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落第魔女 002



「時間になったので、実技の授業は終了です。みなさん、お疲れ様でした」



 授業の終わりを告げる鐘を合図に、メンデルは落第組に声を掛けた。



「今日の午後は必修の授業はないと思うので、各自解散してください。話し合って履修を組むもよし、家に帰って休むもよし。空いている演習場を借りて、修行に励むもよし。みなさんはもうソロモンの学生ですから、有意義に時間を使ってくださいね」



 それでは~と気の抜けた挨拶を残し、メンデルは演習場から姿を消した。



「……」



「……」



 ちなみに、全員の魔法と術技を見終わった後、地獄のような体力トレーニングをかされた落第組の面々は満身創痍である。その場に寝転ぶ者、へたり込む者……とてもこの後の時間を有意義に使えそうにない。



「……あのエルフ野郎、初日から飛ばしすぎだろ……」



「……体力が売りな獣人なのに、バテちゃったの? 情けないわね、シルバ」



「……あんなメニューこなしてピンピンしてる方がおかしいだろうが」



「……じゃあ、レグはおかしいってことね……」



 隣り合って寝転ぶサナとシルバは、数メートル先で気持ちよさそうに伸びをしているレグを見る。



「いやあ、久しぶりにいい汗かいたな」



 「辺境の森」でイリーナに強制されていた()()に比べれば、今回の体力トレーニングはまだまだ軽い方だった。むしろ、一カ月ぶりにしっかり体を動かせたレグは、満足さまで感じている。



「……あの魔具もそうだけど、レグって何者なのかしら」



「……さあな。とりあえず、あれだけ地力があっても落第組になるってことは、相当な馬鹿ってことだ」



 ソロモンの入学試験は実技と知識にわかれ、その合計点で入るクラスが決まる。あれだけ()()奴が落第組にいるってことは、頭が悪いんだろうと、シルバは思った。自分もそうだからである。



「……おい、レグ! この後なんか予定あるか?」



 寝そべったままの態勢で、シルバはレグに呼びかける。



「え? いや、特にないけど……強いて言えば、筋トレかランニングくらい」



「お前、まだ走る気かよ……。よし、じゃあちょっとツラ貸せ」



 シルバは腕の力だけでくるりと上体を跳ね上げ、華麗に着地を決める。いくら疲れているとはいえ、そこはさすがの獣人である。


 身体強度だけで言えば、魔術師やエルフをも凌ぐのが獣人だ。そんな彼ですらバテるメニューを軽々こなしたレグは、やはり相当の変人である。



「選択授業の履修、全然組めてないから一緒に組もうぜ。人間と獣人なら、被る授業も多いだろ」



「あー、ずるい! 私も一緒にやるわ!」



「え、あの、えっと……」



 シルバとサナに詰め寄られ、レグは困惑した。神内功時代には全く経験のない同級生との会話が、彼の脳内に違和感を与える。



「じゃ、汗を流したら教室に集合しましょ」



「ああ? 別にこのままいけばいいだろ」



 学園ソロモンの制服には魔法が掛けられており、一般的な土汚れや汗程度なら、時間が経てば浄化される。ただ、気分的にさっぱりしたいというサナの気持ちはもっともである。



「シルバうるさい。じゃあねレグ、また後で」



 そう言うと、サナは学生証を取り出し、シャワー室のある二階まで【ワープ】していった。


 演習場で疲れを取っていた他のクラスメイトも、段々と姿を消していく。



「なんでこう、人間ってのは風呂に入りたがるのかね」



「獣人は風呂に入らないのか?」



「風呂くらい入るに決まってんだろ! 水なんか怖くねえ!」



 シルバは急に怒鳴って、【ワープ】を使った。


――そっか、猫だもんな。


 うんうんと頷きながら、レグはどこかに仕舞った学生証を探して制服をまさぐる。



「……どこにやったっけ?」



 だが、いくら探しても見つからない。


――あれ、そもそも学生証を無くしたら、この塔から出られなくないか? やばくね?


 もちろん、紛失した場合の対応は用意されているが、入学者説明会に出ていない彼は知らないのだ。



「レグ・ラスターさん」



 不意に後ろから名前を呼ばれ、レグは振り返る。



「あー……えっと、エルマ?」



 未だに名前を憶えているクラスメイトがサナとシルバだけのレグは(その二人も若干怪しいが)、恐る恐る声を掛けてきた人物の名前を呼ぶ。



「はい。エルマ・フィールです」



「ああ、うん」



 気づけば、レグと彼女以外の生徒は演習場を後にしていた。


 残されたのは、人間と魔術師。



「……」



「えっと……何か用か?」



 声を掛けてきたのに話を続けないエルマにしびれを切らせ、レグは自分から質問する。雄弁よりは沈黙が好きだが、しかし気まずい空気を感じないわけではないのだ。



「……ソロモンの入学試験があった日、外周の露店であなたを見かけた時から、何かおかしいと思っていました」



 エルマは淡々と話す。それを聞いて、レグはあの日ぼったくり商人を追い払ってくれた少女が、目の前の魔術師だと思い出す。



「あなたが人間であることは、見ればわかりました。獣人やエルフの特徴はなく、まして魔術師なら絶対に着ないようなボロ布を羽織っていましたから」



「やっぱり、見てわかるもんなんだな」



「はい……ですが一点だけ、どうしても納得できない部分があったんです」



 エルマはレグの右腕を見る。


 そこに嵌められている、腕輪を。



「私はソロモンに入学するために、ありとあらゆる分野の知識を学びました。魔法が使えない私は、実技試験の点数を知識試験で補うしかなかったからです」



「……」



「当然、魔具についても学びました。エステリカ大陸に存在する、ほぼ全ての魔具です。ですが……あなたの右手首に嵌められている()()は、どんな文献にも載っていないものでした」



 彼女の指摘は的外れなものではなく……事実、この魔具はイリーナがオリジナルで作り出した一品だ。ゼロから新しい魔具を作成するとなると、「辺境の魔女」クラスの魔力と知識が必要なのである。



「疑念が核心に変わったのは……レグさんが獣人の方の術技を素手で受け止めた時です。人間が魔具を用いずに術技に対抗するなんて、普通はありえません。だからもちろん、あなたも魔具を使ったのだと思いましたが……違いました」



「違う、っていうのは?」



「あの時、あなたの腕輪から()()()()()()()()()()()()()。とすると、魔具を使わずに術技を見切ったことになる……そんな不条理はありません」



 真綿で首を絞めるように、エルマは理を詰めていく。


 レグはその淡々とした言葉を――受け止めるしかない。



「そして先程の実技……あれで可能性が限りなく絞られました。メンデル先生は気づいていながらあえて触れていませんでしたが、あの瞬間、魔素が出ていたのは腕輪からではありませんでした」



 言って。


 エルマは、レグの右手を掴む。



「っ……!」



「魔素が出ていたのは、()()()()()()()()()()。そしてこの腕輪は、溢れ出す魔素を()()していました。なぜ、人間であるあなたの体から、肉眼で見える程の魔素が出ていたのか……答えは、恐らく一つです」



 レグの右手を掴む彼女の腕に、力がこもる。




「レグさん、あなたは――呪いの子ですね」







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