルさんに流し込む魔力に至っては、この国でも行える者が限られる程高度な魔力操作が要求されます」
「そうなのか……。そんな人が担任でラッキーだったな」
レグは呑気に言うが、エルマはそこが引っ掛かっていた。
――あんなに実力があるエルフが、何故落第組の担任に? 恐らく、エルフ組の担当をしている教師よりも、メンデル先生の方が実力は上のはず……。
気にしても仕方のないことをつらつら考えていると……視界が開け、ある程度の広さがある草原に辿り着く。
「お、ここなんて丁度良さそうだな」
レグは駆け出し、前方宙返りを決めながら草原に着地した。
「エルマも早く来いよ。空気が気持ちいぜ」
「……学長が作った空間なので、自然の気持ちよさではありませんよ」
「まーそれはそれ、これはこれだ」
子どもみたいにはしゃぐ彼を見て、エルマは小さく笑う。そしてすぐ、どうして笑っているのかという疑問で顔が曇る。
疑問符を振り払うように、彼女はコホンと咳払いをした。
「……では、メンデル先生に言われていた特訓を始めましょうか」
学長室でレグが新たな腕輪を手に入れた後。
メンデルは、レグとエルマに特訓の話をしたのだ。
「えっと……まず、火の属性を使えるように修行すればいいんだっけ?」
レグの右腕に煌めく赤い腕輪。
そこに嵌められた伝説の宝玉――『緋玉』は、所有者の魔素を望む属性の魔法に変換する性質を持つ。
右手首に刻まれた呪いの紋章から溢れ出す規格外の魔素を魔法に変換することで、呪いの魔素が人体にダメージを与えないようにコントロールし、有効活用ができるのだ。
「はい。先日の魔術師とのいざこざで、レグさんは火属性の魔法を飲み込んでいましたから……恐らく、その適性が高いかと思われます」
倉庫でマックスが放った【炎乱の風】。レグはその竜巻に右手を突っ込み、彼の魔法を媒介にして呪いの魔素を撃ち返すという荒技を成し遂げていた。
「イリーナさんとの修行で、何となく魔素の形を変えるコツは掴んでたから、それを試しただけなんだけどな」
「……」
彼の言葉に、エルマは目を見張る。
――レグさんが言っているコツは、十中八九「派生」のこと……魔法を使えない人間が魔法を派生させるなんて、どういう修行ですか……。
「派生」とは、魔法に任意の「性質」を加える技術のことであり……ソロモンでは二年生になった魔術師が習得する技術である。
例えば、下位魔法の【ファイア】に「貫通」の性質を加えれば、【ファイアランス】に。
例えば、下位魔法の【アイス】に「狙撃」の性質を加えれば、【アイスアロー】に。
魔法をより強力で便利に扱うための技術が、「派生」なのだ。
――ソロモンを卒業する魔術師なら誰でも使えるとは言え……それは魔術師には魔力があるという大前提と、ソロモンに入学できる地力があるという条件があってのこと……。一体どれだけの努力をすれば、人間が派生を取得できるのか……。
エルマは改めて、レグの顔を見る。
彼なら――本当に。
呪いの魔素を使いこなし……人間でありながら、ソロモンで頂点を獲ってしまうのではないかと、そう思わせる何かがある。
――そのために、私も最大限努力しなければ。
レグと同じチームの一員として、足を引っ張るわけにはいかない。
彼は、自分と一緒に強くなりたいと――そう言ってくれた。
――私は今、一人じゃない。
レグの期待に応えるため、演習会までに必ず強くなると――エルマは固く決意する。
「……魔法は思いの力です。火に関するイメージを強く持ちながら呪いの魔素を放出することで……『緋玉』が思いを汲み取り、火属性の魔法へと変換してくれるはずです」
「わかった。とにかく熱いものを思い浮かべればいいんだな」
言いながら、レグはいつものように右の拳を握り込む。
直後、腕輪の周りに赤黒い魔素が滲み出る。
その様子を見たエルマは、安心そうに眼を閉じた。
――レグさんなら、きっとこの新しい力もすぐに使いこなすでしょう……私は私の修行をしないと。
そう思いながら目を開けると。
「魔力撃圧壊、火!」
そこには、威勢よく叫んで地面を殴るレグと。
何の変哲もない腕輪があった。
「……」
「……」
二人の間に、重い沈黙が流れる。
「……あの、火、出ないんだけど」
意外と、道は長そうである。




