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第八話「迅」

 翌朝、ステファンは早めに起きて外にでた。エミーラはまだ眠っていたので声をかけなかった。


(体力をつけないと)

 

 ステファンが走りだそうとすると、

「マッテ」

 

 とあわてて迅が家をでてきた。迅は赤い装束を着ていた。


「オレモ イクヨ」


 迅が走る仕草をしたので、一緒に走ろうとしていることがわかった。あわてていた様子をみると、流からステファンたちの面倒をみるようにいわれていたのだろう。


 二人は里の道を走りだした。迅が走りやすい道を先導してくれた。


 朝の空気が気持ちよく、山々の精気が体のなかに入ってくるようだった。

 ステファンは走りながら、里を見わたした。

 朝早く起きたつもりだが、畑仕事や洗濯をはじめている人もいる。

 相変わらず奇異の目で見られていたが、昨日よりもその目に困惑した印象を受けるのは気のせいだろうか。


(自分たちの力で、認めてもらうしかない)


 そんなことを考えながらステファンは迅のあとを追いかけた。


 里をぐるっとまわり、迅は山道に入っていった。ステファンはかなり息を切らしていたが、迅はまったく平気な様子だ。走るペースも速く感じていたが、迅の顔色をみると、かなりスピードを抑えてくれたのだろう。


 山道をぐんぐんのぼっていく。

 どこにいくんだろう、と思いながらついていくと、ザァー、という音が聞こえてきた。二人がたどりついたのは、竜神の滝のちょうど上の崖だった。崖から見おろしたステファンはその高さに身震いをした。


 迅が「ミテ」といって川の上流を指さした。


 迅が指さした方向には高い山があった。


「あそこが竜山か」


 その山はステファンが予想していたよりもはるかに遠く、はるかに高かった。そして、この試練が、かなり大変な挑戦であることを自覚せざるを得なかった。

 雄大にそびえる竜山はまるでステファンを見定めているようだった。

 ステファンはぐっと力を入れて竜山を見かえした。


 迅と里へ戻ってくると、少年が二人待ち構えていた。大きいほうの少年は迅と同じ赤装束を着ているので、同じ見習い忍者だろう。もう一人は白い装束を着ている。顔が似ているので兄弟だろう、二人とも腕をくんでステファンを見くだしていた。

 

 二人が声をそろえてなにかをいった。


「ジン オマエ、ドウイウツモリダ。コンナヨソモノノ テダスケヲスルノカ」


 迅が言いかえす。


「オレガ ダレヲオウエンシヨウガ カッテダロウ!」


 ステファンには二人の会話はわからなかったが、自分のことでもめているのは明らかだった。


「サトヲ ケガスナ」


 そう言って、二人は去っていった。

 ステファンが迅の顔をみると、


「ライタロウ、フウタロウ」と彼らの名前を告げ、気にするな、というように手をふった。

 ステファンはうなずいた。

 しかし、薄々気づいていたとはいえ、彼らの露骨な態度はショックだった。


 ステファンの様子に気づいた迅は、少し考え、「コッチダ」といって、家とはちがう方向に歩きだした。

 ステファンは、どこにいくのかわからず、迅のあとについていった。

 すれちがう里の者は、やはりステファンに奇異と戸惑いの目をむけている。さっきの出来事のあとなので、余計に気になってしまう。

 しばらくすると迅は、とある家の前で立ちどまった。


「ユーキーチ!」


 迅が家に向かってさけんだ。

 しかし、返事がない。

 迅が大きく息を吸いこんだ。


「ユーーキーーチーーー!」


 迅の声が大きくひびいた。

 すると家の中から、丸々太った少年がでてきた。

 ユキチと言われた少年は、眠そうに目をこすっていたが、ステファンを見たとたん飛びあがった。


「ウォォォッ」


 ユキチは、ステファンにものすごい勢いで近寄ってきた。そして、ステファンの金色の髪と青い目をまじまじとながめた。そのあと、手を取ったり、肩を触ったり、しまいには抱きかかえて、子供をあやすように持ちあげられた。ステファンはユキチの意外な力の強さにおどろいた。とまどいながら迅をみると、赤忍者の少年ははただ微笑んでいる。


 ユキチは、ステファンを抱えながらにっこり笑っていった。


「ようこそ、ようこそ、よく来た、よく来た、歓迎する!」


 それは、とてもぎこちないバルアチアの言葉だった。

 それでも「歓迎する」という言葉が温かく、ステファンの目に思わず涙がうかんだ。きっとステファンにその言葉を伝えたくて、松五郎か長老に言葉を教わったのだろう。

 ユキチは、勘違いして急いでステファンをおろした。


「ゴメン、ゴメン、ソンナツモリハナカッタンダ」


 あわててなにかをいったが、ステファンは、ちがうちがうと手をふって、


「アリガトウ」といった。


 そして、横で微笑んでいる迅に、心からお礼をいった。


 迅の家に帰ると、エミーラは迅の母の手伝いをしていた。

 この家は母と流れと迅の三人暮らしのようだ。母親のアキもステファンとエミーラを歓迎してくれていた。


 しかし、エミーラはまだ元気がなく、話しかけても口数すくなく答えるだけだった。

 それでもお世話になっているばかりではいられないと、エミーラは率先して家の手伝いをしていた。その姿にアキも感心しているようだった。

 ステファンも迅が昼間に忍者の修行をしている間、薪割りや畑仕事の手伝いをした。

 力仕事は、アキにとっても助かるようだ。 

 

 それを聞いたとき、ふと迅や流の父はいなのだろうかとおもった。

 それどころか、この里には松五郎のような大人の男性をあまりみない。

 いまは言葉も通じないのでまだ聞くことができないが、どんな事情でも男手が足りないならステファンの活躍の場はある。それに力仕事はちょうどいいトレーニングにもなる。いまのステファンにとっては一石二鳥だった。

 

 この日から朝は迅とトレーニング、昼間は力仕事、夜は迅とこの国の言葉の練習、という日がつづいた。エミーラは、最低限の手伝いはやるが、言葉の勉強には参加せず、その間はずっと部屋に閉じこもっていた。

 

 ある日、朝のトレーニングにもう一人加わった。湯吉だった。

「迅」が速いを意味し、「流」は水が移動することを意味することと聞いて、忍者らしいと思ったが、「湯」が温泉を意味すると聞いて笑ってしまった。温泉のように人々をホッとさせる彼の性格をそのまま表していたからだ。

 

 いつものように山道をかけあがっていく。ステファンもだいぶん体力がついてきたが、それを湯吉はやすやすと抜いていく。丸々と太った体からは想像もつかなかった。


(ん……?)


 走りながら、ステファンはふと気づいた。

 ステファンの走り方と、見習い忍者二人の走り方がなにかがちがうからだ。ステファンは右手を前にだしたら左を前にだすように走るが、彼らは、右手と右足、左手と左足を同時にだしている。

 ステファンも真似をしてみたが、しっくりとはこなかった。二人の走りは、ステファンの走りのように、リズミカルなものではなく、まるで山を駆けぬける獣のような無駄のない走り方だった。


(もう少し研究してみる必要がありそうだ)


 ステファンは時間があけば、忍者たちの修行場にいった。

 離れたところから、忍者の道具の使い方や動き方をつぶさに見ながら研究した。

 

 その姿に、雷太郎と風太郎が文句を言いに来たことがある。


「ミルナ アッチヘイケ」


 するとすぐさま迅が止めにはいり、湯吉がおどけて場を和ましてくれた。

 二人とも気にせずに何度もでも来て勉強するようにいってくれた。

 見学していると、忍者の中にもそれぞれ個性があることがわかってきた。

 迅は動きが素早く、器用なので、手裏剣を投げたり、壁を登ったりするのが得意だ。

 雷太郎は、火薬を使うのを得意としている。意外だったのは湯吉だ。力があるのでパワーファイターだが、身のこなしも素早く、手裏剣も器用に使いこなす。


 ステファンは、家に帰ると、落ちている材料で忍者の道具を作ってみた。さすがに迅たちも忍者でないステファンに技や道具の作り方を教えるのは禁じられているようだった。

 父の影響で、物を作ったり考えたりすることが好きなステファンだったが、なにかを作っているとどうしても父のことを思い出してしまう。


(パパは、どうしているだろう)


 しかし、そんなことを傷心のエミーラに話すわけにもいかない。


(いまは竜山に集中しよう)




「月鈴の儀」を翌日に控えた朝、トレーニングから里に帰ってくると、広場で子どもたちが間近に迫った祭りのために『竜の舞』の練習をしていた。


 リュウノカミサマ オツキサマヲ ムカエニアガル


 それに血が騒いだ迅と湯吉は子どもたちの輪にはいり一緒に踊りだした。


 リュウノカミサマ ヒカリニミチテ ヤミヲテラス

 リュウノカミサマ ワレラノサトヲ ミマモリタマエ


 儀の翌日が満月になり、その夜に竜神祭がおこなわれる。


(明日、この里にいられるかどうかが決まる。決して負けられない)


 子どもたちも迅も湯吉も楽しそうに踊っている。それをみた里のものも踊りの輪の中に入ってきた。祭りは里の数少ない楽しみにもなっていた。


 ふと見ると、木の陰からエミーラが踊りをながめていた。

この一週間、最低限の家の手伝い以外は、ほとんど部屋に閉じこもっていた。ステファンがその日の報告をしても、あまり元気のない答えが返ってくるばかり。唯一、踊りの練習の声が聞こえてくると、窓からそれをながめるのであった。


 ステファンはエミーラに声をかけた。


「エミーラ、みんなと一緒に、踊ってみないか?」


 エミーラは首をふった。


「まだ、そんな気持ちになれない。それに……」


 エミーラはステファンから目をそらしてこたえた。


「私もお兄ちゃんも、この里の人間じゃないのよ」


 そんな兄弟のやりとりを、そっと眺める二人の若い女性がいた。


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