第七十二話「沈んだボートの記憶」
稽古から帰り、ステファンは阿修羅城の窓から町をながめていた。
「こんなとこにいたのか」
振りかえると今度は迅がいた。
「ステファン、なんか疲れてるんじゃない?」
ギクッとして思わず、「昼間歩きすぎたんだ」と噓をついてしまった。
じっと睨む迅に素直にあやまった。
「ごめん、猿飛さんに稽古をつけてもらってたんだ」
「やっぱり、そんなことだろうと思っていたよ。それで、猿飛さん、元気になっていた? 医務室ではなんだか廃人みたいになっていたんだ」
「今日は、本気で相手してくれたよ。さすが黒忍者だ。風の力があってもかなわないよ」
「それはよかった」と迅は胸をなでおろした。
「そうそう、ステファン。町で面白い噂があるのしっている?」
ステファンはちょっとかんがえた。
「うーん、いきなり将軍と長男、それに三老のうち二人が病気になったんだ。松さんの陰謀説が取り沙汰されるだろうし、あとそうだな、バルアチアの船が早くに出向したとすると、貿易交渉が決裂したという噂になるだろうし」
「……ステファン、それって『面白い噂』だとおもう?」
ステファンは自分の真面目臭さに思わず笑ってしまった。
「ごめん、全然面白くないや! それでどんな噂なんだい?」
迅が勿体つけるように笑っていった。
「『怪盗夜ガラス』って噂がながれているんだ」
「怪盗夜ガラス?」
「ある日の夜明け前、多くの人間が空を見ておどろいた。なんと桜城のほうから人間が鳥のように空を飛んでいたんだ。だれかがそれをみて『怪盗夜ガラスだ!』と叫んだんだ。そうするとあっという間に噂が広まって、いまは町中『夜ガラスの正体探し』でもちきりなんだ」
「……それって、もしかして僕のこと?」
迅は片目をつむってこたえた。
「町の人には内緒だよ。正体がわからない方が町の人はうれしいんだ」
「おぉ、こんなところにいたのか」
次に来たのはマックスだった。
「お前、顔に傷があるぞ、どうせ隠れて修行でもしてたんだろう」
この友人たちにはかなわない。ステファンは今度も素直にうちあけた。
「まぁ、いいんじゃないか。船でバルアチアにいくにも最低十五日はかかる」
「やっぱりそんなにかかるのか」
「うちのじいさんが船の改造をしているから、もっと早く着くかもしれないけどな。どちらにせよ、一日や二日では着かないから船の中で休んで、いまはできることをやればいいんじゃないか」
「ありがとう。それでなにかあったの?」
マックスはめずらしく深刻な顔をした。
「いや、ちょっとステファンに相談しようと思って」
「あっ、僕、外れようか」
迅が気をつかったが、
「いいよ、俺はいつもオープンだから、迅に聞かれて困るようなことはない」
「それで、相談って何だい? バルアチア行きのことかい?」
マックスはおどろいた。
「何でわかったんだ? そうだ、エミーラのことは気になるが、こっちに残っておいたほうがいいかと思ってな」
ステファンはうなずいた。
「実は、僕もそれを頼もうと思っていたんだ。もしこの国に残るならマックスに調べてもらいたいことがある」
「俺たちが乗っていたボートのことだろう?」
ステファンもマックスの明察におどろいた。
「はっはっは、僕ら同じことを考えていたんだね。ああ、マジェスタを倒すには、パパの発明品がカギになる気がするんだ。だからバルアチアでパパに直接聞くのと並行に、僕たちが乗ってきたボートを調べたい」
「わかった。でも俺が流れ着いたところはわかるが、俺のほうが早く海になげだされたから、ボートが沈んだ場所は離れているかもしれないな。それにもう一年も前のことだ、場所がわかってもまだボートがあるかどうか……」
うーん、と考えこむ二人に、迅が声をかけた。
「でも、行ってみないとわからないんじゃない?」
マックスが顔をあげてわらった。
「はっはっは、迅の言うとおりだ。『やってみなければわからない』、科学者の基本を忘れるところだった。ステファン、ボートが沈んだ大体の場所はわかるか?」
ステファンは、思いだしてみる、と言って目をとじた。
あの嵐の日のことはとても辛い記憶だったので、普段は思いださないようにしていたが、ステファンはゆっくりと鍵をかけた記憶をたどっていった。
すると嵐と大波の記憶が鮮烈によみがえってきた。
険しい表情のステファンに、マックスは心配した。
「大丈夫か、ステファン。無理しなくてもいいんだぜ」
「……大丈夫、ちょっと待っててね」
恐怖をこらえながら記憶をたどっていくと、ある一つの風景がうかんできた。ステファンは目をひらいた。
「そういえば、ボートから投げ出されたとき『巨人の手のような岩』がみえたんだ」
それを聞いて迅は、あっ、とひらめいた顔をした。
「それって、海玉村のほうじゃないかな。海辺町から半日くらい歩いたところに海の神様が手をかかげている岩があるって聞いたことがある」
「それだ!」
ステファンとマックスは同時に声をあげた。
「よし、俺はそこに行って調べてくる! よしやるぞ!」
マックスは威勢の良いかけ声をあげ、三人は手をたたきあった。
ステファンは、良き友人たちに出会えたことを心から感謝した。
あっという間に一週間がたった。
ベンは宣言通り、中型船から蒸気船への改造を難なくやりとげた。
それにあわせて忍者たちは出発の会議のために阿修羅城にあつまった。
長老がまず口火をきった。
「この度はいろいろと迷惑をかけてすまなかった。皆の励ましのおかげでこの通り、立ち直ることができた。本当に感謝している」
長老は皆に深々と頭を下げた。そしてつづけた。
「ベンさんのおかげでバルアチアの出立の準備がととのった。最終的な目的はエミーラ奪還と打倒マジェスタだが、マジェスタを倒さなければエミーラを奪還できない。しかし、不老の力を得たマジェスタに対抗するのは難しい」
長老は皆を見わたした。悔しいが今の自分たちでは不死身のマジェスタを倒せない。そのことを皆が自覚していた。
「だから、今回はマジェスタの不老の秘密を調べることが重要な任務になる。ゆえに今回はバルアチア語を話せる人間を優先的に抜擢する。まずはステファン、そして湯吉」
「イエース!」
湯吉はベンとじゃれあいの中でバルアチア語をかなり習得していた。
「そして、迅」
「はい!」
ステファンは知らなかったが、迅もステファンといつかバルアチアに行くために言葉の猛特訓をしていて、日常会話は話せるようになっていた。
「もう一人くらいはと思っているが、松ちゃんはもちろん難しい。流や椿も少し話せるが、将軍不在のなかどんなことが起こるかわからない。緊急事態に備えて猿飛と一緒にここで待機してもらっておく。マックスはボートの探索。そうなると、話せるのは……」
長老はまわりを見わたしていった。
「私だけじゃ」
ええっ、と皆はおどろいた。
「長老、はじめから行くつもりだったでしょう」
猿飛は腕をくんでいじわるそうにいった。
「ああ。今回は行かせてほしい」
長老と紫電の関係を皆知っていたので、反対する者はいなかった。
「私たちは何をしたらいいですか?」
雷太郎と風太郎、それに茜が手をあげた。
「お前たちは、悪いが里に戻って、秋ちゃんたちの家で、紫電様、いやマジェスタの資料を探ってほしい。もしかしたら何か手掛かりがみつかるかもしれない」
「はい!」
こうして、それぞれがマジェスタ打倒に向けて動きだした。




