第四十三話「カラクリ兵器『鬼』」
砂ぼこりをまきあげて巨大な物体があらわれた。
その形相は鬼だった。
しかし、よくみると木や鉄で精巧につくられている。
(まさか……)
ステファンが猿飛にさけんだ。
「猿飛さん、あれは、鬼の形をした巨大なカラクリです。おそらく中でだれかが操縦しています。武装しているので気をつけください!」
鬼はまるで生きているようにゆっくり立ち上がり、その巨体をあらわにすると一度停止した。鬼の肩にだれかがのぼってきた。
「あいつは、もしや、バカ殿か!?」
そこには扇を広げて大笑いする殿がいた。
「はーはっはっは、見たか下民ども! これが鶴山城の技術を集結させたカラクリだ。忍者なんてこの鬼があしらってやるさ。はっはっは」
そういって殿はまた鬼の背中のほうへ消えていった。すると鬼はまた生き返ったように動きはじめた。ご丁寧にも手には巨大な棍棒をもっている。
忍者たちは身がまえた。
「迅、流さんや椿さんの技はやはり……」
ステファンの問いに迅はうなずいた。
「ああ。流兄ちゃんも椿さんも一度大きな技を使うと、しばらくは力をつかえないんだ。それどころか体中の機能が低下して動きがにぶるんだ」
グオォォォォーン
鬼が奇妙な音を立てて、棍棒を振りあげた。
「来るぞ! 気をつけろ」
猿飛がさけんだと同時に、鬼は棍棒を振りまわした。
ビュューーン
そのスピードは想像をはるかに上回るものだった。少しでも当たれば怪我ではすまない。
ビュューーン ビュューーン ビュューーン
鬼は何度も何度も棍棒を振りまわした。
「あのバカ殿め、おもちゃみたいに遊んでやがる」
忍者たちはクナイや手裏剣で応戦したが、胴体に貼られた鉄板にはじかれ、傷つけることすらできなかった。
「どうすりゃいんだ、ステファン、なにか考えろ!」
猿飛に言われるまでもなく、ステファンは考えはじめていた。しかし、相手の情報が少なすぎて妙案はすぐにはでない。
そのときだった。
「ステファン!!!」
聞き覚えのある声が後ろからきこえた。
振り向くとそこにマックスがいた。ベンやポポンも一緒だった。
「おい、ステファン、迅、俺たちもいるぞ!」
そこにはなんと徳吉と漁師の仲間たちがかけつけてくれていた。
マックスや徳吉たちは到着早々、鬼の姿に目を丸くしている。
ステファンがマックスたちのもとへかけよった。
「あいつはなんだ?」
「鬼の姿をした凶暴なカラクリだ。動きもはやい」
「とんでもねえ殿さまだな」
そのマックスの隣で、ひょえぇ、と言いながら目を輝かせている者がいた。
マックスはあきれた顔で、自分の師匠にいった。
「おい、じじい、こんな場面で喜んでいるんじゃないだろうな?」
ベンは弟子の批判には聞こえたのか、聞こえていないのか、真面目な顔になった。、
「マックス、あの化け物の動力はなんだとおもう?」
「ゼンマイとかじゃ、なさそうだな」
カラクリ職人の師弟はカラクリの要点である動力にまず注目したことにステファンは感心した。
たしかにいくら精巧なゼンマイ仕掛けでもあそこまで動かすことは難しいだろう。
するとベンが指さした。
「おっ、あれを見ろ。鬼の頭から湯気が出ているぞ」
「まさか、蒸気?」」
「おそらくそうじゃ。だれかが蒸気のしくみを教えたのだろう。それにしてもカラクリ職人にあんな兵器をつくらせるとはよろしくないな。しかし、そうなるとあの鬼、なかなか止まらんぞ」
ステファンはその言葉をきいてマックスをみた。マックスも目でうなずいた。
「止まらないなら」
「動けなくすればいい」
「あの形だと、一度転べば起き上がるのに時間がかかるだろう」
「ステファン、ロープはあるか」
「あるよ。それを引っかけるものは……」
ステファンはあたりを見わたした。しかし、広場の周りにはめぼしいものはない。この間も鬼の激しい攻撃をつづいている。急がねばならない。
焦るステファンにマックスが声をかけた。
「物がなけりゃ、人で引っ張るしかないな」
マックスの言葉にハッと気づいたステファンはふりむいた。そこには状況を見まもる徳吉たちを姿があった。
ステファンは徳吉たちの元にかけより、手短に説明し、徳吉たちに応援をもとめた。
「わかった。合図があればこの紐を思いっきり引っ張ればいいんだな。それにしても、まさか殿様が大工やカラクリ職人を誘拐してあんな化け物をつくらせていたとは」
町の人々は、驚愕と怒りと唖然が入り交ざった顔で鬼の化け物をながめた。
ステファンは猿飛に近づき、作戦をつたえた。
「よし、わかった。俺がやつを誘導しよう」
猿飛はさっと走り出し、わざと鬼にわかるように前に立ちはだかった。
獲物を見つけた鬼は猿飛におそいかかった。猿飛は鬼の巨大な棍棒を果敢によけながら右手でクナイや手裏剣を投げつづけた。
しばらくすると鬼の動きがとまった。
そして、思いだしたかのように棍棒を前に突きだした。すると、
バババババババババーン
棍棒の先から鉛のようなものが勢いよく飛びだし、目の前の塀を破壊した。
「こいつは、やべぇもの持ってやがる。早めに仕留めねぇと」
猿飛は流れ弾で周りが被害を受けないよう、鬼のぎりぎりまで迫り、避けても地面にあたるようにした。これはかなり危険な行動だった。もし操縦者が殿ではなく熟練者だったら猿飛はやられていたかもしれない。
そしてついに鬼が作戦の目標地点を踏みつけた。そこには先端を輪にしたロープが仕掛けてあった。
「いまです!」
ステファンの叫びに、徳吉たちが、そぉれい!と呼応した。するとロープが引っ張られ鬼の足に巻きついた。徳吉たちはつづけてロープを思い切り引っぱった。しかし、巨大な鬼の足はびくともしない。殿はロープが巻きついたことすら気づいていないだろう。
その状況をみたステファンは次の手を考えていた。
(鬼を倒すには……)
ステファンは、鬼の動きや構造をつぶさに観察した。
(一か八かだ!)
「マックス、迅、湯吉、作戦がある」
三人はふりむいた。
鬼は棍棒から鉛玉を打ちつづけた。
しかし、カチカチと音はするが、鉛玉が出てこなくなった。玉切れだろう。
「いまだ!」
ステファンは鬼にむかっていった。
素早く鬼の足元までいったものの、つまずいてこけてしまった。
「あいつ!」
猿飛があわてて動こうとしたとき、
「待ってください」
迅は猿飛の横に行き、助けに行くのをとめた。
「ステファンの作戦です。ぎりぎりまで待ってください」
鬼はステファンを見おろした。きっと殿は高らかに笑っているのだろう。
そして、踏みつぶさんとばかり、足を高くあげた。
「いまだ!」
マックスがさけんだ。
「それっ!」
徳吉たちが思いっきりロープを引っぱった。
鬼は足をあげた状態で、さらに上げる方向に引っぱられたものだから、ぐらっとバランスをくずした。しかし、倒れるまでにいたらない。
「おい、みんな手伝え!」
猿飛たちも徳吉たちに加勢した。
「よし! そぉおれぃ!!」
徳吉の掛け声を合図に、全員がロープを引っぱった。
ついに鬼がよろめいた。
しかし、殿があわてて変な動かし方をしたのだろう、鬼があらぬ方向へ傾いた。
「おい、あのまま倒れるとステファンが下敷きになっちまう、危ないステファン、にげろ!」
猿飛がすぐに動こうとしたが、鬼が倒れるほうがはやい。
「危ない、ステファン! くそ、間に合わない」
猿飛はさけんだ。
ズドドドドドドドドドドドーン!
鬼は大きな音をたててステファンの上から倒れこんだ。
「ステファン!」




