テラリウム
以前のり子ちゃんと百貨店までミニチュアを見に行った事で、私はガーデニング以外の植物育成をしてみようとテラリウムを始めた。
蓋つきの大きなガラス瓶の底に丸まった小石をろ過するためのミズゴケをかぶせる。この時のポイントは土がミズゴケの隙間をすり抜けて瓶底の丸い小石までこぼれないようにくまなくぴっちり敷き詰める事。ピートモス混合土をその上に敷き詰める。ここまでは下準備だから何とも地道な作業。ちょっと小高い丘に見立てて地面に高低差がつく様に更に土を盛ったら、ハイヒバゴケを生やしていく。ここまでくると少し世界観が出て来て楽しくなる。
「ね~ね~かはくちゃん。なんで家で土を瓶詰しているの?」
「……わらしが作ってるところ一度見て見たいって言った。」
「説明もナシに黙々と作業されてもボクつまらないや。」
「……頭の中で説明してた。」
「そんなのボク読み取れないよ。」
眉毛をハの字した情けない顔でわらしが口をとがらせている。思わず舌打ちがでてしまった。
「わらしはこの窪んだ土の上にその水色のシーグラスを敷いて。」
「アイアイサー。」
わらしがシーグラスを敷いて湖を作っている間にまだ土が顔を見せている場所にハイヒバゴケを生やして牧草地を再現した。
「かはくちゃんシーグラス敷いたよ。」
「その部分はわらしが好きに作っていいから湖に何を置くかそこのミニチュアとフィギュア見て選んで。」
「本当にどんな風でもいいの?」
「……あまりにひどかったら直す。」
「ちぇっ。それじゃぁ全部直されそうじゃないか。」
「そうなるかもしれない。」
はなしがうますぎると思ったなどとブツブツつぶやきつつもわらしはたくさん持ってきたミニチュアとフィギュアを物色している。
私は防水スプレーを振った小枝を刺して柵にすると牧場を作った。
「ね~ね~。かはくちゃん首長竜の体と首切り離して湖から顔出している様にしてもいい?」
「……好きにしていいって言った。」
「だって後から全部直されたら首と胴体に分かれた首長竜がかわいそうじゃん。」
「首長竜が湖から顔出してる様に作っていいよ。」
「やったぁ。」
高原の湖で首長竜が顔出してるってどんなシチュエーションなんだろう?わらしに手伝わせたのはちょっと失敗だったかなと少し後悔しかけた。
チラリとわらしを見ると、なんの曲かもわからないような調子の外れた鼻歌をうたいながらカッターで2体の首長竜の首を切り落としていた。
「あれれ?」
「……何?」
「顔と顔をくっつけても首がハートにならない。」
「わらし。それは白鳥だよ。」
「ああ。そっかぁ。どうりで色が違うと思ったんだ。」
私は首長竜の首を2本ぶん取って寄り添って湖を泳いで見えるように配置して、ボンドで固定した。
「かはくちゃんボクが湖好きにしていいって言ったじゃないか。」
ぷんすか怒りだしたわらしをキッとにらみつけて
「後は本当に好きにしていい。」
「絶対だよ!」
もう私は丘部分の制作に集中することにした。丘と湖は別世界。丘と湖は別世界。と呪文のようにとらえながら。
「かはくちゃんできたよ。ボクの全力を尽くしたよ。」
ドヤ顔のわらしを無視して湖を見ると2頭の首長竜の周りを黄色いアヒルがぐるっと取り囲んで一緒に湖を散歩している牧歌的な湖になっていた。
「……悪くはない。」
「点数が辛いかはくちゃんの”悪くない”頂きました~。」
貶してもいなければ褒めてもいないのに凄い喜びようだ。喉が渇いたと冷蔵庫へコーラを取りにわらしが行った間に最後の仕上げをした。
洗面所で手を洗って戻ってくると律儀にコーラを飲まずに待っててくれたわらしが、コップを手渡してくれた。
「はい。かはくちゃんどうぞ。」
「ありがとう。」
ゴクゴクとコーラを飲み干して二人で作ったテラリウムを眺めていたら、
「かはくちゃん、牧場で何か動いているよ。虫?」
「それは『マイコニド』キノコの亜人だよ。どうせなら動いた方が眺めがいあるでしょ。」
「そこは『マンドラゴ』でしょう。」
わらしが素っ頓狂な声をあげた。