新たな力 001
「よし」
レグは下宿先の宿で目を覚ますと、気合を入れるように冷水で顔を洗う。
昨日、魔術師組に襲われていたエルマとサナを助けた後……学園の医務室を使うのはまずいということで、レザールの隅にある小さな医療施設に二人を連れて行った。
午後の授業を丸々ぶっちしたことになるが……神内功として生きていた時もよく学校をさぼっていたので、罪悪感はなかった。
それよりも。
庭園でエルマと交わした会話の方が――重要だった。
「……」
鏡に映るレグ・ラスターの向こうに、神内功が透けている。
お前は変われない。
友達なんて必要ない。
「……うるせーっての」
レグは黒い制服に身を包み、部屋を後にした。
◇
「お、お、おはようシルバ」
正門の前で猫耳の獣人――シルバ・チャールに出会う。
今まで挨拶をされれば返していたが、自ら声を掛けるのは初めてのことで、変に声が上ずってしまった。
「レグてめー、おはようじゃねえよ。早速サボりか、ああ? そういう不良行為は俺の専売特許だろうが」
対してシルバは、どすの利いた声でレグを睨みつける。
「サナを探すって出てったっきり、お前もあいつも戻ってこねえし……エルマも結局、こなかったしよ」
「あー……」
レグは昨日起きた出来事を話す。
落第組の教室に着くころには、シルバの顔は真っ赤に燃えていた。
「あのクソ魔術師ども、今度という今度はキレたぜ! 魔術師同士のいざこざなんて知ったこっちゃねえと思ってたが、我慢できねえ!」
「バレたらまずいんだから落ち着けって!」
今にも魔術師組に乗り込みそうな勢いのシルバを必死で止め、無理矢理席に座らせる。
「離せレグ! このままじゃうちのクラスが舐められっぱなしだろうが! 殴らねえと気が済まねえ!」
「だから、俺が殴っておいたって。蹴った奴もいるけど」
「俺も殴るんだ!」
「それ続けてたらキリがないだろ」
「じゃああいつらの魔法を一発食らってから殴り返す!」
「とても意味ないからやめてくれ……」
怒りに震えるシルバを何とかなだめ、レグは隣の席に座った。
「そもそも、何でシルバがそんなに怒るんだよ。そりゃ少しはムカつくだろうけどさ」
「ああ? 何でもクソも、エルマとサナは仲間だろうが。あいつらには気に入らねえとこもるけど、それでも仲間だ」
好き嫌いの話ではない――同じクラスに属する以上エルマとサナは仲間なんだと、シルバはシンプルに考える。
そのシンプルさが、レグは羨ましかった。
「レグくん」
不意に、教室の入り口から名前を呼ばれる。
声のする方を向けば――落第組の担任、メンデル・オルゾが立っていた。
「あ、先生、どうも」
「ええ、おはようございます。ちょっとこっちに来てもらってもいいですか?」
不思議に思いながら、ニコニコと笑うメンデルの元へ近づくと。
「学長から大切なお話があるそうです」
耳元で、そう囁かれた。
「――!」
レグの表情が強張る。このタイミングでの呼び出しとなれば、彼の中に心当たりは一つしかなかった。
――昨日の魔術師との喧嘩、バレたのか……。
学園内で、魔法や魔具を許可なく使うことは禁じられている。即退学になるケースは少ないが……レグの場合、少しでも問題を起こすこと自体がまずいのだ。
彼は本来、処刑されてしかるべき存在。
例え呪いの子だと露見せずとも、学園に不要な人材だと判断されれば……ソロモンに在籍する必然性が無くなってしまう。
故にどれだけ小さな問題であろうと、起こすわけにはいかない。イリーナにもそう釘を刺されていたことを思い出す。
「エルマさんも先に学長室で待っています。レグくんの学生証では行くことができないので、僕と一緒にいきましょう」
「……」
エルマもいるとなれば、これは議論の余地なく昨日の一件についてだろうと、レグは腹をくくった。
◇
「うむ、よくきた、レグよ」
レグの覚悟とは裏腹に――学長であるテネセス・グローバーは穏やかな表情で彼を迎える。
縦に長い円筒形の部屋。以前ここへ連れてこられた時と違う点は――ソファに先客がいることだ。
青い髪の魔術師、エルマ・フィールである。
優雅に紅茶を嗜んでいる彼女は、レグの姿を見て軽く頭を下げる。お互いにどういう反応をしていいのか、手探りのようだ。
「そう身構えずともよい。昨日倉庫で起きた出来事については、既に把握しておる……そのことについて、君たちに処分を下すつもりはない」
「え?」
学長の言葉を聞き、レグは素っ頓狂な声を出す。最悪の事態を想定していた身としては、逆に拍子抜けだった。
「すると当然じゃが、魔術師組の者たちも処分はしない……君が呪いの子だということを隠し通すために、昨日のことには目を瞑ろう」
テネセスが静かに語り掛ける。
問題を起こすことはご法度だと考えていたレグは、あまりにも寛大な処置に戸惑いを隠せない。もちろん、罰せられないに越したことはないのだが。
「君の呪いの力は相当に優秀であると、儂が判断したのじゃ。ここで問題を大きくし、その芽を摘んでしまうことは非常に惜しい……被害者であるエルマには、何とか留飲を下げてもらうしかないのじゃが」
レグと同じく魔術師組のマックス達もお咎めなしとなれば、実際に襲われたエルマからしたら納得できるものではないだろう。
「……いえ、私は気にしていませんので」
だが、彼女は素気なくそう答えた。
「そうか……ならばいいんじゃが」
テネセスはコホンと咳払いをずる。
そして懐から、掌サイズの何かを取り出した。
「君を呼んだのは、これを渡すためじゃ。無制限な呪いの魔素を制御し、魔法に変える魔具……『緋玉の腕輪』をな」




