新たな力 002
「学長、それは……」
遠巻きにレグとテネセスの会話を聞いていたメンデルは、思わず声を漏らす。物静かに座っていたエルマも、驚きの余り目を見張った。
「うむ。『緋玉』を嵌めこんだ、特製の腕輪型の魔具じゃ。魔具を作るのは久しぶり過ぎて少々時間がかかってしまったが、中々良い出来じゃろう」
テネセスは得意気に髭を揺らす。
「まさかレグくんのためにそこまで……本気ですねぇ、学長」
メンデルはまじまじと腕輪を見つめた。その反応の真意がわからないレグは、きょとんとした顔をしている。
「なあ、その赤い玉がどうかしたのか?」
「これは『緋玉』と呼ばれる伝説の宝玉の一つじゃ。今はもう、その存在を知っている者は限られておるが……どうやら、エルマは知っているようじゃの」
動揺する彼女を見て、テネセスはそう喝破する。
「……込められた魔素を任意の属性魔法に変換することができる、伝説の宝玉ですね。でも、その宝玉は現存しないはず……」
伝説とは、文字通り伝説。
古い文献にその名が記載されているのみで、遥か昔にその存在は消滅した。
「うむ、だから作ったのじゃ。呪いの魔素を抑え込むためには、この宝玉の性質に頼るのが一番だと考えての」
「『緋玉』を、作った……?」
当然のように言うテネセスに、エルマは絶句する。
――魔素を好きな属性魔法に変える宝玉を、自力で作ったなんて……。
確かに理論上は可能だが、それは理論上可能というだけで、実現可能という意味ではない。エルマの驚きようも頷ける。
だが、テネセスは元賢者。
魔術師すらも遠く及ばない高位の種族――聖人なのだ。
聖人とは、人類と魔族の中間のような存在。
人類側の種族はいずれも性交渉によって子孫を残すが、聖人は違う……世界が気まぐれに産み出す、謂わばイレギュラーのようなものなのだ。
ある者は協会の祭壇の前に。
ある者は霊峰の頂きに。
突如として現れる―、圧倒的な魔素と魔力を有した種族なのである。
「だがもちろん、儂一人の力ではない。細かい部分の調整は彼女に任せたのじゃ」
「彼女?」
レグが疑問を呈した瞬間。
彼の右手に嵌められた腕輪が――光り輝く。
『私のことよ』
腕輪から放たれた光によって浮かび上がる立体映像。
そこに映し出されたのは、紫のローブに身を包んだ「辺境の魔女」――イリーナ・ラスターだった。
「い、イリーナさん……」
久しぶりに目にする育ての親に、レグは萎縮気味に声を掛ける。彼女の表情を見て、大変に機嫌が悪いことを察したからだ。
『レグ、あなた本気で生き残る気があるの? ……何いきなり同級生に呪いの子だってバレてるのよ!』
イリーナが手を払うと、自分の左腕が勝手に動き出して左頬を殴る。
「いてえ⁉」
『バレたら処刑されるんだって、わからないの? 慎重に慎重を重ねて二乗にしても足りないって、言ったわよね!』
「ま、まあまあ落ち着いてください」
静かだったメンデルが止めに入る。
『……あなたは?』
「そこにいるエルマさんとレグくんの担任で、メンデル・オルゾと言います。初めまして、『辺境の魔女』」
『……オルゾ、ねえ』
イリーナはにやりと微笑むエルフの制止を受け、一旦落ち着いたようだった。
そして視線を、エルマに移す。
『あなたがエルマ・フィールね。あのフィール家のお嬢さんと仲がいいなんて、レグも中々やるじゃない』
「……特別仲がいい、というわけでは」
『でもこの子が呪いの子だって知ったのに、黙っていてくれたんでしょう? ……どうやら、その体質に関係があるようだけど』
彼女は一目で、エルマの体内に魔素がないことを見抜く。そして特殊な生い立ちの者同士、レグに配慮してくれたのだろうと推測する。
対してエルマは、噂で聞いていた傍若無人な「辺境の魔女」を目の前にし、何とも言えない気持ちになっていた。大量の魔素と優秀な魔力を使い、魔王軍との戦争で猛威を振るった魔女……自分とは真逆の存在に、憧れに似た感情を抱いたのかもしれない。
「……元はと言えば、イリーナさんが腕輪以外の魔具を用意してくれてなかったからじゃないか」
『何か言った、レグ』
「いえ、なんでもありません」
実技授業で呪いの魔素を使ったのがきっかけでエルマに呪いの子だとバレてしまったのだが、イリーナにその責任を負うつもりはないらしい。
『それにしても、お嬢ちゃんはどうしてレグが呪いの子だとわかったのかしら』
「……レグさんが尋常ではない魔素を生み出した時、それが腕輪の下、右手首から発生していると気づいたんです。呪いの子については文献で知っていたので、その特徴から判断しました」
『なるほどね……あなた、いい目を持っているわ』
イリーナはエルマの青い瞳を覗き込む。
『魔素が腕輪からではなく手首から出ている……それを気づかれるのがネックだった。だから私は、最大限カモフラージュできるように腕輪を作成したわ。もちろん、テネセスやトルテンとかいうガキ……そしてそこのエルフなんかのレベルになれば、見破られてしまうけれど』
けれど、と彼女は続ける。
『まさか学生、それも入学したての一年生なんかに見抜かれるのは想定外だったのよ。その点で言えば、私は油断していた。少なくとも、新しい腕輪を作り終わるまでは誰にもバレないだろうと……そう高を括っていたわ』
イリーナは珍しく――とても珍しく、優しい笑みを浮かべる。
落第魔女に向けて。
『あなた、魔素が空っぽみたいだけど……フィール家の才能は、どうやらちゃんと遺伝しているみたいね。その観察眼を誇りなさい。それは近い将来、確実にあなたの役に立つわ』
「……あ、ありがとうございます」
希代の魔女からの思わぬ激励を受け、エルマの身が引き締まる。
――……フィール家の才能が、遺伝している。
その言葉が、彼女の中で反芻される。
『……さて、じゃあそろそろ本題に戻りましょうか、テネセス』
「うむ、そうじゃな。腕輪を持つ左手が、行き場をなくしていたところじゃ」
テネセスはレグに近づき、腕輪を手渡す。
伝説の宝玉――『緋玉』が嵌められた腕輪を。
「儂とイリーナが作った『緋玉』は、所詮は偽物……じゃが、その力は保証されておる」
「力……」
レグは、自分の手に渡った赤い腕輪に目を落とす。
「君は現状、呪いの魔素の形を派生させることで、疑似的な魔法のように扱っておるようじゃが……その魔具を用いることで、真に魔法を使うことができるようになる」
「俺が、魔法を?」
彼が今まで使っていた技は、魔法ではない。
呪いの魔素を放出、変形させ――ただぶち当てるだけだった。
イリーナとの修行で身につけた、魔素のコントロール力……だが、それは決して魔法ではない。
レグの力を最大限に引き出すには、魔法を使えるようになる必要があるのだ。
『そう。あなたは人間でありながら、自身の呪いの魔素を原動力に魔法を使う。それが、呪いの魔素を有効活用する方法よ』




