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第六話「カラクリ屋敷の主」

「松さん、それにしてもあの装束の人たちは何だったんですか?」


「紹介する手間がはぶけたな。彼らがこの里である特殊な技術を身につけた者たちだ」

「特殊な技術?」


「そうだ。彼らは『忍者』とよばれている」


「ニンジャ?」


 ステファンとエミーラの声がそろった。


「ああ、この国では戦争のときに諜報活動など特殊な任務を遂行する者たちだ。お前たちの国でいう『スパイ』に近いかもしれない。人知れずターゲットに近づき情報をえる。時には暗殺することもある。そのために変装をし、塀を乗りこえ、川をわたり、火をあつかう。それが忍者だ」


「暗殺ですか」


 少し怖さを覚えたステファンに松五郎が首をふった。

「大丈夫だ。この国では大きな戦争がなくなり、忍者も数えるほどになった。それにこの里の長老は、忍者をもっと平和のために使おうとしている。そこに俺も共感しているんだ」

「平和のために……」


 平和という言葉がステファンの心にしみた。父の言葉がよみがえった。


「パパの発明をどうか平和のためにつかってほしい」


 どんな技術も使う人間によって平和のために使われ、戦争の道具にもされる。


(もしも……)


 ステファンはおもった。

 もしも、平和のための忍者がいたら、あの船で起こったようなことは防げただろうか。


「あの、聞いていいですか?」


 ステファンが聞くと、松五郎はうなずいた。


「黒い服を着た忍者がクマに当てた物はなんだったんですか?」

「ああ、あれはハチミツだな。流の火遁の術でクマを正気に戻させた瞬間にハチミツをなめさせて山に誘導したんだろう」

「ナガレ? カトン?」

「すまんすまん。あの紫の忍者の名前だ。この里一番の忍者だ。火遁というのは火を使った忍術のことだ。流の火遁は特別なんだ」


 ステファンたちには今おきたことがすべてが特別だったので、その火遁がなぜ特別なのか気にならなかった。

 

 三人はふたたび歩きはじめた。

 滝が見えるところまで来ると、さっきの「忍者たち」がトレーニングをしていた。 

 高さが何十フィートもある崖に組まれた木の棒の上を飛びわたりながら軽々と上がっていく。よほどの訓練を積んだのであろう。


「黒い装束を着た者は上級の忍者だ。あの赤い装束を着ている者は初級の忍者、白い衣装は見習いの忍者だ」


 たしかに白や赤い装束の者は木の棒の上をたどたどしく渡っている。

 崖の横では、クマに投げた鉄の刃物を投げるトレーニングの場所があった。


「あの星形の刃物は『手裏剣』っていうんだ。あのナイフは『クナイ』だ。忍者の武器の一つだ」


 ほかにも、高い塀を登る訓練、水を渡る訓練、火を扱う訓練など、様々なトレーニング場があった。


「さぁ、長老に会いにいこう」


 滝を過ぎて少しいくと、ひときわ大きく立派な屋敷があった。


「ここは『カラクリ屋敷』といわれていて、いろんな仕掛けが施されているんだ。会合などをする場所でもあるが、忍者になるための試験場でもある」

「試験?」

「ああ、この里ではだれでも忍者になれるわけではなく、トレーニングを積んで試験に合格すると初めて忍者として認められるんだ。白い装束から赤い装束にかわるってわけだ」


 松五郎はカラクリ屋敷の大きな扉をあけた。

 古く濃い木や土や建物の香りがこの屋敷の歴史を物語っているようだった。

 奥から一人の女性がやってきた。二十代ほどの目鼻がきりっと整ったきれいな女性だった。

 松五郎が女性に挨拶をし、なにかを説明している。

 女性はうなずいて、ステファンとエミーラに頭をさげて挨拶をした。あわてて二人も頭をさげた。


「この方は、椿さん。長老のお孫さんだ。こう見えて凄腕の忍者だ」


 女の人も忍者であることにステファンもエミーラもおどろいた。

 椿は二人の反応に笑みを浮かべながら、カラクリ屋敷の中へいざなった。

 そのまま中に入ろうとする二人を松五郎がとめた。


「ああ、すまんが靴をぬいでくれ。この国は土足禁止の文化なんだ」


 すると奥から一匹の犬がでてきた。出迎えるというよりお客の顔を興味本位で見にきただけのようだ。

 その犬はなにかをくわえていた。それをみて、まぁ、とエミーラが声をあげた。


「こいつは、長老の犬で『ムサシ』っていうんだ。こいつだけが土足でもこの屋敷に入ることができる。変な犬でね、ナスが大好物なんだ」


 たしかにくわえているのはナスだった。


「おいで」とエミーラが声をかけると、ムサシはそっと寄ってきてエミーラに気持ちよさそうになでられた。それを見たステファンも、おいで、といってなでようとすると、ぷいっと向こうをむいて戻っていった。


「あれ、なにか嫌なことしちゃったかな?」


 当惑するステファンに、松五郎は笑いながらいった。


「気にするな、あいつは男にはみんな不愛想なんだ。でもそんなことをいうと……」

 すると、シュッとなにかが松五郎目がけてとんできた。それを松五郎がすばやく受けとめた。見るとそれはナスの切れ端だった。


「ほらな。あいつは忍者犬なんだ。悪口を言うとぜったいなにかが飛んでくるんだ」


 驚いたステファンとエミーラに松五郎が苦笑していった。

 エミーラがさっきムサシをなでた手を見て寂しそうにつぶやいた。


「デューク、元気にしているかなぁ」


「奥の大広間に長老がいる。会合や試験もそこでするんだ」


松五郎はそういって廊下を進み、広い部屋へ二人をつれてきた。


「失礼します、長老、連れてまいりました」


 松五郎は一礼して、部屋にはいった。ステファンたちもそれにならった。

 大広間はたしかに広く、トレーニングや会合も十分できそうだ。床には一面に草を編んだこの国特有「タタミ」というものが敷かれていた。奥には部屋を一望できる椅子と、壁には木で彫られた立派な柱、そして異国の文字で大きく「忍」と書かれたタペストリーのようなものがかかっていた。(これは「カケジク」というらしい)

 そしてその中心にこの部屋の主がすわっていた。

 ステファンもエミーラもその姿をみておどろいた。


「ド、ドラゴン!?」


 長老は、体は人間だが、顔は威厳のある竜だったからだ。


 しばらくの沈黙のあと、


「ふっふっふ、はっはっは、わっはっは!」


 竜の人が笑いだした。


「すまん、すまん、これは仮面だ」


 竜の顔から聞こえたのは、人間の声だった。

 少し安心したステファンとエミーラだったが、竜の仮面をとったその人の顔をみて、またおどろいた。

 その人はまだ二十歳くらいの女性だったのだ。「長老の孫」と紹介された椿とは姉妹のようにみえる。

 驚きのあまり固まっている二人の反応を見て長老はおかしそうにわらっている。

 

「まっちゃん、二人とも驚いているじゃないか。事前になにも情報入れなかったの?」

「事前に教えたら怒るでしょう?」

「いや、そうだが、普通さぁ『今から長老に会うけど、驚くなよ』とかなんとかいって免疫をつけさせてくるのが流れだろう」


「次回からそうしますよ。あっ、こちらがこの里の長老だ。いつも龍の顔と若作りの忍術で人を二度驚かせるのが大好きな方だ」


「長老の紅蓮ぐれんだ。驚かしてすまん。竜の仮面は趣味だ。それにこの顔は若作りの忍術じゃ。じつは今年で八七歳になるんだ」


「八七歳……?」二人は口をあけておどろいている。しかし、よく見ると、たしかに腕や足には老人らしいシワがみられた。


「ふふ“婆さん”とは言わないでおくれよ。長老と呼ばれるのは許せるが、でも婆さんといわれるのには抵抗があるんじゃ。女心は難しいだろう?」


 といって長老はウインクをした。

 二人は長老に圧倒されながら力をふりしぼって挨拶をした。


「ステファンとエミーラです。この度は命を助けていただきありがとうございます。あなた様も私たちの言葉を話せるのですね」


 長老はニヤッとわらった。


「『あなた様』とか、くすぐったいからやめてくれ。そんな柄じゃないんだ。この里では一応上下関係はあるが、あまりそれに固執すると発展がなくなってしまう。発展どころか、変わっていく時代についていけず、この里が滅んでしまうかもしれない。君たちの言葉を少し話せるのは、そういった新しい時代のためにまっちゃんから教わっていたんだ。でも、まっちゃんとしか話せなかったから、実際に使えてうれしいよ」

「ちゃんと勉強した甲斐がありましたね」

「ああ、なかなか厳しい家庭教師だったがな。何度も音をあげそうになったよ」

「八十歳後半の御方にしては、よい教え子だったとおもいますよ」

「若作りの術は頭の働きも良くしてくれるようだ」


 そんな和やかな談笑のあと、ステファンとエミーラはいままで起こったことや、ここまでの経緯を長老に話をした。

 長老はうんうんとうなずきながら話をきいていた。


「よくわかった。若いのに大変な経験だったな。私としてはこの里に歓迎したいとおもっている」


 ステファンとエミーラの目がかがやいた。しかし、長老は首をふった。


「いや、期待させてしまったならすまんが、この件は私の一存で決めないほうがいいとおもっている。この里で生活するわけだから、私の一存で決めたとしても、里の人間の理解がなければ肩身の狭い思いをするだけだ。なにせ知ってのとおりこの里は特殊なんだ。このあとの会合で里の皆にきいてみる。良い結果になるよう祈っていてくれ」


 不安そうな二人に長老がほほえんだ。


「なぁに、悪いようにはならないだろう。君たちは里の子をクマから救ったんだろう?」

「情報が早いですね」

「まっちゃん、情報が刃物よりも優れた武器であることを忍者は何百年も経験しているんだよ」

「そうでした。じゃあ、私は二人を流の家に連れてかえります」


「ああ、たのむ。椿、玄関まで送ってやってくれ。ステファン、エミーラ、今日はよく来てくれた」


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