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第二十七話「調査開始」

「よく孫吉が猫だってわかったね。僕はてっきり彼らの子どもかと思ったよ」


 徳吉と千代に話をいったん持ち帰ると告げ、宮之屋への帰り道すがら、迅

は少し恥ずかしそうにきいた。


「僕も最小はそう思ったよ。でも、子どもの話をしているのに、家の中に子どもの服も、茶碗も、何もなかったんだよ。かわりに玄関のところに餌をやる皿が置かれていた。犬か猫かと思ったんだけど、犬ならそんな簡単にいなくならないからね。でも違っていたらまた激昂するかもしれないので、色だけ聞いたんだ」


 迅は、なるほど、とうなずいた。


「たしかに話の途中からなんで子どもがいなくなっているのに、近所の人も奉行所も相手にしないのか不思議だったんだが、それで合点がいったよ。でも、どうやって探そうか」


「うーん、結構難題だ。作戦会議が必要だね」


 空はすっかり日が暮れている。

 迅は、残念そうにつぶやいた。


「それにしても、初任務が猫探しか。僕は初めは人さらいと思って張り切ったんだけどね。赤忍者らしい任務だね」


 ステファンは、ため息をつく友人の肩をたたいた。


「迅、あの徳吉さんからちゃんと話を聞けただけでも修行だったよ。それに話を聞いただけであんなに喜んでくれたしね」


 ステファンの励ましの言葉に、迅は、そうだね、といって顔をあげた。


「きっとあの人たちにとって孫吉は家族みたいなもんなんだよな。それを手伝うのは、きっと大切な仕事なんだよね」


 迅の優しい洞察に、ステファンはうなずいた。


 しかし、この猫探しが、後に大きな事件につながるとは、二人は知る由もなかった。



 宮之屋の主人・団之輔もステファンと同じ意見だった。

 酔いからさめた主人、帰ってきた少年二人から報告をうけると、興味深そうににやけた。


「ほう、あの変わり者夫婦の話をちゃんと聞けたのかい。門前払いをされてあきらめるかと思ったが、なかなかやるな」


 厳しめの試練を与えておいてそれを酒のあてに楽しむこの人は、長老と似た者同士なのかもしれない。


「団之輔さん、徳吉さんは僕らのことを町奉行の遣いだといっていましたが、団之輔さんとどういう関係なんですか?」


 ステファンはこのなりわいの仕組みの説明を求めた。


「ああ、町奉行とはちょっとした連携をしていてな。町奉行で扱えない案件をこちらに流してくる。言ってみりゃ、面倒な案件ばかりよ。それを俺が、人を手配して解決してやってるのさ」


 あたかも自分で解決しているかのような口調でこたえながら、宿の主人はまた酒をもう一杯いれた。


「この前、奉行所のやつが来て『猫探し頼むよ、あいつはうるさくてかなわん』と言ってきやがった。猫さらいより人さらいで忙しいんだとよ。おい、お前たちも呑めよ、仕事のあとの一杯はたまんねぇぞ」


「……こらこらご主人、子どもに酒を勧めちゃいけませんよ」


 後ろからたしなめる声がした。ステファンは振り向くと、少し白髪がまざった知的そうな男がこちらをみている。


「おお、先生、お帰りですか。ちょうどよかった、一緒に一杯いかがですか? いい酒が入ったんですよ」


 一升瓶を持って誘う主人だったが、先生と呼ばれたその男はさらりとかわした。


「悪いが今日は遠慮しておきますよ、やることがたくさんあってね。君たちも酔った大人のお世話はほどほどにしておいたほうがいいですよ」


 男はさっと二人を見やってから、ギィギィと音とたてて二階へむかった。


「ちぇっ、せっかく『(まん)寿(じゅ)(つる)』が手に入ったっていうのに、お相手がガキじゃあな」


 少し不機嫌になった主人は、万寿鶴という酒をぐいっとうまそうに吞んだ。


「あの人は、お医者さんですか?」


 迅は、先生と呼ばれたその人のことをたずねた。


「いや、あの人は都で学問を教えている『学者』様だ。このあたりの土地の研究をしているそうだが、俺にはちんぷんかんぷんさ」


 その後、なんとか主人の絡み酒から逃げ出した二人は部屋にもどった。


「『さあどうしようか』っていってもやることは限られているよな。どう思う、ステファン?」


「僕もそうおもうよ」


 ますは情報収集。そう決めると、気がゆるんだのか疲れが二人に押し寄せてきた。


 初日の作戦会議を早々に終わらせ、二人はすぐに深い眠りについた。



 翌朝、目が覚めたステファンは窓を開けてみた。


 冷たい空気とともに、潮風が吹き込んでくる。

 空には朝日が気持ちよくのぼり、隣の家の屋根に積もった雪をキラキラと光らせている。

 まだ寝ている迅が冷えないようそっと窓をしめた。


 朝の身支度をしていると迅が目を覚ましたので、一緒に一階におりた。

 二階の他の部屋は相変わらず閉まっていて、人がいるかどうかもわからない。昨日の学者もどこかの部屋にいるのだろう。


 主人は相変わらず奥の部屋で眠っていたが、食事はきちんとつくられている。つくづく不思議な宿である。


 食事をしながら迅が今日の計画を切りだした。


「今日は二手に分かれよう。俺は神社周辺の聞き込みをするから、ステファンは徳吉夫妻からもう少し詳しい事情を聴きだしてくれるか?」


 ステファンが神社周辺の聞き込みをすると、風貌で変な話題になってしまうという迅の配慮がみえた。長老はああ言ったが、あまり噂になりすぎると任務をこなしにくい。ステファンは提案を受けいれた。


 ステファンが徳吉の家を訪れると、千代が出てきた。


「あら、宮之屋さん。また来てくれたんだね。あいにく主人は仕事にでているけど、よかったら上がっていって」


「すみません、お邪魔します」


 ステファンは居間にとおされた。


「じつはもう来てくれないかもって主人と心配していたんだよ。昨日あんなことしちゃったしね」


 千代はお茶を客人に出しながら、うれしそうにいった。


「でも、今日もあの子のために来てくれた。ありがとうね」


「いいえ、私たちは何も気にしていませんよ」

 

 その返事を聞くと千代はふふっと笑い、立ちあがった。


「寒いだろう? いま火を強くするからね。この寒さに加えて家にガタがきているから、どこからか風が入ってくるんだよ」


 千代は家の奥からとってきた薪を囲炉裏(いろり)にくべた。


「ありがとうございます」


「いいんだよ。それで、今日はどんなご用事だい?」


 千代は、ステファンのほうに向きなおった。


「昨日聞けなかった神社の時の様子や、孫吉のことをもう少し詳しくお聞きしたくて。いいですか?」


「もちろん、いいとも。こっちがお願いしていることなんだ、あんたが遠慮しなくていいよ」


 千代は、おかしな子だねぇ、と笑いながら自分の茶をすすった。


「縁日の日に、孫吉に変わったことはなかったですか?」


「うーん、昨日主人が言ったように大忙しだったからね。孫吉が途中でいなくなるのがわからなかったくらいだ。でも、今考えれば、私たちは芋をふかしていたから寒さを感じなかったけど、当日は雪も積もっていて寒かったかもしれないね」


 千代は少し寂しそうにいった。自分の配慮のなさが原因ではないかと責任を感じているようだった。


「孫吉は寒さが苦手なんですか?」


「はっはっは、あんた猫飼ったことないんだね。猫はみんな寒さが苦手だよ。家の中でも、よく私や主人の布団の中に入ってくるからね」


「へぇ、そうなんですね」


 実際ステファンは猫を飼ったことがなく、ほとんど猫のことを知らなかった。


 千代はそんなステファンをまじまじとみた。


「あんた、不思議だね。青い目をして、髪も金色かい? なのに、言葉も話せるし、そこらの黒目黒髪のやつらより、よっぽど人間らしい心をもっているよ」


 千代の何気ないこの言葉にステファンは目をみひらいた。


 長老が言っていた「本質を見ず、見た目がちがうだけで異端とするようでは発展はない」という言葉が少しわかったような気がしたからだ。


 ステファンはふと囲炉裏の横に置いてある猫の柄の道具に目がいった。木の棒の先が曲がっていて、持ち手の先端に猫の絵柄がかかれている。


「それは『孫の手』っていうんだ。こうやって背中を掻く道具さ」

 

 千代は孫の手を実際使って背中を掻いてみせた。


「主人は、海の仕事をしているんだけど、仕事の帰りに船に隠れていた孫吉をみつけたんだ。柄にもなくかわいいからって連れて帰ってきてね。私は反対したんだよ、エサ代もかかるのに飼えるのかってね。でも主人は家族は多いほうだろう、って結局飼うことになったんだ。そしたらね、この孫の手が気に入ったみたいでよく遊ぶんだよ。それでね、『孫吉にしよう』って決めたの」


 千代は当時のことを懐かしむように、朗らかな笑顔をうかべた。


 ステファンは、玄関付近にある孫吉のエサ皿をみた。皿にはエサが盛られていた。


「エサを用意されているんですね」


「ああ、エサ代も大変なんだけどね。孫吉は魚を食べず、肉ばかりを食うんだよ。うちは漁師だから、魚を食べてくれりゃあ、楽なんだけど……。孫吉には悪いけど、家計が厳しい時には安いものに変えたりしているよ」


 そういったあと、千代はうつむいた。


「……でも、いつお腹を空かせて帰ってきても大丈夫なようにしてやりたいんだ。でも最近エサを残すことも多かったから、心配でね」


 愛猫をいとおしむ千代の顔を見て、ステファンは「孫吉はこの人たちにとって家族みたいなもんなんだよ」といった迅の言葉を思いだした。


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