第16話 今日は、普通の恋人たちのような二人。
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クロード皇子ことクロの完璧さは、もはや「チート」としか言いようがない。
容姿、魔力、頭脳、剣術、すべてにおいて非の打ち所がない。
そんな彼に溺愛という名の破廉恥な態度を取られている私は、彼の婚約者という世のご令嬢たちから羨望と嫉妬を向けられる恵まれた立場にありながらも、内心では複雑な思いを抱えている。
――――だって。
学園での昼食後の休憩時間。
クロは「サフィと二人きりで過ごすと決めている」と公言して憚らない。
だからクロと私は学園内の敷地に建てられた皇族や高位貴族専用の建物の中の豪華な一室で昼食をとっている。
食事を給仕される時以外は、侍女も侍従もおらず二人っきりである。
学園の学食とは別メニューで用意される昼食。
王族に粗相がないようにと完璧に整えられたテーブルには、サフィリーンの食欲を唆るような盛り付けられた昼食の数々。そして、大好きなフルーツの苺が瑞々しい存在感を放って今日も置かれている。
いつもこの時間は食欲と羞恥心と身の危険が交互にやってくる。肉食獣を前にしたように感じる時があって、サフィリーンの本能があまり隙を見せたらいけいないよと警告している気がする。
(でも、お腹空いた・・・・・・)
いつものようにテーブルまでエスコートされて、クロがひいてくれた椅子に座った。
「ふふ、どうしたの? ほら、食べよう。サフィとこうして過ごす時間は、僕の何よりの癒しだ。用意された食事も、目の前にサフィがいるだけで今まで食べたことがないくらい美味しく感じるよ」
「そ、それは良かったね」
言葉に詰まりながら返答するけど、顔が熱い。
そんなサフィリーンに気付いているような皇子は楽しそうに微笑みながら、優雅に食事をしている。
その完璧で手本のように美しい所作はいつまでも眺めていられる気がする。
本当に美しい顔だ。
サフィリーンは内心で「眼福」とため息をついた。
今日のクロード皇子は機嫌がとても良いらしく、いつも以上に甘い雰囲気を醸し出している。
サフィリーンに向けられる視線も声もいつもよりさらに甘く優しい。
つまりサフィリーンは、いつもよりいたたまれない気持ちである。
クロード皇子の美しさを愛でるのはいいのだが、相手から甘い態度を取られるといつまでたってもおろおろしてしまう。
兄のような弟のような慕わしい気持ち・・・・・・最近は、友達のようで付き合いたての恋人のような。
これ以上踏み込みたくないような、もう手遅れなような。
(本当にクロが好きな人が出来たらスッパリ諦めることの出来る心でいたいのにな)
毎日毎日こんな風に扱われて。
大切にされてるって実感してしまっては、クロード皇子の心がサフィリーンから離れた時、醜い姿を晒して嫉妬心を表に出さずに去れるだろうか。
(自信無くなってきた・・・・・・)
甘い態度を取られれば取られるほど気持ちが沈みそうになりながら、今日も何とか食事を食べ終え、食後のハーブティーが出されたところだった。
「クロ、休憩時間の終わりに教室に戻れるように早いですけどいこうか?」
サフィリーンのさっさとこの空気から逃げ出したい気配を察したのか、クロード皇子は悪戯っぽく口元を緩めた。
「だめだよサフィ、どんなに愛しい君のためだとしても二人っきりで過ごせる貴重なこの時間を一秒でも奪わせない。サフィとのこの時間は、どんな公務よりも優先されるべき大切な時間だからね」
「砂糖ばっかり吐かれて、口の中甘ったるくなりそう」
サフィリーンは小さな声でそっと呟いた。
「序の口だよサフィ? もっと知りたいなら教えてあげる」
その言葉に、サフィリーンは心の中で「もう帰りたい!」と顔を真っ赤にして叫びながらも、顔には出さないように必死に努めた。
スンと無言を貫いたサフィリーン。
クロード皇子は徐ろに立ち上がり、サフィリーンの座る椅子の背後に回る。
「サフィ、少しそのままで」
クロード皇子の両腕が横目に見えたと思ったら、サフィリーンの鎖骨に冷たい感触。
「サフィ、こっちを向いて?」
言われるままに振り向くと、サフィリーンの首元を見つめたクロード皇子が破顔する。
「うん、すごく似合う。僕の色を身に着けたサフィは世界一綺麗だ」
サフィリーンが首元に手をあてると指先に金属の感触。
クロード皇子はサフィリーンの首元でキラキラと輝くものに顔を近づけ囁く。
「愛らしいサフィに似合うものをって、僕がデザインしたネックレス」
「え!? あ、ありがとうございます」
不意打ちのプレゼントに至近距離でのクロード皇子の甘い言葉に、サフィリーンの顔はみるみるうちに赤くなる。
クロード皇子はそんな彼女を見て、満足そうにクスクスと笑った。
「なあに? 急にそんな言葉遣いしちゃったりしてさ、顔、赤いね?」
「…っ、からかわないで!」
「ふふ、ごめん。だって二人っきりの時にサフィにそんな距離のある言葉遣いされる寂しいよ。二人だけの時くらいは、今みたいにくだけた口調のままでいて欲しい」
美しく弧を描く眉がへにょっと情けなく下がるのが見えた。
美形の悲しそうな表情は破壊力抜群である。
「ご、ごめんなさい。だって、クロの、距離が近いから」
サフィリーンが慌てて小声で抗議すると、クロードはさらに彼女に顔を近づけた。
「ここには誰もいないよ? ここには僕とサフィだけ。それに、誰かが居たって構わないさ。皆、僕たちの仲の良さを見れば、きっと微笑ましく思ってくれるだろう」
「で、でも、私が見てる!」
「うん。僕の目にもサフィだけ」
「っ!」
サフィリーンは熱が出たように真っ赤になる。
もう限界よ、もう無理よ、と思考が茹だっていく。
この完璧皇子は、自分がいかにサフィリーンの呼吸を止め、心臓をブラック企業も真っ青に働かせているかを全く理解していない。
どれだけセーブしているのか、わかっていない。
そして、抑えているという時点で、もう相手に落ちていることにサフィリーンは気付いていない。
おろおろと目線を彷徨わせるサフィリーンに、クロードは「かわいい」と口にし蕩ける視線を送っている。
この毎日が彼女の恋心芽生えよ!と刺激させられ、どのパターンでも羞恥心との戦いなのだ。
サフィリーンの困惑さえも楽しんでいるかのようなクロードのいい笑顔に、サフィリーンは「この皇子、本当に根っからの人誑しで、絶対恋愛マスターだわ・・・・・・」と確信するのだった。
乙女ゲームも真っ青な甘い言葉と態度。
耐性などあるはずもないサフィリーンを毎日混乱させる。
♦♢♦♢♦♢
昼食後のあの甘いひとときは、もしかしたら夢か妄想だったのではないか?
それほど温度差のある午後からの授業が始まった。
サフィリーンの隣の席にはクロード皇子。
右頬に時折視線を感じるものの、クロード皇子はサフィリーンが真面目に授業を受けたいのを知っているので邪魔することはない。
高度な教育を二歳の頃から受けているクロード皇子からすれば、学園に通う意味はサフィリーンが居ることが一番で、あとは貴族との交流の場なのだろう。
学園は学び舎としての教育においては平等を校則で制定しているものの、貴族階級は厳守されている。
上級貴族が下級貴族を身分で抑え込んで用を言いつけたり学ぶ邪魔をすることは許されないが、階級が下の者が上の者に対する礼節を欠く言動は許されない。
サフィリーンも実は学園で学ぶことはないのだけれど、学生生活がしたかったことが一番で一度学んだところを学び直したいが二番だったりする。
皇太子妃教育ではもう学園レベルの授業をされることはないので、一度習ったところをさらに学び直して気付きを得たいサフィリーン。
現在教室では、高度な魔術陣を描く際の応用の授業中。
「いいですか、生徒諸君」
教壇に立つ魔術専門講師の声が、静まり返った教室に響き渡る。
彼の背後には、幅二メートルはあろうかという真っ白な魔導ボードが立っていた。
講師は手にした特殊なペンを白いボードの表面へと滑らせる。すると、ペン先から光の粒がこぼれ、複雑な魔術陣の幾何学模様が、ボードの上に浮かび上がった。
「基本の魔術陣を組み合わせることで、より高度な効果を生み出せるとは、前回の講義で解説しましたね。今回はその応用です。ここに描いたのは『魔力転換の複合魔術陣』の基礎理論です」
講師はペンを止め、生徒たちを見渡す。
「この陣の肝は『魔力の質を変化させること』にあります。通常、魔導具に流し込む魔力は、その魔導具の用途に合わせた属性に調整する必要があります。しかし、この複合陣を用いれば、どんな属性でも、特定の属性に変換し、なおかつその出力を増幅させることが可能となるのです。それぞれに得意な属性というものがありますが、この複合魔術陣を使用することによって得意でない属性であっても失敗しづらくなるという利点があります」
彼はボードの一点にペンを向け、そこからさらに別の線を描き足していく。
「たとえば、この部分『属性調整グリッド』に光属性の魔力を流し込めば、それが炎属性の魔力変換されます。重ねがけの難しいところではありますが、その際に熱量が逃げてしまう欠点もある。しかし、我々が学ぶべきは、いかにしてその『ロス』を最小限に抑え正常に属性変換をし魔導具を起動させるかですから、そのためには『共振鎖』をいかに精密に配置するかが重要となるわけです」
生徒たちは一斉にノートにペンを走らせ、講師の言葉を書き留めていく。
クロード皇子とサフィリーンもまた、真剣な表情でその講義に耳を傾けていた。
「では、この原理を応用した課題を次回の授業までに出してもらいます。『魔力の変換効率を95%以上に保つ魔術陣』の理論式を考案しなさい。さあ、皆さんの豊かな創造力に期待していますよ」
今日の授業はここまで。を口にすると専門講師は颯爽と教室から出て行った。
「創造力・・・・・・」
サフィリーンは魔術陣の授業が一番好きだ。
それを知っているクロード皇子はサフィリーンの好奇心にキラキラ輝く瞳を見つめて微笑む。
「今日の皇太子妃教育の後、少しだけ一緒に魔術陣について考察する?」
クロード皇子の提案に一も二もなく「する!」と答えるサフィリーン。
「了解。サフィの好きな甘いものも用意しておくね」
「ありがとう!」
サフィリーンと過ごせる時間が増えたのが嬉しいのか、クロード皇子の微笑みの輝きが増している。
二人の会話が聞こえる範囲にいる貴族子息令嬢たちは、微笑ましいものを見る瞳で見つめている。
皇太子と次期皇太子妃の会話だが、普通の仲睦まじい恋人同士のようである。
とんでもない身分であるというのに、何だか同じ人間なんだなと思える親近感すら感じる二人であった。
他サイト様で公開しているものとは全く違う内容となっています。
(新しく書き直し!)
クロードの溺愛腹黒が先行しすぎていて、ふたりの学園での日常を書いてみました。
後々になりますが他サイト様でも新しい話を差し込んでいくかもしれません。
まずはちょっとずつ更新更新!
頑張ります。