11 イシスエの町
ミリアとの出会いから体感で数時間。
以前の休憩所と同じような建物が建っていて、そこを境界線についに森林地帯を抜けた。
それ以降は、草原や畑、田んぼが広がっていて道も今までの倍くらいに広くなり、町が近づいてきたせいか、人の行き来も増えてきた。
「もうすぐですよ」
「そうか。到着までには『探知』のスキルを使いこなしたいなぁ」
コツが掴めてくると、成長がさらに早くなるもので、ハルが視界に入らない後方にいてもどの辺いるのか感覚でわかるようになってきた。
「あとは素早い移動に対応するのと距離ですね」
ゆっくり歩いているくらいならいいんだが、さっと動かれると途端にわからなくなる。距離も半径2メートルくらいで、今のところ見たほうが早い。
「よーし、頑張ろ」
そういうふうに練習しながらさらに数時間。ついに俺たちはイシスエに到着した。
「守りの固そうな町だな」
率直な感想である。
イシスエはその町全体を高い石壁で囲っていて、さらにその外側を深い堀で覆っていた。
入り口が一つしかなく、堀に架けられた大橋を渡っていくしか町に入るルートがない。
橋を渡りながら町に近づいていくと、だんだんとその大きさに圧倒される。
「大きいな」
「そうですか?」
「ああ」
「中央の大国ルシフルはもっとすごいですよ」
「へー、まるで想像がつかないな」
「機会があったら行ってみるといいです」
門に着くと、そこには兵士が数人いて、人の出入りを確認していた。そのうちの1人が話し掛けてくる。
「ハルさん、その方は?」
「依頼報告の参考人です。盗賊の姿を実際見たということなので」
「そうですか。では、こちらに記入をお願いします」
ハルが何枚かの紙にペンを走らせる。
聞くと住人ではない者を町に入れるのに必要な書類で、簡単に言えば何かがあったときに全ての責任をハルが負います、という誓約書らしい。
「無くさず持っておいてくださいね」
渡された紙には何かしらの文字が書いてあったが、見たことのない文字でなんて書いてあるかはわからない。改めてここが異世界だということが感じられる。
そういえば言葉は問題なく通じているのは何故だろうか。最初から普通に話せたから気にならなかった。まあ、気にしてもしょうがないんだろうけど。
「これは?」
「僕の署名入りの町の入場許可証です」
「なるほど。本当に色々すまないな」
「全然大丈夫です。ただ、報告するのを少しだけ手伝ってください」
「もちろんだ」
俺は許可証を受け取り、ハルとともに町に入る。
「おお」
さすがに町というだけあってすごい活気だ。
イシスエの町は入り口の門から石畳の大通りが真っ直ぐに伸びていた。
町の中央っぽいところには大きな広場があり、見える限りそこに最も人が集まっている。
通りの左右には露店が並び、様々なものが売られていた。
町を行き交う人々は種族も服装も様々で、例えば、角があったり、耳や顔が獣だったり、しっぽが生えていたり、服装も布の軽装の服だったり、フルアーマーだったり、ドレスだったり、和装みたいなのだったり。
「いやー、すごいな。まさにゲームの世界」
「ゲームって何ですか?」
「いや、こっちの話だ」
「そうですか。何も用事がおありでなければ、ギルドへ向かいますがよろしいですか?」
「OKだ」
そこから、しばらく先を進むハルについていくと、周りよりも一回り大きい石造りのゴツゴツとした建物が現れる。
ハルの後ろについて、分厚い木製の両開きの扉を越えると、外よりもさらにワイワイガヤガヤと騒がしい。
ここが冒険者ギルドか。もちろんゲームなんかで感じたことはないが、実際は色んな匂いとかが混じってなかなかにむさ苦しい。
奥に行くと受付のようなところがあり、綺麗な女性が数人並んで座っている。
「とりあえず、ここで待っていてください」
そう言うと、ハルが受付の1人に報告にむかう。
ハルが話している間、キョロキョロと周りを見ていると、見た顔があった。ミリアだ。
ミリアはハルとは別の受付の女性の前にいて、報酬らしきものを無言で受けとっていた。
そして、ギルドを出ようとするところに俺と目が合う。
「どうも」
なんとなく、無視するのもおかしいかと思い、軽く会釈だけはしておく。
それに対しミリアは眉間にしわを寄せ、すれ違いざまに「さっ...」と言って去っていった。
「...さっ...?」
どういう意味だ?すごい嫌そうな顔だったし、ポジティブな意味ではなさそうだ。
「アリスさん、来てください」
考えていたらハルに呼ばれた。
行くと、受付の女性の案内で奥の応接室のようなところに通される。
応接室には木製のテーブルとその両側にソファのような物が並んでいた。
雰囲気的にさすがに頭のメシアを懐に入れる。
座って少しだけお待ちください、と促されしばらく待っていると、男性が2人入ってきた。
「前の人がこのギルドで一番偉い、ギルド長のドラウさん。後ろの人が副長のロンメルさんです」
ハルが小声で教えてくれる。
ギルド長のドラウはスキンヘッドで顔中キズだらけの初老の男性で、筋骨粒々の歴戦の戦士のよう。
副長のロンメルは髭を生やした細身の男性で、スタイリッシュな中年と言った感じだった。
そのままドラウが座り、口を開く。
「ギルド長のドラウだ。話は聞いた。つらい思いをしてきたろうに...報告、してくれるんだってな。礼を言うぜ」
ドラウが深々と頭を下げる。
「ド、ドラウ殿!?」
それに対しロンメルが注意するように慌てて名を呼ぶが、「いいんだ」と、頭を下げたままドラウが手で制した。
「いえ、そんな」
びっくりした。
こんないかつい人がいきなり頭を下げるとか、逆に心臓に悪い。
ドラウが頭をあげたタイミングでハルが書類を差し出す。
「報告書です」
「いつもすまんな」
ドラウがそれを受けとり、そのまま書類に目を通す。
「僕が到着した時点で、村はすでに襲われた後でした。報告書には一応そのときの村の様子をメモしています」
「またか...死体も見当たらなかったか?」
「はい。村は完全にもぬけの殻でした」
「そうか」
「今のところ、このアリスさんが村の唯一の生き残りです」
「ふむ...ではアリス、言いにくいこともあろうが、すまんが詳細を教えてくれ」
俺は「わかりました」とそのときの様子を話始める。と、言ってもほとんどわからないため、黒いローブのあの痴女の特徴や鎖のことを言ったくらいで、それ以前のことは記憶にないことを伝える。
「始祖族...」
ドラウが呟くように言う。
それに続くようにロンメル。
「全く謎に包まれていた黒の盗賊団の1人が始祖族ですか」
始祖族ってあの悪魔の痴女のこと言ってるんだよな?なんか珍しいのか。
そんな不思議そうな表情をする俺にロンメルが補足してくれる。
「始祖族というのは現在の王たる種族です。その祖先自体の絶対数が少ないため血が薄く、かなりレアな種族となります」
「へー」
「現在大国ルシフルでは、王の後継者を決めるための始祖族召集令がかかっており、身分、性別、性格問わず後継者レースに参加する資格があります。始祖族をルシフルに連れた者には懸賞金も出るため、アリス殿の話が真実であれば、生け捕りしなくてはならなくなります」
なんか雲行きが怪しい。ロンメルが若干うんざりしてるように見える。もしかしたら、余計な仕事増やした的な話かもしれない。
ってか、そもそも王の後継者なんか普通子供がなるもんじゃないのか。なんでわざわざ召集して決めるんだ。いったいどういうシステムなんだ。
「まあ、どうするかはこれから決めることだ。気にしなくていい。それより報告すまんな」
ドラウはそう言うと、懐から何かをごそごそと取り出し俺の前に置く。それは冒険者ギルドの証であるペンダントだった。
「その話だと住むところもなかろう。とりあえず、冒険者としてこの町で生活するといい」
ドラウが「ロンメル、あれを」と指示する。
指示を受けたロンメルが小さな麻の袋をハルと俺の前に置く。じゃらり、と金属音がした。
「報告料だ。受け取ってくれ」
ハルを見るとにこやかに頷いている。受け取れと言うことだろう。
俺が「ありがとうございます」と受け取ると続いてハルも袋を手に取る。
「ありがとうございます...あれ?少し多いですよ?」
ハルの言葉にドラウが「ああ」と反応する。
「お前には申し訳ないが、当分アリスのことを見てやってくれ。その分足しておいた」
「そういうことですか。ここまでくれば、元々そうするつもりでしたが、本当に頂いていいんですか?」
「もちろんだ。そして、アリス」
「は、はい」
「すまなかったな。本来村の防衛は町の仕事なんだが、色々な事情があって見れないところもあるんだ。失ったもんは戻らねぇが、町でゆっくり休んでいってくれ」
「いや、あ、ありがとうございます」
顔がいかつすぎてなんか怖い人だ。けど、めちゃくちゃいい人だ。ハルもめちゃくちゃいい子だし、ついてる。異世界での俺はものすごくついてるかもしれない。
「まあ、何かあったら頼ってくれや」
そうして、俺とハルはギルドを後にした。
外に出ると、いつの間にか日が落ちかけており、辺りは薄暗くなり始めている。
「もうこんな時間なんですね。真っ暗になる前に宿に急ぎましょう」
「わかった」
俺とハルは少しはや歩きで宿に向かうのだった。
☆☆☆
[ロンメル視点]
あいつやってくたな、と心から思う。
「どう思う?」
ハル殿とアリス殿が出ていかれた応接室。ドラウ殿が尋ねてくる。
「そうですね...リストは完璧ではありませんが、アリス殿は周辺の村や冒険者のリストに名前がございません。記憶が無いというのも怪しいと言えば怪しい」
「そうだな」
「ただ、アリス殿からは何も感じ取れるものはなく、ただ偶然居合わせた放浪者の可能性も高いかと」
「まあ、な。どちらにせよ盗賊と繋がりがある可能性がゼロじゃない以上、当分目は離さぬようにしておけ」
「わかりました」
「...しかし、おかしい」
ドラウ殿が呟くように言う。
「おかしい、と言うのは?」
「いや、なんでもない。まあ、何にせよ警戒はしておくことだな」
「その点は抜かりなく」
いったい何を考えている...?
考えながら私は応接室を後にした。
お手数でなければ、評価や感想などいただければ嬉しいです。
今後ともよろしくお願いいたします。