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授業開始 002



「……さて、少々盛り上がっていたみたいですが、早速記念すべき初授業を始めましょうか」



 教壇に立つメンデルは楽し気な表情を浮かべた。


 先程のエルマとサナの一悶着など全く意に介していないといった風で、彼は黒板に文字を書いていく。



「ご存じの通り、僕が教える必修科目は『初等精霊魔法学』と『初等魔具学』です。正直どっちをやってもいいのですが……とりあえず私の専門である精霊魔法について、軽く触れましょう」



 言いながら、メンデルは右手を前に突き出す。



「魔法にはいくつかの種類があり、その中でエルフのみが使えるのが、精霊魔法です。僕たちエルフは生まれてすぐに精霊と契約し、その魔素と魔力を借りることで魔法を使います」



 精霊とは、実体を持たない魔素の集合体で、エルフに魔力を与える「概念」のような存在である。


 エルフは魔術師同様体内に魔素を持ち、それを扱う魔力も有している。下位に位置する魔法程度なら自力で使うことはできるが――彼らの真骨頂は、精霊の力を借りる精霊魔法にこそあるのだ。



「初めて見る人もいると思うので、実践しましょう……【蝶の舞(パピヨン・リード)】」



 メンデルがそう詠唱すると――突き出した右手に光が集まり、集約した閃光が四方に弾ける。


 飛び散った光は、蝶の形をしていた。



「……とまあ、こんな感じですね。僕は蝶の精霊アメジストの力を借り、魔法を使います」



「きれい……」



 そんな精霊魔法を見て思わず声を漏らしたのは、教室の後ろの隅に座る――キャロル・レッドだった。


 彼女もまた、メンデルと同じくエルフである。



「ふむ、キャロルさん。せっかくなので、みんなに精霊魔法を見せてもらえませんか? 攻撃系の魔法しかなければ、僕が受け止めるので」



 メンデルはキャロルに声を掛けるが、彼女は白い肌を紅潮させ、さらさらの金髪を左右に激しく振る。



「む、む、むむむりです! あの、今日はちょっと、調子が悪くて……」



「そうですか、それは失礼しました。では、説明に戻ります」



 キャロルの態度に特に言及することなく、メンデルは黒板に向き直る。



「初等精霊魔法学では、エルフと精霊のこと、それに比較的ポピュラーな精霊魔法についてを学びます」



 メンデルは慣れた手つきで図を描きだした。


 そこには、「火・水・氷・風・土・癒」と記されている。



「詳しくはトルテン先生の下位魔法学で習うので省きますが……魔法には六つの代表的な系統が存在します。『火・水・氷・風・土・(いやし)』ですね。精霊魔法もその例に漏れず、このどれかの系統に属することが多いです」



 私の【蝶の舞】は風の系統になります、とメンデルは再び魔法を使う。



「せんせー、あんたのその蝶々は、一体どんな使い方ができるんだ? ただヒラヒラ舞ってるだけにしか見えねーけど?」



 机に突っ伏しながら話を聞いていたシルバが、唐突に煽りだした。



「いい質問ですね、シルバくん。例えばこんなことができますよ」



 彼の不遜な態度に嫌な顔一つ見せず――メンデルは右手をフイッと動かす。



「……――のわっ⁉」



 直後、大量の蝶たちがシルバの身体に纏わりつき――彼の身体を宙に浮かばせる。



「どうですか、シルバくん。意外と使えるでしょう」



「わかった! わかったから降ろせ!」



 彼がそう喚いた瞬間、纏わりついていた蝶が消え、体が重力に従って落下する。


 シルバはくるりと身を翻し、見事に机に着地した。



「おお、やっぱり猫……」



「ああ? 何か言ったかレグ?」



「ごめん何でもない」



「とまあこんな風に、物体に風の力を与えて動かすというのが、僕の【蝶の舞】の力です」



 パンと手を叩いて、メンデルは集中を促した。


 精霊魔法を始めてみたレグは、その神秘さに感動すると同時に――サナの剣を奪ったのはこの魔法だったのだと納得する。



「初等精霊魔法学では、こうした風や火などの六大系統魔法について学びます……魔族の中にも精霊の力を使う輩がいますから、その対策にもなりますしね」



 精霊は基本的に、エルフとだけ契約を結ぶ。

 だが極稀に、エルフと似た力を持った魔族が精霊と契約し、その力を得ることがあるのだ。


 ダークエルフ。


 そう呼称される魔族は、高い知能を有し、人類を脅かす敵である。



「……さて、それでは精霊魔法についての触りはこれくらいにして、ついでに魔具についても触れておきましょう」



 メンデルは新たな文字と図を黒板に記していく。それは図というより、絵に近い形だったが……如何せん画力が低く、単なる線の集まりにしか見えない。



「……メンデル先生、それは一体なんでしょうか」



 堪らず、サナが手を挙げて質問する。



「? もちろん、一般的な魔具たちですよ。サナさんが持っているような剣や、槍、あとは銃ですね」



「……ありがとうございます」



 到底そんな風には見えないが、しかし本人が言っているのだからそうなのだろうと、サナを含めクラス中が無理矢理納得した。



「みなさんご存じの通り、魔具とは魔素が込められた道具のことです。それ自身に()()()()が組み込まれており、魔素も魔力もない人間が魔法を使うためには、必要不可欠な物ですね。まあ人間に限らず、みなさんの学生証なんかは、目に見えて便利な魔具になります」



 学園ソロモンの中を移動するには、学生証に込められた【ワープ】の魔法を使う必要がある。その意味では、人間以外の種族も日常的に魔具を使っていることになるのだ。



「魔具に関してはどの種族が使っても有用な物も多いので、是非扱い方を覚えてください。例えば、遠距離系の魔法しか使えない魔術師が剣などの近接系魔具を持つことは、非常に有用です」



 メンデルはそう助言するが……しかし魔術師は魔具を使わないことがほとんどだ。


 ノーマルのために作られた道具を使うなど、プライドが許さない。


 そう考える魔術師たちは多い。



「この後は実技授業があるので、人間のみなさんに魔具を見せてもらいましょう。サナさんも、今度は存分に剣を振るってください」



 若干の皮肉が混じった物言いに、サナは恥ずかしくなって俯く。いくら魔術師が憎いとはいえ、いきなり剣を抜いたのは自制心が足りていなかったと、反省しているのだ。



「実は僕、こう見えても座学より実技の方が好きなんですよ……ビシビシ指導していくので、そのつもりでいてくださいね」



 にっこり微笑むメンデルを見て、シルバは身震いする。既に彼に指導された身として、本能的に恐れが出ているのだ。猫の本能かもしれない。



「ということで、早速移動しましょうか。落第組の実技授業は九階にある演習場で行いますから、遅れずにきてくださいね」



 そう言い残し、軽やかな足取りで、メンデルは教室を後にする。



「……じゃあ、みんなも移動しましょうか」



 サナが音頭を取り、ガタガタとクラスメイトが立ち上がる中――レグは気づいた。


――……俺、魔具持ってないんだけど。


 一抹の不安を抱えながら、最後から二番目に教室を出る。


 最後まで残っていたのは。


 青い瞳の魔術師だった。






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