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第四話「忍びの里」

 ホーホケキョ


 ステファンの意識の中に、聞いたこともなない鳥の鳴き声が入り込んできた。


(不思議で美しい鳴き声だ。そうか、ここが天国か)


 そっとステファンが目を覚ますと、やはりそこは異世界だった。

 見たこともない作りの天井。

 嗅いだことのない植物の香り。

 触れたこともないシーツの感触。

 匂ったことのないスープの匂い。


(……スープ?)


 ステファンは自分が空腹なことに気づくと、同時に体中の痛みもわかりはじめた。

 そうするうちに徐々に意識がはっきりしてきた。

 自分がいるところは、どこかの部屋のようだった。ステファンが住んでいたようなレンガ造りの家ではなく、木で作られためずらしい家だ。


(たしかボートが波に飲まれて、それで……あっ!)


 ステファンは、飛びおきた。


「エミーラ!」


 ステファンはドアを開け、隣に部屋にかけこんだ。


ドンッ


 隣の部屋には、子どもが二人いて、その母親らしい女性が料理をつくっていた。

 三人は、急にドアが開いたので驚いてステファンのほうをむいた。

 ステファンはさけんだ。


「エミーラは、エミーラはどこ!?」


 母親は警戒して、子どもたちを自分のちかくへよせた。

 そして母親は、


「○×○×○×△!」


 と、ステファンにはわからない言葉でなにかをさけんだ。

 ステファンは母親にちかづいた。


「エミーラはどこですか!?」


 子どもたち怖がって母親に抱きついている。

 母親は料理をしていた包丁をかまえた。


「○○××△△××!」


 母親がステファンに向かってなにかいっている。

 ステファンはやっと自分が誤解されていると気づいた。


「そうじゃない、僕はただ妹が無事か知りたいだけなんだ!」


 ステファンが、さらに近づこうとしたとき、ドアがひらいた。


「おぉ、まてまて、異国の者!」


 ステファンの知っている言葉がきこえた。

 そこに入ってきたのは、長身でぼさぼさ頭の髪を後ろで束ねた男だった。


「……言葉が通じますか?」


 ステファンがおそるおそるきくと、


「あぁ、少しはな。もう一歩踏みだしていたら、完全に刺されていたぞ」


 男は、母親になにかを説明した。

 母親も警戒を解いて、包丁をおいた。


「いきなり訳のわからない言葉を叫びながら近づいてきたら、どんな国でも刺されるぞ。気をつけるんだな」


 そういいながら、男はこの事態を面白がっているようだ。しかし、男のこの朗らかさがステファンの緊張をほぐしてくれた。


「すみません。ただ、妹のことが気になって」

「大丈夫だ、生きているよ」

「本当ですか!?」


 ステファンは、その言葉を聞いて心の底からほっとした。


「あぁ、大きな外傷はないそうだ。ただ……」

「ただ、どうしたのですか?」

「かなりのショックを受けている。あれだけの嵐の中にいたんだから相当恐ろしい目に遭ったんだろう。それにあんたが生きていたことには本当に喜んでいたが、友人がそこにいなかったことがさらに大きなショックだったようだ」


「マックス……」


 ステファンは、ボートの上でエミーラを助けたときのマックスの顔を思いだした。

強くて優しくてたくましくて、まさに勇者の顔だった。ステファンのまぶたが熱くなった。

 その様子を見た男は


「大事な友人だったんだな」


 と、涙を流す少年の頭を優しくなでた。

そして気を取りなおすように、元気な声でステファンにいった


「さぁ、妹に会ってやれよ」


 ステファンは、男に別の部屋に案内された。

 その部屋には、エミーラが眠っていた。


「エミーラ!」


 妹の姿におもわず大きな声がでた。するとエミーラがゆっくり目をさました。


「お兄ちゃん……」


 エミーラは涙を流しながら、ステファンに抱きついた。

 ステファンもぎゅっとエミーラを抱きしめた。


「私たちは生きのびられたの。でも、マックスが、マックスが……」


 エミーラは、声をあげて泣きだした。ステファンにはただ抱きしめるしかなかった。

 しばらくすると、席をはずしていた男が部屋の中に入ってきた。


「落ち着いたか?」

「ええ。助けてくれてありがとうございます。僕はステファン、こちらは妹のエミーラです」

「俺は松五郎だ。松さんってみんな呼んでいる。よろしくな」


 松五郎は頭をかいた。


「といっても、じつは俺はこの村の住人じゃあない。町から町へ旅をする商人さ。この里には世話になっているんで、よく遊びに来るんだ。昨日もたまたまここへ来る途中であんたらを見つけた。じつは夕方には出発しなくちゃならん」


「松さん、僕とエミーラがどうやってここまできたのか教えてもらえますか??」

「ああ。俺もあんたたちがなぜあんな危険な旅をしていたのかききたい」


 そういって、松五郎は床にすわった。

 ステファンは、豪華客船での出来事や、ボートでの出来事を話しはじめた。

 松五郎は、その話を食い入るように聞いていた。ときに驚き、時には目を潤ませていた。

 すべて聞き終わった松五郎は、


「そうか、よくここにたどり着いたな」


といって、今度は海岸に流れ着いていたことなどの話をした。ステファンたちが驚く番だった。自分たちの住んでいた世界とまったく違ったからだ。


「それで、この里に運んできてくれたんですね」

「あぁ、この『和ノ国』では、まだあんたたちような異国の者に慣れていない。下手をすると興味の的にされ、城に連れていかれるかもしれない」

「城?」

「ああ、この一帯を支配する鶴山城だ。バカな殿様で、まるで民に愛情をしめさない」


 しばらく話を聞いたステファンは一番大事なことをきいた。


「それで、僕たちはこれからどうなりますか?」


 松五郎は少し間をおいてこたえた。


「そのことは、俺はこの里の人間じゃないから決められないんだ。でも長老に話をしてある。じつは里の会合がこのあとはじまるんだ。できれば二人はその会合の前に長老に挨拶をしておいてほしい」


 ステファンは、エミーラの顔をみた。エミーラはうなずいた。


「はい、もちろんです」

「すまんな、たすかる」


 松五郎は、気分を変えるように立ちあがった。

「よし、まずは食事にしよう。そのあと長老のところにいきがてら、この里を案内してやろう」


 二人は松五郎と昼食をとった。

 炊かれたライスを三角形にかためて、黒いもので巻かれていた。

 その横に、黄色くなった大根とゆでたような葉物があり、スープは茶色く独特のにおいがした。その横にはネバネバしてそうな謎の茶色い豆があった。

 不思議そうに食事を眺める二人を、先ほどの子どもが興味深そうに見ていた。松五郎が言うには、近所から遊びに来ている子どもらしい。

 松五郎は手をあわせてお辞儀をした。


「いただきます」


 そして二本の棒で器用に使って食べはじめた。それを二人はまた不思議そうにみていた。


「さぁ、食え。腹が減っては戦はできないぞ」


 松五郎が笑顔で放った言葉に、ステファンとエミーラは凍りついた。


「い、今から戦争をするのですか?」

「はっはっは、すまんすまん、この国のことわざだ。空腹では何も成せないということだ」


 ほっとした二人は三角形のライスを手に取って口にいれた。

 素朴な味だが、もっちりとしたライスの甘さと黒いものの塩の辛さが心地よかった。


「おいしい。バルアチアでは、ライスをこのようにして食べることはありません。ライスは、なんというか、もっと乾燥しているというか……」

「そうなのか。そういえば、異国の米を少し扱ったことがあるが、たしかにこの国の米よりも細長かったから、その分水を吸収できないのかもしれないな。みそ汁やその黄色い沢庵とかと一緒に食べるとうまいぞ。それに納豆もある、食ったことあるか?」


 松五郎は、謎の茶色い豆の小皿を、ハシと呼ばれた二本の棒でグルグルかきまわりはじめた。彼が箸を持ちあげると、豆についた糸がびよーんとのびた。


「ふ、不思議な食べ物ね」


 エミーラは少し戸惑いながらステファンの顔をみた。ステファンの顔もこわばっている。

 二人はおそるおそる、茶色の豆の小皿を手に取り、匂いをかいだ。


「うわぁっ!」強烈な臭いに二人とも顔をしかめた。


 それをみて松五郎たちはわらった。後ろで子どもたちも笑っている。


「はっはっは。これは納豆といって、豆を発酵させた食べ物だ。大丈夫、この国でも嫌いな人間も多いが、俺は大好きだし、とても体にいいんだ」


 二人は小皿をみた。そこには初めてのカルチャーショックが詰まっていた。



 松五郎は、二人を外に連れだした。

 木造で茅葺屋根の家並みを二人はめずらしそうにながめた。

 里の周りは山々で囲まれていた。ステファンの町も山で囲まれていたが、この里は風景と家が見事に調和していた。

 里の通りを歩くと、住人がめずらしそうにこちらを見ている。


「ものめずらしいんだ。気にするな、っていっても無理かもしれないが」

「ううん、大丈夫です」


 実際、よそ者を奇異な目で見られるのは覚悟をしていたが、敵意のようなものは受けなかった。きっと松五郎が長老に話を通しておいてくれたからだろう。

 歩いていると子どもたちの歌い声が聞こえてきた。


リュウノカミサマ オツキサマヲ ムカエニアガル

リュウノカミサマ ヒカリニミチテ ヤミヲテラス


「まあ、お兄ちゃん見て、子どもたちが踊っているわ!」


 子どもたちが里の広場で歌いながら踊っている。


リュウノカミサマ ワレラノサトヲ ミマモリタマエ


 エミーラは子どもたちの踊りをほほ笑みながら見ていた。この国に来て初めて笑ったのではないだろうか。


「今度の祭りの踊りを練習しているんだろう。踊りが好きなのか?」


「ええ」エミーラは目を輝かせたが、すぐにその目に陰りがおちた。


「……でも、いまはとても踊れる気持ちじゃないの」


 うつむくエミーラに松五郎がほほ笑みかけた。


「そうか。でも、俺はいつかあんたの踊りを見たみたいな」

「えっ?」エミーラは顔をあげた。


「『踊りには神が宿る』といわれている。人に元気と希望を与えるんだよ。直観だが、あんたにはその力が備わっている。だからいつか見てみたい」


 松五郎の言葉には包み込むような優しさがあった。


「松さん、ありがとう」


 エミーラの目には涙がこみあげてきた。


 里の通りを奥に見わたすと、大きな滝がみえた。


「あれは『竜神の滝』といって、竜を祭る神聖な滝だ。それをたたえるのがさっき踊っていた『竜の舞』だ」


「この国では竜を祭っているのですか? バルアチアでは悪魔のような存在だったけど」

「そうなのか? この国では竜は自然を司る神だ。里の祭りは、あの滝の前でやるんだ。そういえば、次の満月の夜っていってたな。あんたたちも見にいけばいい」

「そうしてみます」


 畑では女性がなにかを収穫していた。

 ステファンは、家畜小屋を過ぎたところで、気になったことを聞いてみた。


「松さん、さっきから男の人を見ないけど、みんな仕事ですか?」


 松五郎はニコッとわらった。


「ああ、仕事のようなもんだ。あとで教えてやるよ」


 ステファンたちは、よくわからないまま松五郎のあとをついていった。

 

 空はよく晴れて気持ちがよかった。

 見上げると鷹が飛んでいて「ピィー」と鳴いていた。

 松五郎が怪訝な顔をした。


「赤丸が鳴いている。なにかあったか?」


 すると突然、「きゃあぁぁ」という声が里にひびいた。


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