第六十五話「幻斎の正体」
幻斎は長老を見下ろしながら、静かに笑っている。
ステファンたちもこの若い幻斎の姿をみたことがあった。
それは、秋然の家でみた「四人衆」の絵の中だった。
「おまえは、蒼矢か……」
長老はゆっくり旧友の名をよんだ。
幻斎は、四人衆として忍びの里を支えた蒼矢であった。
「ああ、そうだよ。何年ぶりだろうか? 変わってないな、お前は。はっはっは、今日から俺も変わらないがな!」
「しかし、お前はあのとき、崖から落ちて死んだのではなかったのか」
長老は淡々と問いかけた。
蒼矢の目が修羅のごとく吊り上がった。
「死んでなかったのさ、地獄はみたがなぁ!」
蒼矢の気迫はすごかった。
「たしかに勒角の野郎に崖から突き落とされた。俺はほぼ死んでいた。しかし、這いつくばって這いつくばって、地獄から抜け出した。助けたのはお前だよ。お前たちへの恨みが俺を生かしたんだよ!」
蒼矢は拳をあわせてボキボキとならした。
「ははっ、この薬は怪我まで治してくれるようだ」
そしてまた長老をにらんだ。
「俺は大けがを負い、二度と忍者のような動きはできなくなった。血を吐くような訓練で、なんとか人並みに動けるようになった。しかし、忍者と戦えるような動きはとてもできない。そこでだぁ」
蒼矢は口の端をあげて鋭い笑いをうかべた。
「お前たちへの恨みを晴らすには、ここを使うしかないとわかったんだよ」
蒼矢は自分の頭を指さした。
「そして、もう一つ必要なものがあった。それは権力だ! 権力と頭脳があれば、何でもできるんだ! 俺は権力を得るために何度も策を弄し、何度も政敵を殺し、今の地位にたどりついた」
蒼矢の目が怨念にみちていた。
「頭脳と権力を得た俺は無敵になった。たとえ忍者のように動けなくても、簡単にお前たちを襲うことができる。あの十年前のようにな」
忍者たちの中で戦慄がはしった。長老も目を見開いている。
「お、おまえが黒彗をけしかけて村を襲わせたのか?」
蒼矢は、はっはっは、と高笑いした。
「そうだよ、黒彗に話を持ちかけたらあいつはすぐにのってきた。なにせ国の仕事だ。大義名分を持って目障りなお前たちを襲うことができる」
忍者たちの目が血走ってきている。
「紅蓮、お前を殺すことはできなかったが、壊滅寸前まで陥れることができた。でも、考えてみればお前が死ねば、楽しみが減るからな」
長老の後ろで、流が立ちあがった。
「おっ、いいねぇ。いまの炎の龍鈴の持ち主だな。宗一様、ちょっと肩慣らししてもいいでしょうか?」
振りむいた蒼矢だったが、若返った三人は自分のことで夢中だった。
「ふん、習慣で聞いてしまったが、バカは勝手に鏡でも見てろ」
蒼矢は宗一たちを見下すように吐きすて、流に向かいあった。
「腕がなるぜ。じゃあいくぞ!」
蒼矢の姿が一瞬きえた。
「はやい!」
流の目の前に現れたかと思うと、蒼矢の蹴りを流がおそう。
「うっ!」
腕でガードしたがそのまま飛ばされた。
「おお。そうだ。これだ、この力だ! 俺が取り戻したかったのは!」
蒼矢は自分の当時の力を思いだすように体をうごかした。
起きあがった流にまたすさまじい拳を繰りだした。
バンッバンッバンッバンッ
流は反撃する間も与えられず必死に守っていた。
「はっはっはっは、この体はすばらしい」
「流っ!」
椿がクナイをなげた。
しかし、蒼矢は流に拳を繰りだしながらクナイを軽々とよけた。
そこへ猿飛が加勢した。
「この死にぞこないのじじいが!」
しかし、蒼矢は猿飛の攻撃をもかわし、猿飛の顔面に一撃をあたえた。
「くっ!」
それを見た少年忍者たちが立ちあがろうとすると、長老がとめた。
「あんたたちがいくと返って足手まといだ」
「しかし、長老!」
雷太郎が食いさがった。
「わかっておる。しかし、いまの蒼矢の強さは別格だ。当時のやつよりもな」
「どういうことですか」
「あの薬が、やつ以上の力を与えている」
蒼矢は余裕の表情で、龍鈴の使い手三人を相手にしていた。
流が印をきろうとすると、
「ふん、遅いわ」
といって印ごと蹴り飛ばした。
「くっ」
蒼矢は続けて猿飛を蹴り飛ばし、椿の首をつかんで持ちあげた。
「ぐっ……」
椿があえいだ。
「ふん、紅蓮の孫だな。なかなかの美人じゃないか。この俺がもらってやってもいいぞ」
「だ、だれが、あんたなんかに」
そこで長老が立ちあがった。しかし、長老は椿が捕らわれているのに助ける様子がなかった。むしろ、憐れみのような表情を浮かべている。
「蒼矢、本当に不老の薬などあるとおもうか?」
「バカのことを言うな。まさにいまの俺が不老だ」
「不老というのは、ずっと年をとらないということだ。一時的に若返ることではない」
「……何を言っている?」
長老の言葉に蒼矢がためらいをおぼえたとき、後ろから叫び声がきこえた。
「ぐわぁあぁぁぁぁぁ!」
振りむくと、さきほど若返った家来だった。
「だいじょうぶか!」
松五郎がかけよると、またシューッと体から湯気がでていた。
「ぐあわぁぁぁぁ」
家来が絶叫した。それは薬を飲んだ時よりはるかに苦しそうな悲鳴だった。
「お、おまえ?」
松五郎が家来の顔をみて目をうたがった。
まるで体の水分が抜かれるかのように、顔も体もほそくなっていく。
「長老!」
松五郎が長老をみると、長老はさびしげに首をふった。
家来はついに骨と皮だけになり、目がぎょろりとでていた。
「な、なんてことだ……」
それをみていた、宗義と宗一、日吉はあおざめた。
「う、うそだろう?」
すると宗一の横にいた日吉から湯気が立ちはじめた。
「う、う、うわぁぁぁ」
日吉の若い悲鳴が座敷に響きわたる。
「いやだ、いやだ、いやだぁぁ」
宗一は逃げだした。
宗義も湯気がたつ自分の手をみて蒼白になっている。
「お、お兄様」
豊姫が怯えた目で松五郎をみた。松五郎はぐっと妹を抱しめた。
椿をつかんでいた蒼矢にも異常が出はじめた。
「なんだ、なんだ、なんだぁあああ!」
湯気に包まれた蒼矢を、流たちはただ茫然とみつめるしかなかった。
「ぎゃぁぁぁああ」
「ぐわぁあぁぁ」
「やめてくれぇぇぇ」
きらびやかな天守閣は悲鳴と絶叫の地獄絵図になった。
しばらくだれも声をだせなかった。
やがて松五郎が立ちあがった。
黄金に満ちた枝垂桜の紋の前に、皮と骨だけの将軍がたおれていた。
「親父……」
横には日吉、少し離れたところには蒼矢がたおれていた。
宗一は下の階で倒れているのであろう。
だれもがあまりの衝撃で立ちすくんでいるとき、まるでそよ風のようにどこからか声がした。
「やっぱり失敗だったか」
その声の主はゆっくり階段をあがってきた。
流たちがおどろいている。まったく気配を感じなかったようだ。
その男の手には骨と皮になった宗一の体をひきずっている。
ステファンは、その声の主を見た途端、体中に電撃のような戦慄がはしった。
声の主はニヤリと笑ってステファンを見おろした。
「久しぶりだな、ミスター・ウォール・ジュニア」
頬に傷のあり、燃えるように強く鋭い目をもつ男。
ステファンは、その男の名をよんだ。
「……マジェスタ!」




