第四十一話「激闘」
ステファンは、エミーラの顔をみた。
「こ、これは、カラクリ人形……?」
また上から甲高い声があがった。
「はっはっは、皆の者、これはわが城の技術が誇るカラクリ人形じゃ。こちらにも素晴らしい人形がある」
殿は隣に座っていた豊姫は顔の布をとった。それは精巧なカラクリ人形だった。
会場からはどよめきがおこった。
「殿様! 本物の天女がいないということは、天女の舞は見せてもらえないのでしょうか?」
観客から声があがった。
「はっはっは、天女の舞は高貴なもの。お前たち下民に見せるものではない。しかし皆の者には悪しき忍者をあつめるのに一役買ってもらった。そのお礼に、今宵は世にも楽しい忍者狩りをお目にかけよう。ただし、刃物が飛び交うので、怪我のないように。はっはっはっは」
そういって殿は高座から城の中へ入っていた。
それに呼応するかのように、エミーラの格好をした人形がステファンに向けて口を異様な大きさに開き、無数の針をとばしてきた。
「うわぁっ」
ステファンはなんとかかわしたが、針にまともにうけた観客から悲鳴があがった。あたりは騒然となった。
城の侍兵が広場に次々と流れこんできた。
ステファンは忍者刀をとりだした。
バシッ!
不比等はそれを軽々と蹴りとばした。
「とりあえず、死んでくれ」
不比等が無表情に短刀を取りだした。
そのとき、星丸が横から助太刀にきた。
カンッ!
刀と刀がぶつかり合う音がひびいた。
ステファンはそのすきに後ろに飛び、不比等から距離をとった。
「ありがとうございます、星丸さん」
「ステファン、ここは俺がやる。他の奴らと合流しろ!」
ステファンは屋根から降りてくる忍者たちのもとへいそいだ。
「大丈夫か、ステファン」迅が声をかけた。
「ああ、なんとか」
そのとき兵士の一人が二人に切りかかってきた。
二人は左右に避け、ステファンはクナイで相手の右腕をねらい、迅は短刀で左足の腱をきった。
「うおぉ」侍兵はうなり声をあげてたおれた。そこにステファンが首に手刀を当てて気絶させた。
しかし、また次の侍兵が襲いかかってくる。
(果たしてこの人たちを殺さずにこの場を切り抜けられるだろうか……)
ステファンは「不殺生の掟」の重みを感じながら、クナイをぐっと握りしめた。
一方、舞台の上ではエミーラのカラクリ人形の前で斬鉄と向き合っている忍者がいた。
「また、獣顔のお前か。忍者ってのはしつこいんだな」
斬鉄はそういいながらも刀を二本抜き、対峙する猿飛にかまえた。
「武士ってのは、自分のことを棚に上げるのが得意だな。この物欲だらけのねちねち男が!」
「なにぃ」斬鉄の額に青筋がういた。しかし、猿飛の負傷している左腕を見て卑屈そうにわらった。
「手負いの獣か、三枚におろしてクマのエサにでもしてやるわ」
斬鉄の二本の刀が猿飛に襲いかかる。
刀を交わして猿飛は距離を保ちながら隙をうかがっている。しかし、二刀流と片腕ではかなり分がわるい。
斬鉄の刀は上下左右からまるでカラスの群れのように飛びかかってくる。しかも、太刀筋はかなり速い。都で上級の武士だという話はまんざらではなさそうだ。
「どうした、逃げてばっかりだな。獣は逃げる姿が似合っているわい」
猿飛はそれには答えず、避けてひたすらたえた。
「これならどうだ!」
斬鉄はいたぶる快感がたまらないというような顔をして、猿飛の負傷した左腕を集中的に狙ってきた。
そして、ついに斬鉄の一撃が猿飛の左腕にあたった。
カンッ
奇妙な金属音がした。
「ん……? そうか鉄の包帯でも巻いてきたのか」
切られた衣装の袖から黒いものがみえた。鉄の小手をつけていたのだ。
「つべこべと、うるさいやろうだ」
そういうと猿飛は刀を舞台に突きさした。
「とうとう観念したか。いくらあやまっても許してやらないがな」
「ふん、でくの坊侍と忍者の違いを見せてやるぜ!」
猿飛は鉄製の爪を取りだし、右腕にはめた。でくの坊と言われた斬鉄は顔を真っ赤にしている。
「この獣が! くたばれ!」
カラスの群れのような斬撃が猿飛に襲いかかる。
猿飛はさっと右に動き、そのまま斬鉄の左のわきに拳の一撃をいれた。
しかし、強固な赤い鎧にはばまれた。
「ふん、猫のようなひ弱な爪などきかんわ!」
斬鉄は猿飛のほうへ向きを変え、刀を振りまわしてきた。
カンッ カンッ
猿飛は左手の小手と右手の爪で斬鉄の二本の刀を受けとめた。
しかし、斬鉄はそのまま力をいれてくる。猿飛を押し倒すつもりだ。
「ぐぅうう」
斬鉄は鬼の形相で刀にすべての力をかけてきた。
猿飛も全身の力を使って対抗した。しかし傷を負っている分だけ不利だと判断し、斬鉄の刀を受けながした。
そのとき、受け流した反動で猿飛はバランスを一瞬くずした。
その瞬間を斬鉄は逃さなかった。
「うりゃぁぁあああ!」
渾身の一撃が猿飛をとらえ、猿飛の首を一閃した。
「ふわっぁはっは! ……ん!?」
たしかにとらえたはずの猿飛の首がとんでいない。
それどころか姿がきえた。
「まさか、残像……」
「これが忍者の分身の術だよ、でくの坊」
斬鉄の頭上から声と一緒に強烈な一撃が落ちてきた。
バァァンッッ
猿飛の強力な拳が斬鉄の頭部に命中した。
「な、なにぃぃ……」
赤い兜はふきとび、斬鉄の赤い巨体はそのまま崩れおちた。
「殺しはしない。不殺生の掟をつくったばあさんに感謝しな」
一方、不比等と星丸の戦いも激化していた。
星丸は俊足を活かし、不比等の手を動かす間を与えず攻撃した。
印を切らせない作戦にでたのだ。
(印を切らなければ龍脈の力はつかえない。そこに勝機がある)
バシッ、バシッ、バシッ
忍者刀、クナイ、手裏剣、吹矢、火薬、鉄の爪などあらゆる忍具を巧みにつかって不比等を攻撃した。
五月雨式の連続攻撃により、不比等に印は切らせなかった。しかし攻撃を受け流す不比等のスピードもかなりのもので、大きなダメージも与えていない。
不比等は相変わらず無表情のままで、淡々と攻撃をよけつづける。
星丸はここで攻撃をやめるわけにはいかない。
星丸は里で一番「紫忍者」に近い男といわれている。自分でもその自覚はある。
龍脈の力さえ使えれば、と何度思ったかしれない。
しかしそれが叶わない中で星丸は今自分にできることに集中してきた。血を吐くような鍛錬で足を鍛え、その素早さは「神速」といわれた。忍具を使いこなし、体術も極めていった。しかし一番極めたのは「忍ぶ力」かもしれない。つまり忍耐の力だ。
忍ぶ力で星丸は連続攻撃をやめなかった。
さすがに不比等も嫌がって星丸から距離を置こうと後ろへとんだ。
すかさず星丸は忍具を投げて間を与えず、神速で追いつきふたたび攻撃をつづけた。
徐々に不比等の体にもダメージがではじめた。
攻撃を受けながら不比等が口をひらいた。
「あんたは忍者として尊敬に値する。しかし……」
不比等は一瞬の隙間を縫ってクナイをなげた。しかし、星丸目がけてではなかった。その先には、
「茜!」
クナイは侍兵と戦っている茜に一直線にむかっている。
星丸は手裏剣を思いっきり投げ、飛んでいるクナイを撃ちおとした。
星丸はあわてて振りむいた。しかし、すでに遅かった。
印を結び終わった不比等が、星丸目がけてはなった。
不比等の手が光り、次の瞬間ものすごい突風が一つあつまるように星丸に襲いかかった。
「くぅぅっ!」
無数のかまいたちが星丸の全身を何度も何度も切りさいた。非情な風は鮮血さえも巻き込んでいった。
「星丸!」
「兄さん!」
猿飛と茜が全力でかけよってきた。そこに無数に切りつけられながら仁王立ちしている星丸の姿があった。
「来るな! いま来たら巻き込まれる」
「し、しかし、星丸」
そんなやり取りには一切は関せず、不比等はふたたび印をきった。
「吹きとべ!」
「やめてぇ!」
茜の叫びのむなしく、不比等の光る手は、ふたたび星丸にはなたれた。
猛烈な風の塊が、忍びつづける黒忍者を強烈な勢いで吹き飛ばした。
「兄さん!!!」
茜が泣きさけんだ。
星丸の体は、そのまま隣の高い塔まで飛ばされ、壁に激突した。
忍者たちは茫然と星丸が飛ばされた塔を見あげるしかなかった。茜は塔へかけだした。
そのとき、ステファンは顔に一瞬、水をかんじた。広場に雨が降ったのか。
それに、あれだけの猛烈に塔に叩きつけられたのに、大きな音もなく、星丸も塔から下に落ちていない。
「なんとか間に合ったわね」
城の屋根の上に、男女二人の影があった。
女性のほうは手元で印をきっていた。
忍者たちは、二人の姿をみた。
迅がさけんだ。
「つ、椿さん、それに流兄ちゃん!!」




