生徒会選挙 002
学園ソロモンには「生徒会」が存在する。
その組織の有りようは、神内功の生きていた世界のそれと大きくは変わらない。学生の主体性を重んじ、学園の顔となる役割に担う……だが、こと生徒会長に至っては、教師陣と同程度の発言力を持つとも言われているらしい。
生徒会に入ることは難しく、特に一年生は一人しか枠がない。従って、一年生で役員になるのは、魔術師組かエルフ組の入学成績上位者に限られてくる。
しかし、生徒会役員になることさえできれば――卒業後の進路は、概ね華やかなものになると約束されているのだ。そのため、実力があると自負する者は、こぞって選挙に立候補するのだが。
落第組は例外である。
入試段階から既に他クラスの生徒より劣っていることがわかっているに、生徒会を目指す者はいない。
にも関わらず、エルマ・フィールは生徒会選挙に立候補すると――そう宣言したのだった。
「……普通に考えてあり得ないよな。いや、どう考えても無理だろ」
担任であるメンデルの授業が終わり、落第組の面々は次の必修授業のために教室を移動していた。
塔の三階にある大教室。一年生全員が履修しなければならない授業や、多くの生徒が選んだ選択授業が行われる教室である。
通常のクラス用教室と同じく、教卓を中心にした扇形で階段上になっており、座席数は三百程だ。
そんな大きい教室の後ろの隅――不真面目な生徒が座るであろう特等席に、レグとシルバは陣取っていた。
「でも、誰でも立候補はできるんだろ? だったら本人の好きにすればいいんじゃないのか」
「馬鹿お前、落第組から生徒会選挙に出るなんて前代未聞だぜ? ぜってー他のクラスに笑われんじゃねえか」
二人は、自分たちのクラスメイト――エルマについて話していた。
「そもそも、落第組が全員あいつに入れても十四票だろ。面白がって票を入れる奴もいるだろうから、プラス五票くらいとして……あー、ぜってー無理だ!」
「でも、生徒の投票だけじゃ決まらないってメンデル先生も言ってたじゃないか」
生徒会選挙の当落は、学年別の生徒による投票と、教師陣による会議によって決まる。
完全なる多数決でないのは民主的ではないが、ソロモンの一年生の顔が決まる大切な行事なのだ。生徒の投票だけで決するわけにはいかないのだろう。
「それは魔術師の名家どうしで票がぶつかった時とかに、政治的な配慮で何とかするためだろ」
意外と冷静な分析を見せるシルバであった。
「でも、俺は見てみたいけどな、エルマが選ばれるところ。落第組から役員になったら、なんか格好いいし」
「そりゃ、もし当選したら学園始まって以来の大事件だろーけどよ……今年は誰が立候補しても、もう結果は見えてるようなもんだしな」
言いながら、シルバは教室の前方――教卓の真ん前に座る、青い髪の男子生徒を一瞥する。
「……エイム・フィール。今年の入学成績ぶっちぎりのトップで、エルマの兄貴だ。家柄も文句ないし、どう考えてもあいつが勝つだろうよ」
「まだあの人が選挙に出るかはわからないじゃないか」
「ああ? 出るに決まってんだろ。ソロモンの生徒会に入るなんざ、ただ卒業するより数倍拍がつくんだぜ? 立候補したら絶対勝てるのに、出ない奴があるかよ」
「……なんか妙に詳しいな、シルバ。もしかして、生徒会に入ろうと思ってたとか?」
「なっ……う、うるせえ!」
「うるさいのはお前だ、獣人。私の授業で騒いだら追い出すと、先週言ったはずだが?」
教室の入り口に視線が集まる。
そこには、学園ソロモン上位魔法学主任――トルテン・バッハの姿があった。
「今すぐ口を閉じなければ、即刻外に出てもらう……」
「まーそう怒るなって、おっさん。まだ授業が始まるまで一分くらいあるだろ?」
シルバの横に座るレグが、トルテンの言葉を遮った。
にわかに教室中がざわめき立つ。
「……あの馬鹿レグ、何言ってるのよ」
クラスの女子数人と教室の中腹に座っていたサナは、後ろから聞こえてきた声に溜息をついた。
「……落第組のノーマルか。口の利き方にはもう少し気を付けることだな……まあいい」
そうとだけ言って、トルテンは授業の準備に取り掛かる。
――くそ、呪いの子め。学長の言いつけさえなければ、今すぐにでも叩き出してやるものを。
レグが呪いの子だと知るトルテンには、できるだけ彼と接点を持たないようにと、学長が頼んでいるのだ。
故に多くの生徒が見ている前で、あまり糾弾することができない。
「……レグ、お前ってやっぱすげえな」
「……そうか?」
隣で庇ってもらったシルバは、レグの胆力に舌を巻く。あの状況でトルテンに意見できる者など、学生には皆無だからだ。
――態度がでかいのかと思えば、俺らと話す時はどこか抜けてるし……わかんねえ奴。
レグの妙な対人能力に疑問を持ちつつ……シルバは黒板に目を向ける。
ちなみに、神内功時代の「他人と自分に興味がない」というパーソナリティ故の習性なのだが、それは本人もまだ自覚しきれていない。
「今日は授業に入る前に、みなに発表することがある。再来週に控える生徒会選挙の立候補者が出揃った。候補者は前へ」
不意にトルテンが声を掛けた。
『下位魔法学』は全員必修授業で、現在、この大教室には一年生のほぼ全てが集まっている。
「……」
彼の呼びかけに応え、三人の生徒が教卓の前に集まった。
最初にみんなの方に顔を向けたのは、当選確実と言われている超実力者――エイム・フィール。
次いでエルフの女子生徒と続き。
最後に――エルマ・フィールだった。
「おい、あれエイムの双子の妹だろ?」
「え? 確か落第組になったんじゃないっけ?」
「なんで立候補してるの? やばくない?」
「普通恥ずかしくて学園にも入れなよねー、気持ち悪すぎ」
主に魔術師組を中心として、そんな言葉が小声で飛び交う。
「みな、静かに。ここにいる三人が候補者だ……まあ結果は目に見えているが、一応顔を覚えるように」
トルテンはエイムの肩に手を置く。彼は一年の魔術師組担任でもあるので、自分のクラスから有能な人材が出ることに誇りを持っていた。
――昨年の一年生役員はエルフ組に取られたからな。今年は魔術師組が頂く。
自然と頬が緩むトルテンであったが――三人目にやってきたエルマが視界に入ると、露骨に睨みつけた。
――落ちこぼれた魔術師が立候補するとは、馬鹿な娘だ。
彼は基本的に、魔術師には仲間意識を持っている……しかし、落第組に入るようなエルマに対しては、その情もない。
「さて、各々名前だけ自己紹介してもらおう……一人、生徒会に相応しくない者も混じってはいるがな」
トルテンはエルマを一瞥する。
それを見て、魔術師組の面々はクスクスと笑い出した……つられるように、他の生徒たちも嫌な笑いを漏らす。
「……なんか、感じ悪い空気だな」
「……けっ。だからやめときゃよかったんだよ」
落第組の魔術師が、生徒会選挙に出る。
レグはそれがどれだけ滑稽なことか理解していなかったが、教室の雰囲気を肌で感じ、嫌でも思い知らされた。
だが――同時に。
こんな状況にあっても、エルマの青い瞳は全く輝きを失っていなことに――気づく。
「F組所属、魔術師のエルマ・フィールです。よろしくお願いします」
嘲笑や呆れの混濁した空気の中でも、エルマは毅然とした態度を崩さなかった。
――……格好いいじゃん。
上から目線に、レグだけがそう思ったのだった。




