第22話 ひとつ引き受けると続くもの。
魔法師団の精鋭から、魅了耐性のある者を数名用意できたとの報告が届いた。
クロードはマルセルから書類を受け取り、ページを繰る。
それからしばらく紙を捲る音だけが執務室に響いていた。
――急いては事を仕損じる。
父王から耳にタコができるほど言われ続けてきた言葉だ。
せっかちな気質を見抜かれているのだろう。説教のたびに必ず織り込まれるその言葉は、いまだに胸に残っている。父は遠い頂に君臨する存在だった。
リストを見つけ、目を走らせる。
魔力が多い者ほど魅了耐性が強い――その通り、名を連ねるのは貴族子息ばかり。
だが、平民の名が二つあった。今年入団したばかりの新兵だ。
限られた学びの場を突破し、不屈の精神で這い上がってきた実力者。
努力を怠らず、己に妥協を許さぬ性格から、すでに上層部に目をかけられている。
クロードは直感する。この二人は伸びる、と。これまでその予感が外れたことはない。
「マルセル、魅了耐性プログラムの開始はいつだ」
「二日後と伺っております」
クロードは思案する。開始前に、彼らと顔を合わせておきたい。特に平民の二人とは。
だが、予定を詰め込めば、サフィとのお茶の時間が消える。
厄介事を引き受ければ引き受けるほど、サフィとの時間が減っていく――そのジレンマに、深く息を吐いた。
(質問リストを渡して、マルセルに任せるか……いや、やはり自分で見極めるべきだ)
「……サフィの為、サフィの為……」
呪文のように繰り返す。側近の顔が引き攣っていたが、見なかったことにした。
「二日後、プログラム実行前に全員と面談する。そう伝えろ」
「承知しました」
クロードは次の策を練る。
クシャナ子爵令嬢に近づけるためには、美貌と権力と金――彼女の好物を揃えた“優良物件”に見える団員を仕立てねばならない。
学院側にも協力を仰ぐ必要がある。
やることは雪だるま式に増えていく。
サフィのために動けば動くほど、サフィ不足に陥る。
クロードは鬱々とした気持ちで溜息をついた。
◇
「あの……クロ? 私、やっぱり邪魔になってると思うの……」
「いや? 今までで一番仕事が捗っているから全然問題ないよ」
「も! 問題しかない……気が、しますわ」
大きな声で言い切ったかと思えば、最後は小さく萎んでいくサフィリーン。
クロードは彼女の頭頂に頬ずりし、その柔らかい感触にうっとりと吐息を漏らす。
「殿下の仕事の進み具合は、普段の二倍ほどかと」
何も見ていないフリをしながら、マルセルが淡々と告げる。
サフィリーンを摂取している時のクロードは、執務能力がいつもの倍以上となるのだからマルセルには不思議でしょうがない事実だが。
「私からすると問題しか……ありませんけれど。今とか……人に見られながらとか……どんな羞恥プレイなの、でしょう」
クロードが髪の香りを嗅いでいることに気づき、サフィは真っ赤になってしどろもどろになる。
彼女は今、クロードの膝の上に座らされていた。
皇妃教育を終えた帰り、挨拶だけのつもりで執務室を訪れたのが運の尽き。
扉を開けた瞬間、抱き上げられ、気づけば膝の上。
頭に降り注ぐキスの嵐、頬への頬ずり。慌てて降りようとするも、片腕で腰をがっちり固定されて逃げるに逃げれない。
「大事なお仕事中に、こんな破廉恥なことは……」
「破廉恥じゃないよ。婚約した相思相愛の男女がする求愛行動だ。サフィが気にすることじゃない」
「きゅ、求愛行動……」
全身真っ赤で身体が熱く感じるまでカッカ火照っているサフィを愛しげに見つめながら、クロードは恐ろしい速さで書類を捌いていく。
適格に、正確に。甘さと有能さを同時に見せつける。
「クロが寂しいのなら、私、ソファで待っているわ」
だから降ろして、と遠回しに訴える。
「魅力的な提案だね。でも、今のままが一番いい。帰りは送ってあげたいから、傍にいて」
耳元で囁かれ、背筋を甘い震えが走る。サフィのHPは容赦なく削られていく。
「サフィのために、子爵令嬢を調べているんだ。……少し、ご褒美が欲しい」
長い睫毛を伏せ憂いを帯びた潤んだ瞳に見つめられ、サフィは大きくため息をついた。
やがてクロードが仕事を終えると、彼女を両腕で抱き上げる。
馬車停まりまで向かうにもサフィリーンはクロードの腕の中。
通り過ぎる誰もが目を逸らしているのを感じる。
クロードの胸に顔を押し当て視線を避けながら「しばらく王宮には来ずに屋敷に引きこもりたい!」とプルプルと羞恥に身体を縮こまらせた。
クロードは幸福に満ちた微笑みを浮かべ、腕の中の存在へ常時蕩けるような眼差しを注ぎながら、壊れ物を扱うかのようにそっと馬車へと乗せた。
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