第18 男女の距離感 part2
「ええ、わたくしたちの年齢で婚約者がいらっしゃらない方って、ほとんどいませんでしょう? だからこそ、学園で出会いを求めるなら、婚約者の有無の確認は徹底すべきなの。婚約者のいない殿方と話す時と、婚約者がいる殿方と話す時では、距離感が違って当然ですわ。でも──クシュナ嬢には、その距離感がまるで無いらしいのよ」
「……何となく理解できたわ」
サフィリーンは頷きながら、ラミナの言葉に耳を傾ける。
「それだけなら、まぁ時々いるから噂としては弱いのだけれど……クシュナ嬢に目をつけられた“婚約者持ち”の殿方は、ほとんど婚約破棄になっているらしいの」
「破棄に……?」
サフィは思わず呟いた。空気が少しだけ張り詰める。
「婚約者がいる殿方の腕に、己の胸を押し付けたり、べたべたと触れたり──名前を呼び捨てにしたり、愛称で呼び合ったりして、中庭のベンチでぴったりとくっついて座るのよ。まるで恋人同士のような態度を取るの。婚約者がいる相手だというのに」
大胆すぎる。醜聞を免れないどころか、貴族社会の礼節を踏みにじっている。
(……クロにやりたい放題されてる私が言うのも、なんだけど)
「そして殿方は、やがて婚約者よりもクシュナ嬢を優先するようになって、婚約破棄になるんですって。人目も憚らずべたべたしていれば、当然そうなりますわよね」
「……そうですわね」
「醜聞としては珍しくないけれど、クシュナ嬢の厄介なところは、次々と“婚約者持ち”の殿方ばかり誑し込んでいること。しかも、誑し込まれた殿方は離れようとせず、クシュナ嬢も次々と侍らせて──今では取り巻きのようになっているらしいの」
(……逆ハーレムってやつね)
「最初は下位貴族の殿方や、上位貴族の次男・三男だったのだけれど、今は上位貴族の嫡男にまで手を伸ばしているらしいの。私たちの婚約者って、ほとんどが上位貴族でしょう? このままでは他人事じゃ済まなくなるわ。マリノアは家同士で以前付き合いがあったから、昔からそうだったのか聞きたかったのよ」
「ええ、昔からあんな感じだったわ。うちのお兄様も婚約者がいるのに誑し込まれそうになって、お母様に雷を落とされてましたもの」
マリノアは鼻に皺を寄せ、珍しく嫌そうな顔を見せる。
(あのぽやぽやしたマリノアのお兄様なら、断れずに誑し込まれそうだわ……)
「婚約者のいる異性には距離を保ち、みだりに触れず、許可のない名前呼びは控える──男女として節度ある態度で、周囲に誤解を与えないように接するのが貴族の常識ですのに。それをことごとく破っているなんて、最初は破棄された令嬢たちの嫌がらせで流された噂かと思ったけれど……違ったようですわ」
「マリノアもミスティアも、ご自身の婚約者には目を光らせておいた方がよろしいですわ。わたくしもバートン様には、よく言って聞かせていますもの」
二人は神妙な顔で頷いた。
「サフィリーンは問題ないですわ。そもそも、あの変態はサフィリーン以外の令嬢を女性と認識しているかどうかも怪しいですもの。わたくしたち、たまに壁に止まった虫のような気分にさせられますわ」
「虫!? なぜ虫なのかは分からないけれど……殿下が何かしてしまったのなら、ごめんなさい、ラミナ」
「っ!? 謝罪が欲しいわけではありませんの。わたくしたちがサフィリーンをランチに誘おうとすると、冷気すら感じる目で見られるのよ。その目を見ていると、なぜかそんな気分にさせられるだけですわ」
(……うん、本当に、うちの殿下が申し訳ない)
「でも、やっぱりごめんね? 殿下はちょっと私に対しておかしいところがあるから、そんな目で見ないように言っておくわね」
次期皇帝であっても、サフィ限定で変態なクロード殿下。サフィはこの手の注意を、時々クロードにしている。
「余計悪化しそうですわっ! あの変態を刺激すると、ろくなことが起こらない気がして怖い……やめておいてくれると助かりますわ」
ラミナは少し必死な様子で止めた。
サフィはきょとんとした後、しぶしぶ頷く。
「ラミナがそう言うなら」
それにしても──クシュナ子爵令嬢って、まるで肉食女子。
誑し込む貴族の爵位が、段々と上がっていってるってラミナは言ってた。
(最終的には、この国で将来的に一番の権力を持つクロード殿下が最終目標だったりして)
「…………」
――――まさかね?
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