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3-2 村に漂う匂い、そして違和感。

御覧くださり、ありがとうございます!!

 むかーし、むかし。

 とある田舎の小さな村に桃太郎という名の剣士と、ルナと呼ばれる犬耳魔法使いがやってきました。


 彼らは鬼人退治の旅の途中に立ち寄ったこの村で、久方ぶりの屋根の下でゆっくりと休息を取ることができました。




 ◇


「ううっ、久々に安心して寝られるよぅ……」

「あー、まぁな。ルナは故国ここくを追い出されてからずっと、野外暮らしだったもんな」



 辿り着いた村の中を、犬耳をペタンとさせて情けない声を上げている少女と共に歩く。このルナという美少女は、俺が育ったこの島国の人間ではない。


 元々はフォークロア王国という化身族けしんぞくが治める国の侯爵令嬢だったのだが、その国の王子に婚約を破棄され、さらには聖女によって追放されたらしい。


 挙句の果てには聖女が所属している教会に命を狙われ、逃げ込んだ遺跡の中で発動させた転移装置でこの国へと飛ばされてきた。

 そして山の中で偶然俺と出会い、そのまま一緒に旅をしてここまで来たわけだが……。



「1ヶ月の野外生活は本当に長かったわ……いくら私が外での生活に慣れているからって、これでも元は貴族の娘なのよ? 18歳のうら若き乙女なのよ……!?」

「そういえば……そうだったな」



 昔から山の中で修行をしていた俺はともかく、10代前半にも見える小さな女の子が、現地調達だけで何日も生活出来ているっていうのは……うん、素直にすげぇ。


 旅の最中は文句ひとつ言わねぇし、あまりにも余裕そうだったから改めて言われるまで忘れていたぜ。



 ――そもそもコイツ、自前の魔法で空を飛び回っている野鳥をいとも簡単に落として平気な顔でさばいて喰っていなかったか!?


 夜の番だって居眠りすらしねぇし……やはり元いた国で、相当鍛えられていたのかもしれない。



「それに、テイローはいちいち私の事をエッチな目で見てくるし……」

「そうだな……ってオイ。俺はお前が寝てたり水浴びしたりしている間だって真面目に見回りをしていただろうが!?」


「んふふ~? 本当にそうかなぁ? 本当は身体を洗っている時も覗いてたんじゃないの??」

「そういう冗談はいいっての。アホなこと言ってないで、着替えたらさっさと広場に行くぞ。世話になる村人を待たせる訳にはいかねぇ」



 は~い、と適当な答えを返すルナを村で借りた家の中に押し込んで、俺は戸の前に立つ。


 まったく。いくら俺が童貞だからって、やっていいことと悪いことの分別ぐらいつくっての。


 第一、俺の裸をチラチラ覗いていたのはルナの方だったしな。――まぁ、すぐに顔を真っ赤にして去っていったが。



 俺たちはロクに金も持っていなかったので、狩った柴熊しばくまの毛皮や肉を代金替わりにして色々と交渉させてもらった。旅に必要な保存食や、衣類、この村での寝床などを格安で交換して貰えたのは僥倖(ぎょうこう)だったと思う。


 しかしルナは俺が手直ししたドレスが気に入ったらしく、村娘の服を得たのに捨てることはしないらしい。それどころかその村娘の服も可愛くリメイクして欲しいんだとかなんとか。

 まぁ、大した手間ではないからいいのだが……。



 そんなことを考えている間に、フォークロア王国でワンピースという名の普段着に仕立て直した服を着たルナが家から出てきた。


 生地や色合いはドレスの時と比べるべくもなく劣ってはいるが、小振りの胸が強調された胸回りやくびれた腰、そして何故かドレスと同じような短いたけのスカートが、彼女のフサフサな尻尾の動きに合わせてヒラヒラと舞っていて……とても可愛い。



「な、なによ? 言いたいことがあるなら言いなさいよ!」

「いや……すげぇ似合ってるぜ。黒のドレスも似合ってたが、落ち着いた藍色もルナの金髪に合ってる。可愛いんじゃねェ?」

「ふ、きゅううぅ……」



 雪のように真っ白な顔が、一瞬でリンゴの様に赤くなっちまった。

 やべぇ、なんか勢いでスゲェ恥ずかしいこと言いまくってた気がする。


 家の前で棒立ちになっているルナを見て、俺もどうしたいいのか分からなくなってきて……。



「おぉい、お二人さぁん。熊鍋の用意ができたべよぉ」



 そんなやり取りをしている間に、この家を貸してくれた村人の男がいつのまにか来ていたみたいで、左手をフラフラと振りながら食事の準備が出来たと声を掛けてきてくれた。


 彼には右腕が無いようで、袖の部分がポッカリと空いている。そんな身なりだが、この村の唯一の罠師として小動物を狩る猟をしているらしい。



 彼の声を聞いた途端、硬直していた俺たちはまるで金縛りが解けたかのように動き出した。



「あ、あぁ! 今行く!」

「……ありがとう」



 若干ルナが残念そうな声色の言葉を返す。

 なんとなく良い雰囲気を邪魔されちまったが、俺たちが頼んでいたことだから今回は仕方がない。


 それよりも今は、久しぶりのちゃんとしたメシが楽しみだ。

 ルナも腹ペコだったことに気付いたのか、気を取り直して笑顔になった。




 ◇



 俺たちが村にある広場に着くと、村に来た時に預けてあった柴熊や山鳥がすでに鍋や串焼きになり、ホカホカと湯気を上げていた。

 村の住民たちは笑みを浮かべながら、美味しそうにそれぞれの肉を頬張っている。



 あちこちから良い匂いが漂っていて、空腹の胃を余計に刺激してくる。


 ――さぁ、無くなる前に俺たちもご相伴しょうばんあずかるとしよう。



「ふふ、村の皆も美味しそうに食べているわね!」

「そうだな。まぁ山鳥ならまだしも、柴熊なんて狩る奴がいなきゃ食えないシロモノだからな」



 肉を食べる機会はそれほどないのだろう。

 村の子どもたちは我先にと柴熊の鍋を何度もすくっては、夢中になって口の中へと運んでいる。


 そんな微笑ほほえましい光景を見ながら俺たちも串焼きを食べていたら、一人の老人が杖をつきながら俺たちのそばにトボトボと歩いてきた。



「ん? アンタがこの村の長か? 悪いな、余所よそモンなのにかなり世話になってる」

「へぇ、その通りでございます。いやいや、ワシどもは感謝しかしておりませぬぞ。なにしろあなた様たちのお陰で、久しぶりにこぉんな美味い肉を村の皆に振る舞うことが出来ましたからのぅ……ほっほっほ」

「あぁ、それはこちらこそ気にしないでくれ。俺たちも旅に必要なモンを格安で貰っちまったしな」



 この老人は村の長らしく、住人を代表してわざわざ礼を伝えに来てくれたらしい。


 この村だって、住人達の様子を見ればそれほど備蓄には余裕がないことは分かる。

 なのにこの村の人達は、ずいぶんと気前良く色々と提供してくれた。



「この村にも少し前までは猟師がおったのですじゃ。その者がおっておった間は、森の中で狩ってきた肉が出回ることもあったのじゃが……」

「むぐむぐむぐっ! 今はいないってこと? それってもしかして、その人は鬼に……!?」



「……その通りなのですじゃ。きっと山に罠を仕掛けに行った時に鬼に出くわしたんじゃろうなぁ。村のモンが探しに行った時にはもう、見るも無残な姿になっておって……っと、申し訳ねぇです。メシの時に言う事では無かったですじゃ」



「ううん、私も自分から聞いちゃったから……もぐもぐもぐ」

「おい……ルナは喰ってばっかいないでもう少し、周りに遠慮してもいいんじゃねェか……」



 俺でもちょっと引くぐらい血生臭い話だったと思うのだが……ルナはこういう事に慣れているのか?


 ルナは食べるスピードを下げることなく、鍋や串を次から次へとたいらげていく。



「まぁ、そういう訳なんですじゃ。猟師の後に移り住んできた男も快く桃太郎さん達に貸すぅ言うとったんで、遠慮なくゆっくり休んでくだせぇ」

「おう、助かるぜ。ありがとよ、じいさん! 遠慮なくゆっくり過ごさせてもらうぜ!」

「ちょっと、テイローこそ遠慮しなさいよ!」



 串を持った手でグリグリと腰を攻撃してくるルナ。



「お前だってさっき、屋根の下で過ごせるって喜んでただろうが。もう忘れたのか?」

「えへへ、さぁ~? なんのことかなっ!」


「ほっほっほ、仲が良くてよろしいですなぁ……ただ、最近はちょっと不思議なことが起こってるんで、夜中は絶対に出歩かんようにした方がえぇです」

「不思議なこと? それってなぁに、村長さん」



 ルナが首をコテンと傾げながら聞き返すと、村長は少し逡巡しゅんじゅんしてからこう答えた。



「ワシも何故かは分からないんじゃが……たまに村の若いモンが急に居なくなるんですわ」

「えぇっ!? 大事件じゃないのよ!! ちょっと、大丈夫なの!?」



「どうやら若者の間で『この村よりももっと栄えてる土地で、もっとうめぇモン喰っていい暮らしをするんだ』っちゅうのが流行っているみたいででしてな? きっと考え無しの馬鹿モンが、華やかな都会で一旗ひとはたあげようとこの村を捨てた結果なんでしょうなぁ」




 村長はボソリと「誰も戻ってこんので、真意は分からねぇですがね」と悲しそうに言うと、腰の曲がった身体でヨタヨタと他の住人達の下へと帰っていった。


 もうすでに高齢のジイさんだが、村の長として苦労をしているようだ……。



「ふむ……」

「どうしたのよ、テイロー。食べないの? この野菜と一緒に焼いた肉串なんて美味しいわよ?」



 俺の口元にあーん、串を持ってくるルナ。

 それを有り難くムシャムシャと齧り付きながら、ジロリと辺りを見回す。


 うーむ、やはり何となく妙なんだよなァ……。



「なぁ、ルナ。お前ってさ。――したり、――することはできるか?」

「え? いや、まぁそういうのもあるけれど……急にどうしたの?」

「いや、できるならいいんだ。理由もちゃんと説明する。あとでちょっと試して欲しいことがある」



「別にいいけど……」と不思議そうな顔をしながら、まだ食べ続けるルナ。



 ルナがソレをできるなら、それで俺の疑念は解消されるだろう。


 何事も無く、俺の杞憂だったらそれが一番。だが、予想が当たってしまえば……。



「――ククク。まぁそん時はその時で、殺るだけなんだがな」

「ふぅん? 相変わらず良く分からないわね、テイローは。それよりも、ホラホラ! ご飯が無くなっちゃう前に、私たちもお代わりを貰いに行くわよ!」

「分かった分かった、行くから俺の腕を引っ張るなって」




 そうして食事を貰う為の列に再び並び始めた俺たち。


 貴重な肉を持ってきたことが相当嬉しかったのだろう。

 俺たちをまるで英雄のように取り囲まれてしまった。


 たくさんの村人に感謝の言葉を受けながら食うメシは一段と美味く、俺もルナも大満足だった。




 そんな俺たちを……物陰から赤く光る一対の双眸そうぼうが、ニヤリと弧を描きながら見つめていた。



 ◇



 無事に食事と宿を手に入れた桃太郎とルナ。

 しかし今は平和そうに見えたこの村にも、既に鬼の魔の手が伸びていたようです。


 そんな知恵の回る敵の匂いをすでに嗅ぎつけ、親のかたきてる喜びで不敵な笑みを浮かべる桃太郎。



 己の獲物を見つけ、互いにわらいあう狩人たち。




 果たして、最後に笑うのはどちらなのでしょうか……。





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