第六十七話「ステファンの決断」
「やっとその気になったか、さあいこう」
マジェスタが手を前に出し、ステファンのほうへ歩み寄った。
次の瞬間、ステファンはさっと長老の前にうごいた。
「おいおい、何をするんだ? わかっているんだろう?」
マジェスタは言うことをきかない子どもをさとすようにいった。
ステファンは、長老の前にある風の龍鈴をもちあげた。
マジェスタは眉をひそめた。
「わかっているのかい? ウォール・ジュニア?」
マックスが走ってステファンをとめにきた。
「おい、ステファン、やめろ!」
しかし、ステファンは風の龍鈴をゆっくり腕にはめた。
「我はこの風の龍鈴の力を欲す者。我に試練をあたえよ」
腕にはめた鈴が白く光りだした。
「ステファン!」
皆が必死にステファンの名をよぶ。
しかし、その声がだんだん遠くなっていく。
やがてステファンは意識をうしなった。
ステファンは気がつくと、そこは巨大な森があった。
見上げてもてっぺんがみえない巨木が見渡すかぎりつづいていた。
木漏れ日が地面を優しく照らし、鳥の鳴き声が心地よくきこえてくる。とても美しい光景だった。
目の前には小さな池があった。その池は少し輝いている。
ステファンがあたりを見まわしていると、巨木の後ろから帽子をかぶった男があるいてきた。
松五郎より若いくらいの年齢の男性だった。青年と言ってもよい。
森暮らしのきこりという風貌だ。
「最近はお客がおおいな」
よく見ると彼がかぶっている帽子は木の枝でできている。
男はステファンをみておどろいた。
「まだ少年じゃないか。しかもこの国の者ではないとは……」
ステファンはまだ自分が夢をみているようにおもえた。
「ここは、どこですか?」
「ここは『龍鈴の錬』の場。お前が望んできたんだろう」
そういわれてここが現実の世界だとわかった。
「しかし、僕は桜城の天守閣にいて……」
「お前の体はまだその場所にある」
「えっ、でも」
「私の力でお前の精神だけここにつれてきたのだ」
ステファンは男の腕をみると、緑色の龍鈴をはめていた。
「あなたは、勒角さんですか?」
男は眉を少し動かし、ステファンをみた。
「ああ、そうだ」
勒角はゆっくり歩いてきた。
「私のことを知っているということは、龍鈴の錬のことも知っているということだな」
ステファンはうなずいた。
すると勒角の目がつりあがった。
「ではなぜ受けにきたんだ!」
怒声が巨木の森にひびいた。
「お前のような子どもがこの試練を受けてどうなるかわかっているだろう。これは遊びではない。失敗すれば廃人になるんだ!」
ステファンはまたうなずいた。
「わかっています」
「わかっていない。まったくわかっていない。お前といい、前のサルみたいなやつといい、その前のガラの悪い若造といい、いったいどうなっているんだ! 第一お前は『天龍神酒』すら飲んできていない。紅蓮も、黒彗もなにをしてるんだ!」
勒角は吐きすてた。
「僕には力が必要なんです」
勒角がステファンをにらんだ。
「ああそうだろうよ。みんなそういうさ。みんな今より大きな力がほしいんだ。そんなことはわかっている!」
「勒角さん、僕には力が必要なんです。妹や仲間や家族を守るために、力が必要なんです」
「うるさいうるさいうるさいうるさい!」
勒角はステファンにせまってきた。
「みんなそういうんだよ! 力が欲しいがために廃人になるのか? 廃人になったら家族や仲間はどうすんだ! 言っていることとやってることが矛盾してんだよ」
「僕は乗りこえます」
勒角は胸ぐらをつかんでステファンをにらんだ。
「……時間の無駄だ。さっさと廃人になれ」
そういって手を放し、こっちへこい、といって輝く池のほうにむかった。
ステファンは勒角のあとについていき、光る池の前にきた。
「この下に流れているのが龍脈だ。ものすごい力がお前の体に流れてくる。お前が耐えれたら力をえる。耐えきれなければ廃人になる。わかりやすいだろ」
ステファンはうなずいた。池の水はものすごく澄んでいて、池の下に光るものがうずまいているのがみえた。これが龍脈のエネルギーのようだ。
「じゃあ、さっさとこの池にはいれ。それで立ち向かおうとしているものを思いうかべろ。ちなみに耐えれても耐えられなくても、ここにきた記憶は消させてもらう。万一場所を知られるとこまるのでな」
勒角は後ろをむいて池をはなれた。勝手にしろってことだろう。
ステファンは靴を脱いで、じっとうずまくエネルギーをみた。
そうして、大きく息を吸って、池の中に一歩ずつ入っていった。
水の冷たさが心地よくかんじた。
ゆっくり前にすすむと、少しずつ深くなってきた。
水が胸のあたりにまできたところで、ステファンは自分が立ち向かおうとする相手のことを思いうかべた。
すると池の底のエネルギーがステファンの足を取り巻きはじめた。
次の瞬間、池の底から光がものすごい勢いであがってきた。
バシャァァァァッ
光の勢いで水しぶきが高くあがった。
そして光がある人物の姿へとかわっていった。
茶色の髪に、鋭い目、傷のある頬。
ステファンは血が沸騰するような怒りをおぼえた。
「マジェスタァァァッッ!」
ステファンの叫びが森中にこだました。その声に鳥たちが驚き飛びはねた。
ステファンは忍者刀をかまえた。
「ぜったいにお前には負けない!」
その声に後ろをむいていた勒角が振りかえった。
「お、おまえ」
勒角は光でできた人物を見て目を見ひらいた。
「おまえ、この人に立ち向かおうとしているのか……」
ステファンは光のマジェスタに忍者刀で切りかかった。
マジェスタはそれを簡単によける。
「このぉぉぉぉ!」
ステファンが忍者刀でマジェスタを追いかけると、マジェスタはすでに掌をステファンに向けていた。
ボォォォ
光の光線がステファンをつらぬいた。
感じたことのない激痛が体中をはしる!
「ぐわぁぁぁぁ」
ニヤリと笑うマジェスタに、ステファンはふたたび切りかかった。
しかし、マジェスタにはあたらない。
マジェスタが反撃するたびにステファンに信じられない激痛がはしる。
「ぐわぁあぁぁ」
ステファンは息を切らしてぐったりした。しかし、目は死んでいなかった。
「うわぁぁぁぁ!」
渾身の力で飛びあがり、マジェスタにむかって忍者刀を振りおろした。
しかし、ステファンの刀はマジェスタにはかすりもしなかった。
その後も、何度も何度も切りかかるが逆にマジェスタの反撃を受けて、激痛を伴うばかりだった。
マジェスタは高く舞い、ステファンを見おろしながらまたいつもの余裕な笑みをうかべた。
そしてなにかを口ばしった。光なので声は出なかったが、口の動きははっきりしていた。
「お、わ、り、だ」
マジェスタの手からステファンに向けて最大級の光の光線がむかった。
ドフュュューーーーン
水しぶきが高く舞いあがった。
その光線はステファンを貫いたかのようにみえた。
しかし光のマジェスタは顔をゆがめた。
池の上には木の枝の帽子がうかんでいた。
勒角が帽子をなげて光線の直撃をふせいでいたのだ。
マジェスタは不思議そうに勒角をみながらやがて姿をけした。
ステファンは意識を失い、池にたおれた。
勒角は池に入り、帽子を拾いあげてかぶりなおした。
そして池に浮かぶステファンをみて、ぼそりとつぶやいた。
「お前に龍鈴を持つ資格はない」
しばらくの間、勒角はステファンを見ながら立ちつづけていた。
やがて、なにかを決めたようにステファンのほうへ歩み寄り、若い忍者をかかえあげた。
「しかし、資質はどうであれ、もしかしたら終わらせるかもしれない。この長い戦いを」




