7 お願い
「この近くに町みたいな人が集まったような場所ってないか?」
少し落ち着いたところで、少女が「では、僕はこれで失礼します。この辺のウサギにお気をつけてください」と先に行こうとするの引き留め聞く。
「この道を2日ほど行った先にイシスエという町がありますが...」
少女が不思議そうな顔で答える。
ただよく考えればそれもそうか。この軽装で徒歩。行先も決まっておらず、この辺のウサギが狂暴になっているような周辺知識もなく、戦闘能力もない。
客観的に見て正気の沙汰とは思えない。
さっきから情けないことばかりだが、ここはひとつある程度正直に現状を伝え、あわよくば連れていってもらおう。
ここから2日という、おそらく餓死することもなく、自力で辿り着くことができる距離に町があったことは幸運だったが、次にあのウサギみたいなのに襲われたら、おそらく詰む。
この子がまだどんな子なのかさえわからないが、どう考えても良い子そうだ。今後出会う人がどんな人か、そもそも出会うことができるのかと考えたとき、今が最大のチャンス。
ここがどうなるかで、今後の俺の異世界生活が大きく左右することは間違いない。
俺は覚悟を決め、少女に現状を伝える。
「実は恥ずかしい話なんだが、痴女の悪魔に連れていかれそうになって」
「えっ!?痴、痴女にですか?」
少女の顔が赤く染まる。
しまった。余計な言葉だった。その言葉だけに反応されると、本当にただ恥ずかしいだけの話のなってしまいそうだ。
「いや、ち、違う、違う、悪魔。俺のこのローブみたいな黒いのを着た悪魔に襲われたんだ」
その瞬間、少女が真剣な顔になる。
「黒の...まさか、黒の盗賊団ですか?」
なんだそれは?なんと答えるのが正解なんだ?正直にそれを知らないと言うべきか否か...一瞬の思考の結果絶妙にふわりと答えることを選択。
「...いや、わからないんだが、そんな風な感じでもあったような気もする」
「と、言うことは村にいたのですね?」
な、何?新たな選択。村にいたか否か?思い出す、あのとき悪魔以外に少女がいた。ということは俺は村にいたのかもしれない。
「...そうなんだ」
「確かに旅人にしては、あまりにも荷物が少ないな、とは思っていたのです」
そりゃあ気になるだろう。この戦闘能力を有する少女でさえ、巾着袋をリュックのようにしてドレスの背中に背負っている。
「ああ、連れていかれそうになったのをなんとか逃げだして、着の身着のままここに至るというわけなんだ」
実際には馬車から落ちただけなんだが、そういうことにしておく。
「そうでしたか...それは大変でしたね」
察してくれたのか、少女の表情が悲痛なものになる。
ここだ。お願いするなら、このタイミングしかない。
「それでお願いなんだが、俺を町まで連れて行ってくれないか?見ての通り荷物は何もない。このままじゃ俺は生きていけない。もちろん、お礼はする。お金はないから、代わりに俺にできることなら何でもするから、それでなんとかお願いできないだろうか?」
腰をほとんど直角まで曲げる渾身のお願い。
「頭を上げてください。事情はわかりました。僕もちょうどイシスエに帰ろうとしていたところなんです。もちろん僕でよければお送りします」
「ほ、本当か!?」
「ただ、1つだけお願いがあります」
「俺のできることなら何でも言ってくれ」
「嫌なことを思い出させるようで気が引けるのですが、襲われた状況やその者の特徴をお話してはいただけないでしょうか?」
「そんなことでいいならいくらでもOKだ」
「本当ですか?それでしたら、僕が責任を持って町まであなたをお送りします」
「本当に何から何までありがとう。助かった」
ただ本当にそんなことだけでいいのか、という疑問が少しだけ残る。
と、思ったのが表情に出てしまったのか、少女が補足するように答えた。
「実は僕はその村の調査を依頼されていたのです」
まだまだ序盤ではありますが、これからも順次更新していきます。
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