8 理由
「調査?」
「はい。僕はイシスエの冒険者ギルドから依頼を受けて、あなたのいた村の調査に来ていたのです」
「へー、そうなのか」
冒険者ギルドからの依頼ねぇ。ゲームとかでよく聞くやつだが、それと同じ感じなのかね。
「そうなのです。僕が村に着いた頃には、村はすでにもぬけの殻でした。そのことを報告するため町に戻る途中で、あなたに出会ったのです」
「なるほど」
と、いうことは村が正確にどの辺にあったのかはさだかではないが、俺が連れていかれた後にこの子が来て村のことを調べた。で、町に戻っているところに、走ってウサギから逃げる俺が追い付いたということか。
「無理でなければギルドへの報告を一緒に来てもらって、そのときの状況をお話してほしいのです」
そういうことか。納得した。俺が行けば、この子はそのギルドへの報告がより具体的になる。そして、俺は町に行きたい。まさにwinwinの関係。
「それくらい全然大丈夫。連れていってもらうことを考えたら、安すぎる注文だ」
「それなら良かったです」
「ただ申し訳ないんたが、気付いたら捕まってたような状況で、たいしたことはわからないんだが、そんなんでも大丈夫か?」
「構いません。あったことをそのまま言ってくだされれば結構です」
「わかった。じゃあ改めてよろしく頼む。俺は有栖祐二だ。よろしくな」
「ああ、ごめんなさい。申し遅れてました、僕はハルです。よろしくお願いいたします」
俺の差し出した手をハルが握る。
良かった。とりあえず、第一関門突破といったところか。
少し安心した。だがそのせいか体が空腹を思い出す。
「で、ハル。早速で悪いんだが、何か飲み物か食べ物を分けてはもらえないだろうか?」
言うと同時に盛大に腹の虫が鳴いた。
ハルはふふっ、と笑うと背中のリュックから木製の筒を取り出す。
「飲み物はこれをどうぞ。食事はもう少し先に行ったところに町の設置した休憩所がありますので、そこでしましょう」
「ありがたく、いただきます」
栓を抜き中身を飲む。ただの水だろうがうまい。水分が体全体に染み渡る。
「あ、すまん。全部飲んじまった」
「ふふっ、いいですよ。休憩所で補給しますから。ところでアリスさんは出身はどこかの町か王都だったりします?」
俺が返した空の水筒をリュックにしまいながら、ハルが聞いてくる。
「いや違うけど。どうしてだ?」
「いえ、ダブルネームが珍しかったもので」
ダブルネーム?名前が2つ?名字のことか?
「それって珍しいの?」
「ダブルネームを持つのは、王候貴族か大きな一族を作る一部くらいのものですよ。アリスさんは違うんですか?」
しまった。何も考えずに答えていたが、返答によってはおかしくなってしまう。まさか異世界から来たとも言えない。
「...そうなのか」
「どうしました?」
どう答えるか考えているだけなのだが、難しそうな表情をする俺に、不思議そうな顔をするハル。
「実は過去の記憶がほとんどなくて。村にいたのもどうしてかわからないんだ」
とりあえず、何も覚えていないで通そうと思う。
「そうだったんですね」
「ああ。だから細かいことは何もわからない」
「そうですか...まずは町でお身体をゆっくり休めましょう。落ち着けば何か思い出すかもしれません。もしかしたら、ユージのネーム持ちを探せばご家族がいらっしゃるかもしれないですし、そのときは手伝いますから」
にこりとハルが笑いかけてくれる。
おそらく祐二のほうを名字と思われていたりと、何か色々と勘違いされている気もするが、今訂正をいれるべきではない。ただこんなにも良い子を騙しているみたいで、少しだけ罪悪感。
「ありがとう。その...ハルの家族は町にいるのか?」
俺の心の平穏を保つため強引に話を変える。
「いないですよ。昔は弟みたいな存在がいたんですが、今は一人です」
「そう...なんだ」
質問を間違えてしまったかもしれない。正直これ以上は聞きにくいし、明るい話になる気がしない。
「そんな顔しないでください。珍しいことでもないですから。そんなことより、お腹空いてるんですよね?休憩所急ぎましょう」
「そうだな」
ハルが少し早足になるのに合わせ、俺はハルと休憩所に向かうのだった。