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授業開始 003



 塔の九階に【ワープ】をすると――そこは、岩肌が露出した広大な土地だった。頭上には太陽も照っており、遠くには森林の緑も見える。


 とても塔の内部とは思えない光景に、レグは目をぱちぱちとさせる。



「ここは、レザールの周囲にある森を模して造られた空間です。我らが学長が、魔法で一から作りだしたんですよ」



 面食らっている彼に説明するように、メンデルが言った。


――あの爺さん、こんなことができるのかよ……。


 肌に触れる空気や地面の質感は、到底偽物には思えない。レグは生まれ育った「辺境の森」を思い出し、少しだけ頬が緩む。イリーナさんは元気にしているだろうかと、そんなことを思った。



「では早速、人間のみなさんに魔具を見せてもらいましょうか。最初は、サナ・アルバノさん」



「は、はい!」



 落第組には、サナとレグを含めて八人の人間がいる。他はエルフが二人に獣人が四人、そして魔術師が一人。例年、獣人と人間しか入らない落第組にしては、四つもの種族が揃うのは珍しいことである。



「サナさんの魔具は、攻撃系ですね。では、ダミー魔族に魔法を使ってもらいましょう」



 メンデルは懐から一枚の札を取り出し、地面に放った。


 札は光を発し――緑色をした球状の物体が現れる。



「これは魔法によって生み出されたダミー魔族、スライムくんです。攻撃をすることはないので、存分にボコボコにしてあげてください」



 成人男性の腰程の高さがあるスライムくんを蹴り飛ばし、メンデルはサナに魔法を使うよう促す。



「……いきます。【巨刀斬(エニグマ)】!」



 サナは腰から引き抜いた両刃剣を頭上に構え――魔法を発動する。


 彼女の呼びかけに呼応し――刀身が光り輝き、その光はグンと天高く伸びた。



「はあっ!」



 十メートル程伸びた剣を、豪快に振り下ろす。


 ズズンという地響きをあげ、剣はスライムくんを一刀両断した。



「素晴らしい。実に迫力のある魔法ですね」



 サナの持つ剣は、「渇望の(つるぎ)」と称される魔具である。


 使用できる魔法は【巨刀斬】――刀身の大きさを自在に変化させ、攻撃力を大幅に上げる魔法だ。



「それに太刀筋も非常に良い。さすが、剣の名門アルバノ家と言ったところでしょうか」



「ありがとうございます」



 自分の家柄に誇りを持つ彼女は、メンデルの賞賛を素直に受け取る。



「……なあ、アルバノ家っていうのは有名なのか?」



「ああ? なんで俺に訊くんだよ」



 気になったレグは横にいたシルバに質問をした。シルバはめんどくさそうに溜息をつきながら、サナの後背を見つめる。



「……アルバノ家は、まあレザールじゃそこそこ名前の通った一族だな。あいつの父親や兄貴たちは、みんな軍の騎士団に入っていやがるし」



「ふーん……。そう言えば、シルバはどこでサナと知り合ったんだ?」



「ああ? 興味津々かよ……あいつがまだ小さい時に、たまに俺の住む森で遊んたことがあるっていうだけだ」



「ふーん」



「レグ、お前、質問したなら何かリアクションしろよ。なんだその適当な相槌は」



「へー」



「よりひでえじゃねえか!」



 同年代の他人と話すことをしてこなかったレグは、そつなく会話をこなすということができない。それは転生前の神内功時代から続く、彼の悪習でもある。



「では、次は元気が有り余っているらしいレグくんにしましょうか」



 サナ以降、数人が魔具の試し撃ちを見せたところで、メンデルはレグを指名する。



「君は一体、どんな魔具を使うんですか? 見たところ、武器らしい武器は持っていないみたいですが」



「あー、えっと……」



 レグは焦る。


 もちろん、実践で使うための魔具など持っていない。呪いの子だとバレないためには、普通の人間同様魔具を用意しておくべきだったのだが……イリーナを含め、誰もそんな助言をしてはくれなかった。


――イリーナさん、こういう授業があるなら教えといてくれよな……。


 レグは目の前でブヨブヨと脈打つスライムくんを見ながら、考える。ここは下手に何かするよりも、魔具を忘れてきたということにして乗り切るしかないか。



「……」



 その様子を、メンデルはにやつきながら眺め――



「おや、珍しい。()()()()()()()()()()()()()



 レグの右腕を指し、そう言った。



「え? あ、ああ……」



「見たところ、魔素を放出するような魔力機構が組み込まれていますね……なるほどなるほど。では、早速魔法を使ってもらいましょうか」



 メンデルの解説を受け、クラス中の注目が集まる。この状況ではもう引くに引けない。


――腕輪が魔具だって勘違いしてくれてるみたいだし、普通にやっちゃえばいいか。


 レグは腰を落とし、打撃の構えを取る。


 呼吸を整え、右の拳に力を溜める。


 その動作に呼応するように、彼の周りの空気が震え出し――赤黒い魔素が、右手首から零れ始めた。



「……」



 一連のレグの動きを見たメンデルは、不敵に笑う。


――あれが、呪いの魔素ですか。この距離までくると、嫌でもその力を感じますね。


 レグがソロモンの正門をこじ開けた際。

 メンデルもまた、あの場にいたのだ。


――落第組の担任を任された時は驚きましたが……こんな逸材がいるとは、教育のし甲斐がありますね。


 彼の内なる期待に応えるかの如く。


 レグは、拳に集めた魔素を解き放つ。



「【魔力撃――圧壊(あっかい)】!」



 スライムくんにめり込んだ拳から赤黒いオーラ飛び散り――その衝撃は、決して柔らかくはない地面を抉り取る。


 激しい衝撃音と土埃が止む頃には、スライムくんの体は跡形もなく消滅し。


 深く穿たれ穴だけが残った。



「……えっと、こんな感じで大丈夫?」



「素晴らしい! 見事でしたよ、レグ・ラスターくん!」



 メンデルは賞賛の声をあげるが――その他の面々。

 クラスメイト達は、ポカンと口を開けたままだ。


 しかし、また一人。


 エルマ・フィールだけは、いつもの無表情を崩さず――レグの右腕に嵌められた腕輪を、見つめていた。






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