第七十一話「稽古」
天守閣の後始末を終えたころには日がのぼっていた。
一行は後のことを藤虎と豊姫に任せて、阿修羅城へ帰ってきた。
「松さん、ここは本当に都の城なの?」
椿は城に入るやいなや、その飾り気のなさに落胆した。
「ああ、一応な」
「通称『倉庫城』だ」
「こら、マックス、それはいいすぎだ」
松五郎は口をとがらせた。
「私が水の彫刻でもつくってあげましょうか? 都の城っていうのは乙女の夢の塊よ」
「椿さん、なんか長老に似てきましたね」
「何よマックス、当り前じゃない。血がつながっているんだから」
「おいおい、二人ともその辺にしておけよ」
といって流が部屋の中を指さした。
そこにはステファン、長老、猿飛が先に運ばれて寝かされていた。将軍たちは藤虎の警護のもと、桜城で治療されている。
椿が、そうね、と小声でこたえた。
やがてステファンがゆっくりおきた。
「ステファン、大丈夫か? もっと寝ておいたほうがいい」
と松五郎が声をかけたが、
「大丈夫です。逆に目がさえてしまって……」
と力なくわらった。
「でもおしかったな、もうちょっと早ければあいつらの船に乗れていたんだろ?」
マックスが聞くと、ステファンは首をふった。
「マジェスタは完全に回復していた。もし船に乗れたとしても捕まっていただけさ」
瀕死の重傷にみえたマジェスタが復活していたことは一堂に衝撃をあたえていた。
「黒の龍鈴の力か」
流がいった。
「はい、天守閣で大やけどを負ってマジェスタが倒れたとき、腕が光ったんです。あれは龍鈴の光でしょう。だから回復して外に飛びだすことができた」
「そうなると、なかなか手ごわいな」
松五郎が腕をくんだ。
「ええ」
ステファンもマジェスタを倒す方法が思い浮かばなかった。
天守閣での戦いはあきらかにマジェスタの油断があった。次は決して気を抜くことはないだろう。
「それで、どうする、ステファン」
マックスがきいた。
「とりあえずはバルアチアに行きたいとおもっています。エミーラを助けるのはもちろんですが、父や母も気になります。それに」
「それに、なんだ」
「マジェスタが狙っている父の発明品がなんだったのか調べる必要があると思っています。もしかしたらあいつを倒す手掛かりがつかめるかもしれない」
「あいつは、お前の父さんの発明品があれば、あの不老の薬は完成していたみたいなことをいってたな」
マックスの問いにステファンはうなずいた。
ステファンの脳裏に父の面影がうかんだ。
(パパ、何を発明したんだい?)
しかし、その面影は何も答えてくれなかった。
「俺も船で漂流したときひととおり道具は見たけど、用途不明でどれが発明品なのかもわからなかったなぁ」
そういってマックスは腕組みしながら考えていた。
「それによ、バルアチアまでどうやって行くんだ? この国の船じゃとても海を渡れないぜ」
その質問に松五郎がこたえた。
「それについては、俺も考えていたことで、一つ手を打ってある。もうそろそろその助っ人が着くころだが……」
そのとき、隅で眠っていたムサシが、ワンワンとほえた。それはとても甘えた声だった。
「やっほー!」
そこに現れたのは、ベンとポポン、それに湯吉や茜、風太郎だった。
「あっ、じじいじゃねぇか。漫画みたいなタイミングの登場だな」
「師匠のことをじじいってよぶな、バカタレ」
怒ったのはポポンだった。
「ベンさん、それに皆さん、よく来てくださいました」
松五郎が頭をさげた。
「ああ。長老を追っかけてきていたらおぬしの使いがきてな。馬車に乗せてもらったので楽だったわい」
ベンが松五郎をじっとみた。
「それにしても、まさか松ちゃんが将軍家の人だったとわなぁ、まあ、わしもそう思っていたよ、はっはっは」
「嘘つけ、じじい」
「じじいって言うんじゃねぇだ!」
バンッ
ベンのボケとマックスのツッコミ、ポポンのハタキ、が見事に調和した。
「さすが! ビューティフルコンビネーション! よっカラクリトリオ!」
湯吉が拍手をしながら声をかけた。ポポンは恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にして部屋から逃げていった。
ベンはふと城内を見わたし、そのあと天井を見あげた。
松五郎は苦い顔をしてまた「倉庫城」と言われるのを覚悟した。
「これはすごい城だな」
「えっ!?」
全員が同じ顔をした。
「ここを建てたのはおぬしか?」
松五郎がたじろぎながら首をふった。
「いえ、計画したのは兄だときいています」
「お前の兄さんは、変人だろう?」
「えっ、まあ」
「やはりな。変人じゃないとこんな建物つくらんわい」
「この倉庫城のどこがすごいんだ?」
質問するマックスに、まだまだ青いのぉ、とほほ笑み、
「マックス、またあとで探検にいくぞい」と目をキラキラさせながらいった。
ベンはふたたび松五郎に目をむけた。
「それで松ちゃん、わしに頼みとは?」
「ええ。バルアチアに行きたいのですが、我が国の船では渡航できないので、ベンさんにお願いしたく」
「あぁ、そんなことか」
「そんなこと?」
国家規模の計画を頼むつもりで頭をさげた松五郎だったが、ベンの軽い返答に拍子をぬかれた。
「簡単じゃ。既存の中型船を一台と、腕のいい船大工を二十人、それに後で紙に書く部品を集めてくれ。そろったら七日で仕上げてやる」
「えっ、一週間で?」
「ああ。簡単じゃっていったろ? わしにとってはそんな船をつくるより、宮之屋の花織ちゃんを口説き落とすほうが難しいわい」
ベンの例えにマックスはあきれていった。
「そりゃ、生きている間には無理ってもんだぜ」
ベンはすぐに船の改造に取りかかった。
ステファンたちは完成するまで休養をとるように松五郎からいわれていた。
しかし、じっとしていられないステファンはある日、阿修羅城を抜けだし、山のふもとの空き地で風の使い方の修行をしていた。叱られそうなので、いつも「町の散策」と言って出てきていた。
いつものように印をきり、かまいたちをつくる修行からはじめていると、うしろから「おい」と声をかけられた。
振りむくとそこにいたのは猿飛だった。
猿飛は風の龍鈴を取られたときのダメージが大きく、しばらく桜城の医務室で療養していた。
「あっ、猿飛さん」
ステファンはなんとなくバツがわるかった。もちろん自分が悪いわけではないのだが、猿飛が念願し、やっと手に入れた龍鈴をいまは自分が持っている。
それを悟ったように猿飛は力なくわらった。
「そんなそっけなくするなよ。お前を恨んじゃいねぇよ。それだけ言いたかったんだ。じゃあな」
少し寂しげに猿飛は踵をかえした。
「猿飛さん!」
思わずステファンは声をかけた。猿飛はふりむいた。
「稽古、つけてもらえませんか?」
猿飛は鼻でわらった。
「おまえ、同情で言っているならおこるぞ」
さっきは同情の気持ちもあったがステファンは気持ちをきりかえた。
「あいつを、マジェスタを倒したいんです。お願いします」
ステファンは深々と頭をさげた。
猿飛の目に生気がもどった。
「わかった! 思いっきり相手してやる。まずはかまいたちでかかってこい!」
「はい!」
そして二人は日が暮れるまで稽古をつづけた。




