15 道中
町から南に行った先、大河を小舟で渡り、少し進んだ先に広がる森林地帯。そこに薬草が採集できる場所があるらしい。
町からは、左右に田んぼが広がる一本道をひたすらに南下する。見渡す限り地平線が広がり、危険な要素は何一つなさそうだ。
「昨日の用事ってなんだったんだ?」
道すがら何の気なしに聞いてみる。
「...僕が行った方向に何があるか知ってます?」
昨日別れたときのことを言っているのだろうか。ハルが向かった方向は、冒険者の居住区の西のほうだ。
「確か奥にはドラウの作った孤児院があるって聞いたけど」
ちょっと嫌なことを思い出す。あの係員聞いてもいないことをばんばん説明してくる。主に歴史。
孤児院もその歴史を地図の説明の5倍くらいかけてしてきた。
何でも、孤児院ができる前は無法地帯だったとか。
兄は両親と同じ種族なのに、妹は母と同じ種族なのに、とたまたま親に潜在する種族の血があったというだけで、子の種族が変わってしまう可能性があるこの世界。捨て子がとても多いらしい。それはどの町でも問題になっているとか。
まあ、俺はそんなことはないが、確かに自分たちと全く違う見た目の存在が生まれてきたら、ん?ってなるかもしれない。
今、孤児院のある場所はそんな子供たちが捨てられる場所だった。子供を捨てるのに良心も何もあったもんじゃないが、ほとんどは町の外に捨てる中、町の中に捨てるのは少しだけ良心の残った親らしい。
俺はどっちのしろそんなやつら絶対に親なんて認めないけど。
ギルドや冒険者の住まいのさらに奥にあるその場所は、普通の町の人なら近づかない。捨てられた子供たちの生きるための争いの場所だった。
それをドラウが単身乗り込み、まとめあげたのだ。面倒くさいことには巻き込まれたくない、タダ働きなんてするはずがない。その日暮らしの冒険者たちの中、誰に言われたこともない、もちろん無償でだ。
今でこそギルドがその依頼手数料の中で管理運営しているが、当初ドラウは自らの手で子供たちの争いを止めさせ、私財を使い支援し孤児院を建てた。
孤児院から出た子供たちは、兵士として町の統治下にある村の防衛派遣であったり、使節団の一員として、他の都市や大国ルシルフに派遣されたり、仕事を与えたうえで町の住人と直接触れないように配慮されているとのことである。
係員の話で、唯一胸が熱くなった話。
本当に世の中、聖人ってのはいるもんだ。
っと、だいぶ話がそれてしまった。
「よく知ってますね」
「おう。色々教えてもらってな」
「実はそこで剣術を教えていたんです」
「そうなのか。なんか依頼とかか?」
「いえ、自主的にボランティアです」
ハルがいい子なのは知っているはずだ。俺も助けてもらった1人ではないか。なんて返しをしてるんだ俺は!
ちょっと自分が嫌になる。
「そうだったのか。ハルは本当に神様みたいな人だな」
その言葉にハルが顔を伏せる。
「そんなことはありません...これは僕の贖罪なんです」
「贖罪?」
「はい...以前僕には弟のような存在がいたって言いましたよね?」
「...ああ」
なんか、思いもよらない展開になってきた。
「僕は孤児だったんです。その弟も孤児でした。名前はアキと言います。僕もアキも親に捨てられ、物心ついた頃にはある村に住んでいました」
「うん」
「ある日その村が盗賊に襲われたんです。僕は戦ったけど、弟を守りきれなかった...今も僕の体はそのときの傷だらけです」
「...そうだったのか」
「少しでも何かしてないと、アキに申し訳がなくて...って、ごめんなさい。辛気くさいお話をしてしまって、アリスさん、そんな顔しないでください」
「いや、すまん。俺が聞いたから。俺も、あ、いや何でもない。とにかく俺にとってハルは神様だ。死にかけたところを助けてもらったんだから。だから俺にできることがあったら何でも言ってくれ」
俺も小さい頃に親を亡くして...言おうとして、思いとどまる。今の俺は過去の記憶がない設定だった。
「ありがとうございます。何かあったら、頼らせてもらいます」
ハルがにっこりと微笑む。
「任せろ」
その少し寂しそうな微笑みを見て、どうしてか、以前見てしまったハルのきれいな背中を思い出す。傷だらけっていうのは、別のところかもしれないし、心がってことかもしれない。
何かあったら、絶対に助けたい。心に誓う俺であった。
それからどれくらいだろうか。とにかくしばらく行ったところで大河に到着した。
大河を渡す小舟を管理運営するのは、町の兵士たちだ。渡るのに往復で銅貨一枚。
俺は銅貨を兵士に渡し、ハルと2人で小舟に乗り込む。
「なあ、ハル」
「何ですか?」
「そろそろ次のスキルに挑戦してみたいんだが?」
ゆっくり進む小舟に揺られながら、思っていたことを口にする。
「そうですよね。『探知』も基本はマスターされましたし」
「次に覚えるとしたら、どんなのがいいんだ?」
「そうですねぇ...襲われたときに逃げることを考えるのであれば、姿などを見えずらくするスキル『迷彩』、もしくはマナを隠すスキル『隠蔽』ですね」
「ほうほう」
「あとは、身体能力をあげる『強化』もいいです。日常や生活などを考えるならば、『灯火』もいいですね」
この中で一番魔法っぽいのはどれだろうか?そもそも最初から目的は魔法みたいなの使ってみたいしかないのだ。
「えーと、『灯火』ってのは、火を起こす的な感じのスキルなのかな?」
「そうですね。簡単に言えば小さな火を起こすスキルです。攻撃などには使えませんが、日常生活での明かりや料理等はもちろん、旅の間の焚き火など、覚えることができるのであれば、色々手間が省けてかなり便利です」
「なるほどな...覚えることができるのであればってことは、覚えるのが難しいのか?」
「いえ、人や種族によってそれぞれに特性がありますんで、その人次第です。ちなみに僕はできません」
できないんだ。
じゃあこれを覚えたら、少しくらいハルの役に立つかもしれない。
「ちなみにどうやってやるんだ?」
「僕ができないんで何とも言えませんが、こういったスキルはリアルに想像できるかどうかが一番大きいですね。マナを手のひらに集めて、それを火に変換するイメージです」
「むむむ...」
言われた通りにイメージする。
すると、手のひらに文字通り灯火が灯った。
「えっ!?」
できた本人が真っ先に驚く。
正直、できるなんて思ってなかった。火を具体的に想像できたかと言われれば、そんなことない気がするのに。
「す、すごいじゃないですか!特性があるにしても、こんな簡単にできるなんて」
ハルがテンションを上げて褒めてくれる。
話が聞こえていたであろう、船頭をしてくれている兵士も驚いた表情をしていた。
なんだろう。嬉しい。こんなすごいって感じで褒められたのっていつぶりだろう。
俺ってば魔法の才能があるかもしれない。
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