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第六十四話「世にも素晴らしい液体」

 宗一は液体を見て、おぉぉ、と一人で歓声をあげた。そして家臣にいった。


「お前は本当に運が良い。この液体こそが『不老の薬』だ。バルアチアの高官が秘蔵の研究物をわけてくれたのだ。お前はこんな貴重な薬を我らより先に飲めるのだ、どうだ、ありがたいだろう」


 年老いた家来は、有り難き幸せ、と頭をさげたが、明らかに狼狽していた。


 宗一が薬を入れた湯呑を手わたした。家来はおそるおそるその中身をのぞいた。


 うぶっ、家来がおもわず顔をしかめた。


「はっはっは、良薬口に苦しだ、さあ飲め!」


 宗一はまるで実験動物を見るように家来をみた。


 家来は断われるわけもなく、目をつむって一気に湯呑を飲みほした。


 ぐぉふっ、家来は吐き出しそうになるのを必死でおさえていた。


 全員が家来に注目した。しかし、見たところ何も変化はなかった。


 宗一がキッと幻斎をにらんだ。


「どういうことだ。何も変わらぬではないか」


「宗一様、バルアチアの高官は“飲んで少ししてから”と言っておられました、もう少し待ち……」


 幻斎が話しているとき、家来に異変がおこった。


「う、う、う、う、うわぁっぁ」


 家来は顔を手で覆い、その場でうずくまった。


「だいじょうぶか!?」


 松五郎がかけよって、家来の背中をさすろうとした。


「あつっ!」


 家来の体はものすごい熱さだった。見ると体から湯気がでている。


「おお、これだ、これだ!」


 宗一は手をあげてよろこんだ。


 しばらくすると、湯気がなくなり、うめき声もなくなった。見ると顔を隠す家来の手から皺がなくなっている。


「お、おい、顔をあげてみろ」


 家来はゆっくり顔をあげた。


「おぉ、すばらしい!」


 その場にいる全員が目を見はった。


 家来の顔には、年老いた皺もシミもなく、完全に青年の顔だった。


 自分の顔をさすり、金の柱で自分の顔を確かめた家来は、おおぉぉ、とさけび、


「有り難き幸せでございます!」


 将軍と宗一に頭をさげた。


 宗一は、すでに家来に興味はなく、不老の薬をじっと見つめていた。


「さて、順番に飲みましょうぞ。これで羅生院家は永遠に安泰じゃ」


「やめておいたほうがいい」


 浮かれる宗一に長老が水をさした。


「何を言っておる、お前も見ただろう。それにお前自身が証明しておるだろう」


 長老の無礼な言い方も、不老を前にした宗一は寛容だった。


 宗一は金の杯を六つ用意した。


「宗一様、拙者は不要でございます」


 そういったのは藤虎だった。


「そうか、あいかわらずその頑固さで損をする男じゃ」


「豊姫もやめておけ」


 松五郎が豊姫の腕を引っぱった。


「おいおい、宗松、豊姫も二十代の若さを過ぎようとしている。永遠の美しさを与えてやるのが兄の勤めであろう」


 そういった宗一だったがどちらでもよさそうだった。豊姫は「永遠の美しさ」といわれ迷っているようだ。


「お前はやめておけ。いまでも十分美しい」


「まあいい。お前は羅生院家の者だ。いつでもこの兄に頼めば、薬を与えてやろう」


 そういうと宗一は四つの杯に緑の液体をついでいった。


「父上、どうぞお飲みください」


 まずは宗義に渡し、つづいて幻斎、日吉に杯をわたしていった。


 宗一は立ち上がり、杯を掲げてさけんだ。


「さぁ、今夜は我らがこの国に大きな歴史を残す日として後世まで記されるだろう。羅生院家の栄光に、乾杯!」


「乾杯!」


 四人は杯を飲みほした。


「愚かな……」


 長老が小さくつぶやいた。


 しばらくすると、さきほどの家来と同じ反応があらわれた。


「おおぉぉぉ、きたぞ、きたぞ」


 四人の体から湯気がではじめた。


 周りの者はただそれを黙って見ていた。


 やがて湯気がひどくなり体中が白くつつまれた。


「もう少しで私は不老になる」


 宗一の浮かれた声が若返っていた。


 すぅーっと夜風が四人の蒸気をさらっていった。


 するとそこには四人の若い男がすわっていた。


「おお、これぞ若かりしころの私だ」


 宗一は自分の顔を何度もこすった。


「父上も、すばらしい」


「ああ、宗一、よくやった。はっはっは」


 そこには息子の宗松よりずっと若い父の宗義の姿があった。

 日吉の姿も金の柱に顔を近づけ、自分の顔を何度も触っている。


「夢のようじゃ! はっはっはっは」


 松五郎たちはただこの不気味な出来事を茫然と見ていた。

 

 喜ぶ三人の横で、うつむきながら肩を揺らして笑う者がいた。


「ふっふっふっふ」


 幻斎はゆっくり立ちあがった。


 長老はその姿をみておどろいた。


「お、おまえは……!?」


「ふっふっふ、久しぶりだな、紅蓮」

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