表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/83

第七話「月鈴の儀」

 椿に三人を玄関まで案内した。


「びっくりしただろう、あの長老には?」松五郎は二人に問いかけた。二人の不安を振りはらうように話題をふったようだったが、ステファンは素直にうなずいた。

「でも、あの若作りの忍術があると知ったら、たくさんの人が押し寄せてくるんじゃなですか?」


 松五郎はステファンの言葉を椿に翻訳すると、椿は大笑いした。松五郎によると、まさにステファンが言ったとおりのことが起こり、追い返すのに苦労をしていたそうだ。しかし、長老が「老人では絶対できない試練」をあたえてはじめると、ピタリと訪問客がなくなったようだ。


「あの人もそれを楽しんでいたみたい」


 くったくなく笑う椿に、長老の人柄が見てとれた。


 カラクリ屋敷を出たあと、三人は家路についた。


 その途中で、初老の男性とすれちがった。

 非常に厳格な雰囲気をもっていて、この人が里の長と言われても納得しただろう。

 松五郎とも知り合いのようで、松五郎は丁重な挨拶をした。

 それは、長老に対するものよりも丁寧なようにかんじた。

 その男性は、鋭い目つきでステファンとエミーラを見やり、表情を変えずにまた歩きだした。

 男性から離れたあとで松五郎が説明してくれた。


「あの人は、秋然しゅうぜんさんといって、この里の有力者の一人だ。今は引退されたが忍者としても昔活躍されていて、いまでは里の重役を務めてられる。ただ、里を重んじるがゆえに保守的なところがあるから、俺は長老のほうが気があう。しかしあの人がお前たちを認めてくれれば、かなりやりやすくなるんだが……」


 家についたあと、松五郎はすぐに支度をした。


「じゃあ、俺は会合に行ってくる。できるだけの努力はするつもりだ。夕方には戻るから待っていてくれ。なにかあればアキさんにきいてくれ。でもアキさんはバルアチアの言葉がわからないから、頑張ってつたえるんだぞ」

 松五郎を見おくり、ステファンとエミーラは部屋にもどった。


「疲れてないか、エミーラ? 会合がどうなるか心配だけど、いきなり色々あったからちょっと休もうか。僕らの体もまだ万全じゃないし」


「うん」


 エミーラの声は元気がなかった。

 二人は布団で横になった。ベッドじゃなくて床の硬さが気になるが贅沢はいってられない。会合の結果次第ではこのあたたかな布団でさえも寝れなくなるかもしれないのだ。


 ステファンは天井を見ながら、忍者のことをかんがえた。

 そういえば松五郎がいうには、ここはあの一流の紫忍者「流」が住んでいる家だ。

 流の人間離れした動きが脳裏によみがえった。自分にもあの強さがあれば、父や母を守れたかもしれない。マックスだって……。

 ステファンは自分の非力さが悔しくて涙がでてきた。


 そのときだった。


 トントントン


 だれかがドアをたたいた。


「はい」と答えると、入ってきたのはステファンたち同じくらい年齢の少年だった。

 少年は熱い飲み物と白くて丸い食べ物を持ってきてくれた。この国のお菓子のようだ。


「タ・ベ・テ」といいながら、食べ物を口に運ぶ仕草をした。


 二人は少年が心づかいに気づき、ステファンが「ありがとう」といったが、エミーラが「お兄ちゃん」と小声でいったので気づいた。

 そうだ、この国のお礼の言い方をしっている。


「ア・リ・ガ・ト・ウ」


 ステファンは少年に頭をさげた。少年はほほえんだ。


「ジ・ン」


 少年は自分のことを指しながらいった。きっと少年の名前だ。


 ステファンとエミーラは少年がしたように、


「ステファン」

「エ・ミ・ー・ラ」


 とそれぞれ名前をつたえた。


「ステファン、エミーラ……」


 少年はつぶやくように復唱し、もう一度お菓子を食べるように促して部屋をでていった。

 二人は目の前に置かれた白い丸い食べ物を口にした。

 ライスを握ったようなもちもちとした食感。そしてかむと口の中で優しい甘さがひろがった。


「おいしいね」

「うん」


 熱いお茶を飲み終えると、さっきまでの不安が少し溶けたような気がした。

 お茶だけでなく、あのジンという少年の配慮が気持ちを温かくしてくれたのだ。

 二人は安心した気持ちで眠りについた。


 ステファンが目を覚ますと、外には夕日が出ていた。


 この国にも夕日があるんだな、と思いながら窓から空を見あげていると、家の外で松五郎の声がしていた。

 エミーラを起こし、二人は松五郎を出むかえた。


「よく眠れたか?」


 二人は会合の結果が気になり、うわの空でうなずいた。

 松五郎がつづけた。


「会合の結果、条件付きだが二人はここで住めることになった」


 それを聞いて、ステファンは喜んだが、エミーラは困惑した顔できいた。


「条件って、どんな条件ですか」


 松五郎が一息ついてこたえた。


「ああ、まず会合は思ったより慎重な意見が多数だった。忍者という特殊で隠密を必要とする里で、素性が証明できない者を簡単に受け入れていいかと。俺からすれば素性より人間そのものを見るべきだし、そういう意見も里の人間からでたんだ。とくにクマから救った子の父親が『恩に報いたい』と発言したことは大きかったとおもう」


 ステファンもエミーラも一心に聞いていた。


「すると慎重論者、特にあの秋然さんから『じゃあ人間そのものを見せてもらいましょう』と竜神祭の『月鈴の儀』に参加してもらうという提案がでた」


「月鈴の儀?」


「ああ、竜神の滝のずっと上流に『竜山』という山がある。その頂上にだけ生えている月鈴草を竜神祭で供えるんだ。それを取りにいく儀式のことだ」


「危険なの?」エミーラは心配そうにきいた。


「忍者にとってはいい修行だ。しかし高くて急な斜面の多い山だ。一般人、ましてや異国から嵐で流されて大変な思いをした少年や少女に課すのは酷だ。俺たちもそう反対した。そこから議論は平行線になったが、長老が『じゃあ少年だけでもどうだ』という声で両者が落ちついた」


 松五郎がステファンをみた。


「やれるか?」

「お兄ちゃん、もう無茶はしないで!」


 すぐにエミーラは反対した。

 ステファンは少し考えて松五郎にきいた。


「いつですか?」

「お兄ちゃん!」


 ステファンはエミーラをみた。


「エミーラ、長老が『私の一存で住めば肩身の狭い思いをする』って言われたのは、自分たちの力で納得させよ、ということだ。それに、僕一人でも可能だからそういう提案をされたんだ。なによりその山を登ることより、追い出されて路頭に迷うほうがよっぽど危険じゃないか」


 エミーラは言い返せずうつむいた。


「それに、僕は……もっと強くなりたい、そうおもうんだ」


 松五郎がうなずいた。


「わかった。苦労をかけて悪いがよろしくたのむ。竜山はたしかに大変だが、正規の道をいけば崖を登ることもない。体力と気力が試されるという意味では、じつは絶妙な提案なんだ。出発は一週間後だ。それまでに体力を回復しておくんだぞ」


 そこへ、部屋に一人の青年がはいってきた。その姿をみてステファンは、あっ、とおもった。


「こいつが流だ。長老と一緒にお前たちがこの里に住めるように後押ししてくれた」


 ステファンはまじまじとその青年をみた。その誠実そうな風貌からは、あの人間離れした動きの持ち主のようには見えなかった。


 流は二人になにかを話し、松五郎に通訳するよううながした。


「こいつは、今日のあんたが女の子を助けたことへのお礼と勇敢な行動に敬意を表している。この里のいるために試験をするようなことになって申し訳ないと思っているが、ぜひ乗り越えてほしい。それにこの家にもいてもらっても構わない、と言っている」


「ありがとうございます。お世話になります」


 ステファンは頭をさげた。


「竜山へは、流の弟の迅も同行するそうだ。なにかあったら弟に言ってくれ、ってさ。ちょうど同じ年頃だな」


「はい、さっきはお菓子をもってあいさつに来てくれました。友達になれそうです」


 松五郎からその話をきくと流も嬉しそうだった。


「さあっ、俺もそろそろ仕事にいかないといけない。流も一緒なんだ。一週間後には戻れると思うが、それまで元気でやってくれよな」


 そういって、松五郎と流は部屋から出ていった。


 ふたたび静かになった部屋で、エミーラは不機嫌そうにまた布団にくるまった。


 ステファンはかける言葉が見つからず、同じように布団にもぐった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ