2-4 鬼と桃太郎と受け継がれたモノ。
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むかーし、むかし。
とある山中に、若い男女がおりました。
男の方は育ての親を殺した鬼神を憎悪し、復讐を誓う桃太郎。
そしてもうひとりは、鬼神と同じ力を持つ化身族の魔法使い、ルナ。
その鬼神の力を桃太郎の前で使うことを躊躇していましたが、他でもない桃太郎本人に説得され、彼女は鬼を打ち倒すため――共に戦う桃太郎のために――その力を使う覚悟を決めました。
そして今、先祖から受け継いだ失言魔法を放つため、ルナは敵の前に立つ――
「――ゴエティアに記されし我が……の名を以って命ずる。冷徹なる闘争、凍てよ焔。奔れ、『フロストブレイズ』!!」
ルナが呪文の詠唱を終えると、片腕ほどの大きさをした蒼炎の氷柱が鬼人へと風切り音をたてて飛翔していった。
『ゴ……ゴギャギャァア!!』
「す、すげぇ……!!」
十数匹はいた鬼人のうち、半数は氷柱に心臓付近を貫かれてあっという間に絶命した。辛うじて即死を避けていても、身体のどこかに魔法が物理的に突き刺さっていたり、四肢を吹き飛ばされていたりする鬼人もいる。
既に戦意を喪失してしまったのか、身体を芋虫のように引きずって逃げようとしているやつもいた。
……しかしルナの魔法は、それだけに留まらなかったようだ。
魔法の追加効果によるものなのか、なんと傷口から噴き出している血が突如炎へと変わり、一瞬にしてゴウッと燃え上がった。
奴らもまさか、物質化した炎から延焼するなどとは思ってもいなかっただろう。
助けようとした鬼人もその炎を触った途端、そこからさらに燃え移っていく。
痛みと驚きの絶叫を上げ、どの鬼人も一様にのたうち回りながら苦しんでいる。
「はぁっ、はぁっ……」
「おい、大丈夫かルナ?」
「んぐっ! くふっ……はぁ、なんとか。さすがにこれはちょっと……魔力がっ……きっついけど」
まるで雹が吹きすさぶ嵐のような強大な魔法を放ったルナ。
さすがに力が尽き果てたのか、ゼェゼェと苦しそうな息を吐きながら喘いでいる。
でもさすがだな。魔法を使ったことによる身体への反動はデカいみたいだが、あの氷柱が当たりさえすれば致命的なダメージを与えられるようだ。
――と、思っていたのだが。
「お、おい。アイツら、なぜかこっちに向かってくるぞ!? いやいやいや、もうすでに死にかけだったんじゃねェのかよ!? いったん逃げるぞ、ルナ!!」
「うぅんっ……だ、駄目ぇ。わたし、もう動けないわ……」
いや、マジで怖いんだってアイツら!
さっきまでちょっと俺らみたいな人間の感情っぽいのがあったのに、死ぬ恐怖も捨てて突撃してきてるように見えるんだが!?
しかもルナが動けないって、この状況はマズくねぇか!?
「ちょっ、他の奴らも全員集まってきやがった!! やべぇぞ、おい!?」
『ゴギャッ、ゴギャァアア!!!!』
深手を負った鬼人どもは、火に入る虫のように炎を目掛けて猛ダッシュしてきた。
しかも身体を燃やされて錯乱状態になっているのか、理性を完全に失くしている。
「たぶん、自分の身体を構成する魔力と同じモノを感じているのね……だから恐らく、あの瀕死の鬼人たちはこの消えない炎の魔力を使ってケガを回復するつもりよ……テイロー、あいつらをこの炎に近付けじゃダメ!」
マジかよ!? っていうかやっぱりルナのこの魔法が一番の原因じゃねぇか!!
「無茶いうなって!! くっそ、数が多すぎる……ちっ、こうなったらしゃぁねぇな。――わりぃ、ルナ!!」
「えっ、急に抱きしめてきて何を……って、きゃああっ!!」
2人でも手負いの鬼たちを相手にするのは正直、手が足りないんだが……近接が得意じゃないルナは、ここで一度この場から離れて貰おう。
首根っこをグイっと掴まれた猫のようにダランとした格好のまま、ルナは悲鳴を上げながら敵から離れた方へと放物線を描いてぶっ飛んでいった。
見た目は侯爵令嬢とは言っても、さすがは獣の特性を持った化身族。
ルナはスカートをヒラリとはためかせ、落ち葉を巻き上げながら器用に四つ足で着地した。
さぁ、ルナが心意気を見せてくれたんだ。
後片付けぐらいは俺に任せてもらおうか。
「ちょっと!? いきなり何をするのよ、テイロー!!」
「わりぃ、苦情なら後で聞く! とにかく、ここからは俺に任せて貰うぜ」
「あ、ありがとう……って、そうじゃないの! あの炎に触れたら貴方まで燃えちゃうのよ!? それに、あの魔法は攻撃対象の生命力を魔力として発動し続けているわ。だからもし燃え移ってしまったら最後、テイローが消し炭になるまで止まらないの!!」
そういえばさっきルナの使った炎上魔法はそうだったな。
……ったく。威力は強いが、扱いがかなり面倒臭ェな。
さすがの俺も、鬼人なんかと仲良く心中するのだけは御免被るぜ。
――それに、だ。そもそも剣しか振れねぇ俺がやれることと言ったら、コレしかねぇんだよなァ……。
「あ~、分かったよッ。要するに、この炎に触れる前に叩っ切ればいいんだろ?」
「そんな、簡単にやれるようなことじゃ「っしゃらァ!」……えっ?」
『グギャギャッ!?』
「おらァ! さっさとくたばれって! 俺たちを道連れにするんじゃねぇ!!」
『ホギャァアッ!!』
「ほ、ホントに少しも触れることなく捌ききってる……す、すごいわ……!」
ふんっ……こっちはガキの頃から今まで、あの鬼のように強いジジイに死ぬほど鍛え上げられたんだ。
速さも技術もないケモノ並みの技術しかない鬼人なんぞ、最強の俺様だったら目を瞑っていても当たらねぇさ!!
「シッ――!! よし、次ィ! ビビってねぇでどんどん来いよ!! 今度はババア直伝の三枚おろしでも喰らってみるかァ? 小骨の一つだって残さねぇ美技を魅せてやるぜ!!」
『グギャァアァッ……!!』
ちなみにこんな風に最強だなんだとイキってる俺だが、世の中には上には上がいることはちゃんと理解しているぜ?
例えば――剣術の師匠であり、あの伝説の勇者であるジジイ。
そして、そのジジイよりもさらに強い――ババア。
それを理解したのは、ジジイとババアが夫婦喧嘩をした時だった。
あの時は男二人で抱き合いながら震えたなぁ……。
あの悲劇の発端は、村の女に下心を出したジジイ。
すぐに浮気未遂がバレ、鬼のようにブチギレたババア。
さすがに悪いと思ったのか、ジジイはすぐさま山へ行って贖罪の為に巨大な柴熊を狩ってきた。
……が、それを見たババアは俺たちが瞬きをしている間に、その柴熊肉を全て挽き肉に変えちまったんだ。
そして晩飯として出てきた柴肉つみれ汁が「次やったらこうなるのはお前」って言っている気がして、ジジイも俺も恐怖で味が全くしなかった。
どうしてそんなに強ぇのか、あの後にこっそりジジイに聞いてみたんだ。
そしたら返ってきた答えが――
『勇者召喚で異界から飛んできたワシに剣を教えたのは、当時既に姫巫女と呼ばれていたおばあさんだったんじゃ……』
……なんで勇者パーティの後方支援担当だったはずの姫巫女が、剣を教えるんだ?
だって姫巫女だろ?
姫? 巫女?? そんな可憐そうな人間がいったい何故、剣を……??
でもその時はそんなこと、絶対に本人には言えなかったんだよなぁ。
ジジイもジジイでそれ以上詳しく聞こうとすると、ガタガタ震えちまうし訳の分からないことを喚き続けるしで……結局、最期までなんでババアがあんなに強いのかは分からなかった。
「――っと、今はお前たちの相手をちゃんとしなきゃだったな! 俺もルナみてェに、いっちょ必殺技を出してみるか?」
『グギャッ? グギャー!!』
何かを察した鬼人たちが、困惑気味の声を出しながら足を止めた。
一刻も早く自分の身を回復させようと、発狂状態で魔力に向かって突撃していた手負いの鬼。
さすがに馬鹿そうなこいつらも次々数を減らしていく同胞たちを見てしまっては、むやみやたらに突撃するのはマズいと気付き始めたんだろう。
……ちっ。冷静さを欠いていてくれた方が、動きが単調で読みやすかったんだが。
「今のところ、生き残っている鬼人は……」
――ルナの攻撃から生還したのが八匹。
――さっき斬ったのが二匹で残り六匹。
なにか作戦を思いついたのか、逃げる算段でもつけようとしているのか。
まだ息がある鬼人たちが、お互いに目線を交し合って何かをしようとしている。
視界の隅で、ルナが心配そうにこちらを窺っているのが見えた。
あのルナがここまで頑張ったんだ。俺もいっちょ、ジジイとババア直伝のカッコイイ技でも魅せてやろうかね?
「……ククッ。鬼ども、今更逃げようとしたってもう遅いぜ?」
『グギャァッ!?』
「さぁ、そろそろこの殺し合いも終わりにしようじゃねぇか。異界の知識と剣姫の技術の融合を御覧じろ――音戯流剣術、麒麟ノ憑依『炎駒』」
刀を上段にゆらりと振り上げ、心を鎮めるように目を閉じる。
瞼の裏に立ち上る炎を、心血を巡らせ、とある一つの型に練り上げていく。
――ザアァァア。
茫然としている鬼たちの横を、一足にて過ぎ去る。
その刹那、森のせせらぎにも似た音を立たせながら袈裟斬りに技を放つ。
『ギャッ……ギャギャギャ!?』
『ギャーッ! ギャッギャッギャッ~』
鬼人たちは、いったい何をされたのかも分からなかったのであろう。
俺が発動した技が不発に終わったのだと判断し、困惑の状態から嘲りの表情へと変わっていく。
弱い人間のやることなど、所詮は大したことなど無いというかのように嗤うモノ。
残心して動かない俺に向かって、再び攻撃を仕掛けようとしているモノ。
言葉の通じない相手だが、油断しきっていることは俺でも分かる。
「言ったよな? もう遅えって。だが安心しろ……ジジイ曰く、麒麟とは元々殺生を嫌う幻獣だそうだ。――大人しくしときゃあ楽にあの世へ逝けるかもしれねぇぜ?」
『ギャーッ!! ギャギャア!!』
……まぁ俺の言ったことも、コイツらには分からないよなぁ。
人間の言う最終通告なんて当然、聞くわけもなかったか。
「これもある種の定めってか……炎駒の言葉の意味。言葉じゃわからねぇってんなら、その身をもってじっくり味わってくれや――」
傍から見れば桃太郎の絶体絶命。
しかし彼は、余裕の表情でそれ以上追撃もせず、身動きもしない。
そんな彼を嗤う鬼たち。
そして声を失い、ただただ桃太郎を心配そうに見守るルナ。
果たしてこの戦いの結末は……さぁ、如何に――。