第23話 動き出す直前~駒と影と、罪の輪郭~
トントントン……
指先で書類をリズムよく叩きながら、クロードは先ほど終えた面談を振り返っていた。
下位貴族から上位貴族まで。
質疑応答に答える子息たちは、魔法師団長よりもクロードの方に視線を向けていた。
魅了耐性を底上げする魔道具を一人ひとりに二種ずつ配布し、学園では絶対に外さぬよう厳命する。
貴族には容姿に秀でた者が多い。
魔法師団長も、学園での子爵令嬢の噂を耳にしたのか、特に見目麗しい者を揃えていた。
この調子なら、自ら出向かずとも済むかもしれない──そう思うと、内心で少し安堵する。
そして最後に、噂の平民二名との面談。
魔法師団長に「最後に連れてこい」と根回ししておいた。
カイとユクス。
意外にも見目麗しい。貴族の御手付きの末の子かと疑いたくなるほどだ。
クロードが隣に座っていても、彼らは飄々としていた。
溌剌とした態度は、まるで飼い主に懐く犬……
(──いや、失礼)
だが、嫌いではない。思わず口元が緩む。
能力次第では、駒として使える。
見た目は及第点だが、所作が荒い。
その荒削りさが逆に令嬢の興味を引くか、それとも矯正すべきか。
今はまだ様子見だな。
魔道具を二種渡し、「絶対に外すな」と再度厳命する。
学園に再び通えることを喜ぶ二人に「なぜ?」と問えば、「もう一度学べるから」と答えた。
知識に貪欲な者は化ける。平民と侮るなかれ。
魔法師団長も同じ思いだったのか、嬉しそうに頷いていた。
学びたい意欲のある者には身分や階級に関係なく学べる場を。
一度、議会で提案してみる価値はあるかもしれない。
◇◇◇
魅了耐性プログラムを終え、いよいよ学園へ送り込む日が来た。
まずは下位貴族の子息から子爵令嬢へ接点を持たせる。
装身具の確認をしつつ、魅了されたように夢中になってみせる。
魅了耐性プログラムの中に劇団員による演技指導のレッスンを組み込んで正解だった。熱に浮かされたような崩れた表情を素人である者たちがすぐに浮かべられるはずもない。子爵令嬢が犯罪者かもしれないとわかっていて接触するのだからなおさら困難だろう。
会話の中に上位貴族の名を織り交ぜ、令嬢から「紹介してほしい」と言わせるよう誘導する。
魔法師団員で周囲を包囲し、他の生徒への害を防ぎつつ、令嬢の警戒を解く。
夢中にさせた後、魅了魔法の発生源である装身具の入手に動く。
「作戦通りにいけば、ひと月もかからないだろう」
溜まりに溜まった書類を、クロードは容赦なく捌いていく。
「そんなに上手くいきますかねぇ?」
マルセルが手を止めずにぼやく。
「“行くといいな”じゃない。“行かせる”んだ」
クロードは苛立ちを隠さず言い返す。
「クシャナ子爵令嬢でしたよね? 例の令嬢。
ただの男好きかと思ってましたけど、それだけじゃない……嫌な感じがするんですよね。杞憂ならいいんですけど」
「お前がそんなこと言う時は、ろくでもない事しか起きない。口を慎め」
「そんなぁ、政務書類頑張ってる側近にかける言葉ですか!?」
顔を上げると、マルセルの顔には「構ってほしい」と書いてあるようだった。
放置するつもりだったが──いや、我慢できない。
「お前、最近ちょっと馴れ馴れしすぎないか?」
「側近特権です」
……やっぱり放置することにした。
◇◇◇
「アインス、ヌル、居るか?」
「ええー構ってくださいよー」と騒ぐマルセルを無視し、影を呼ぶ。
「はい、ここに」
「アインス、ここに」
ぬうっと影から現れる二人。
「報告は受けた。クシャナ子爵令嬢に不穏な動きはないとのことだったが──
とある屋敷に令息数人と滞在、昼も夜もなく破廉恥極まりない。……そういうことか?」
「そういうことです、殿下」
「気持ちの悪い声ばかりしてた。思い出すだけで吐き気がする」
オエッと口にし顔を歪めて語るアインスと、顔を顰めるヌル。
子爵令嬢とはいえ、貞操観念のない者の行き着く先は修道院か、年老いた貴族の後妻か、嗜虐趣味など問題のある男の後妻だろう。
だが、 魅了の力で全てを操れると思って犯罪に手を染めているのなら、まだその未来の方がマシに感じるほどの地獄が待っている。
禁忌の魔道具を使用し、精神に干渉した罪はとても重い。
まして干渉する相手は貴族。
子爵令嬢より上位の貴族を狙った先は、令嬢の首ひとつで済めばいいがな。
その罪を早く犯すよう誘導することに一抹の憐れみを感じるが、その罪を犯すことが遅いか早いかだけの違いだ。
「引き続き子爵令嬢の身辺を徹底して探り、細かい報告をあげてくれ」
「承知しました」
「ツヴァイかフィーアと代わりたい……」
ヌルに腕を取られ、影に引き込まれるアインス。
「魔道具関連の報告も欲しかったところだ。掛け合うだけはしてやろう」
アインスが影から顔だけ出して「ありがとうございます!」と礼を言い、また影に溶けた。
◇◇◇
「なんて人使いの荒い殿下だと思って毎日疲弊してましたけど……殿下と一緒に政務書類を捌いてる方が、断然幸せと感じますね」
マルセルがしみじみと呟いた。
マルセルの言葉にクロードは書類に目を落としたまま、口元だけで笑った。
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