猫の死
飼っていた猫が死んだ。悲しいのか、自分でもよく分からない。たぶん悲しくないのだと思う。霊園でペット葬をしようと思うが、差し当たってお金が無い。こんな事ならばキチンと働いておけば良かったと思った。
その猫はとても苦しいときに拾った猫で、だから愛着があった。僕が涙にくれて眠れもせず身じろぎすると、顔や手を舐めてくれた。
だけれど、そんな猫が死んで悲しくないのだから不思議だと思う。
猫には一応、名前を付けていた。それはどこにでもある名前で、きっとあと何年かしたら忘れてしまうような名前だった。
僕は色々な事を考えたが、考えることをやめて部屋の表に出た。
部屋の外は夜だった。いま僕の感情は、その夜と似ていた。似た外見をしていた。
だから女の子に電話を掛けてみた。ずっと前に死んだ子で、出るはずのない番号だった。
それは、なぜか繋がった。
「今から会えないか」
と、僕が言うと、
「大丈夫だけど、気をつけてね、境界を越えなくてはならないし、そこを越えると、」
あとは砂嵐のような物に掻き消された。
…記憶をたよりに彼女の部屋へ。
…そこは真っ暗で、たどりつくのに骨を折った。
呼び鈴を押すと、手招きをする彼女。
「よく、来たわね」
含み笑い。それは苔むし、みどりいろに湿った笑いだった。
「おいで、」
彼女は僕の名を呼んだ。
僕は、
「にゃあ」
と、猫の声帯で答えた。