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第六十一話「不気味な老人」

 だだっ広い部屋の天井をマックスは見あげた。天井は吹き抜けになっている。

「ん……?」


「どうしたんだ、マックス」と、ステファンは尋ねながら自分も横になった。


「いや……この城、どこかへんだ」


「へんって?」


 マックスが説明しようとしたとき、阿修羅城の警備の者がやってきた。この城は場内で仕えるものは数少ないが、なぜか警備の者はおおい。


「宗松様、お客様が来られました」


「こんな工事中の城にだれがきたんだ?」


「幻斎様です」


 その名を聞いて、全員がおきあがった。


「なんで幻斎が……?」


「いいではないか、宗松様」


 警備の後ろから一人の老人がのそのそとはいってきた。


「ワンワンワン!」


 すぐにムサシが起きあがり、吠えはじめた。老人は不敵にわらった。


「賢い番犬だ。あとで褒美に上等な鶏の骨をもたせよう」


 この老人こそ実質のこの国の運営者、三老の幻斎だった。


 長いひげを伸ばし、腰を曲げよろよろしているようだが、足取りはしっかりしている。まるで健全さを隠すかのような振舞いだった。妙な笑顔を浮かべ不気味でつかみどころのない雰囲気をかもしだしていた。


「久しぶりですな」


「ああ。別に会いたくなかったがな」


「ふぉっ、ふぉっ、相変わらずお厳しい。宗一様が出された条件くらいお厳しいですな」


 幻斎の皮肉な笑いに松五郎は幻斎をにらんだ。幻斎はそんなことにはお構いなしにつづけた。


「おっ、あなたがバルアチア人の忍者ですか」


 ステファンは返事をしなかった。


「本当にきれいな青い目じゃな。それにしても災難じゃったな。妹さんは誘拐されるは、鶴山城はカラクリ兵器が暴走するわ、都への検問をひっかかかるわ、それに裁判で危うく死罪になりかけるわ」


「なんでお前がしっているんだ」


 松五郎は思わずさけんだ。


「宗松様、情報は命ですよ。ねぇ、忍者の皆さん。おや、変わった腕の飾りですね。鈴ですか? あなたには少し不似合いですが」


 幻斎は猿飛の風の龍鈴をみて不敵にわらった。猿飛は顔をしかめて龍鈴を袖でかくした。


「どうも私は昔から忍者にあこがれがありましてね。その気持ちがねじ曲がって、ついついイジワルをしたくなるのですよ」


「なんのことだ」


「たとえば……」


 幻斎はとぼけて思いだすようなそぶりした。


「バルアチア人の検問をしたり、鶴山城のバカ城主にカラクリ鬼のつくりかたを教えたり、東山に青い目の忍者がいるとおしえたり、日吉に東山の家でバルアチア人の騒動があると教えたり、疲れた顔の侍に都の門で待っていればバルアチア人が通ると耳打ちしたり……。あっ、そうそう前に忍びの里の忍者とクマはどっちが強いかなぁ、って闇の一派に言うと、本当にクマで襲わせたみたいですなぁ。はっはっは」


「ぜんぶお前が裏で糸をひいていたのか?」松五郎がにらんだ。


「いやいや、人聞きの悪い。私はちょっと背中を押しただけですよ」


「エミーラをさらうように言ったのもあなたですか?」


 その声はステファンだった。幻斎は、いえいえ、とおおげさに手をふった。


「妹さんの舞の素晴らしさは私の耳にも入っておりました。ちょうど豊姫様が鶴山城へ行かれるので、斬鉄に頼んでみたらどうかといっただけです。さらうなんてとんでもない。ただの老人の戯れだとおもって大目に見てくださいよ」


 そういっておどける幻斎は、忍者たちの怒りの視線を一身にあびせた。


「おぉこわいこわい。老人虐待はダメですよ。私がここでなにかあると『異国人女性の虐待』につながるかもしれませんからね。ふぉっふぉっふぉ」


 そういう幻斎の目はわらっていなかった。


「それでは失礼します」


 踵をかえした幻斎は、また立ちどまった。


「そうそう、大事なことを忘れていました。将軍様と宗一様が、今晩、お連れ様もつれて天守閣に来るように言っておられました」


「親父と兄貴が?」


「ええ。きっとあなたの『お別れ会』をされるのでしょう。特別な催しと特別なお客を呼んであります。ぜひ皆さんでお越しになってください」


 そういって幻斎は部屋を去っていった。



「けっ、胸クソわるいじじいだ」


 猿飛が吐きすてた。


「さいきんの妙な事件はあいつのせいだったのか。しかし、あいつはなぜ忍びの里を目の敵にするんだ?」


 松五郎の問いに、答えられる者はいなかった。


「それにしても、特別な催しと特別なお客って、何のことでしょう?」

雷太郎が首をひねったが、松五郎が手をふった。


「やめだ、やめだ、あいつらの考えていることなど、わかりたくもない。さあ、嫌なことは忘れて飯にしよう」


「おっ、飯か!」


 マックスの目がかがやいた! マックスの無邪気さが幻斎の残した後味の悪さを払しょくしてくれた。


「ああ、何が食いたい? 将軍家の懐で何でも食わしてやる」


 皆は顔を見あわせ、同時に口をひらいた。


『チキン南蛮!』


 松五郎は破顔した。


「そんなんでいいのか。お前ら将軍家をなめているだろう?」


「それじゃあ、あの料理よりうまいものが城の中にあるのか?」


 マックスの問いに松五郎は腕を組んで考えはじめた。


「おいおい、真剣にかんがえるなよ」


「ああ、思いつかん! やっぱりあのチキン南蛮は城の贅沢料理よりうまい」


「じゃあ、きまりだ!」


 ステファンたちは一斉に立ちあがった。 


 松五郎は仲間たちを見て幸せな気分になっていた。


 この仲間たちとワイワイ食べるからこそ、食事のうまさが何倍にもなる。それはギスギスした城内で食べるどんな贅沢料理もかなわないだろう。


 そんな松五郎を察した岩木は、


「よかったですな、宗松様」と目を細めてつぶやいた。



 おかみさんの店でチキン南蛮をたらふく食べた一行は、阿修羅城への通りを馬車でゆっくりすすんでいた。


 迅がステファンに声をかけた。


「やっとエミーラにあえるね」


「ああ、本当にみんなのおかげだよ」


 ステファンは心からそうおもっていた。


「エミーラが帰ってきたら、その後どうするんだい?」


「えっ」


 突然の質問にステファンはおどろいた。先のことなど何も考えていなかったからだ。


 たしかにバルアチアとの交流が増えれば、母国に帰るチャンスもふえる。


「まだなにも考えてないや」


 ステファンは正直にいった。


 迅は真顔になってステファンをみた。


「もし、バルアチアに行くことになったら、僕も連れて行ってくれないか?」


 また予想していない質問におどろいた。しかし、ステファンは快くうなずいた。


「ああ、もちろんだよ。歓迎する」


 すると迅はまんべんの笑みでよろこんだ。


「ありがとう」


 そうやって通りを歩いていると、阿修羅城がみえてきた。

やっぱり変わった建物だ、と思ったとき、マックスが言っていたことを思いだした。


「そうだマックス、さっき部屋の天井をみてなにか言ってなかったか?」


 ステファンに聞かれるとマックスは、そうだ、と手をたたいた。


「俺も結構建物とか興味あるんだが、あの城は人が住むようにはできていない」


「えっ、どういうこと?」


「俺もちゃんと調べていないからわからないが、例えば風通しとか、断熱とか、地震対策とか、そういったことがほとんど考えられていない。むしろそんなのは邪魔だ、といわんばかりの設計だ」


「じゃあ、何のために建てられたんだろう?」


「そうだな、まあ考えられるのは『倉庫』くらいだろうな」


 二人は夕暮れがかった阿修羅城をもう一度見あげた。


 その姿はまるで「魂の入っていない箱」のように、ステファンはかんじた。



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