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第二十三話「十年前の戦い」

 祝勝会が終わり、皆が解散したあと、ステファンはぼんやりと外に散歩に出かけた。


 月はまだ満月ではないが、黄金色の光で里を包んでいる。この時期の満月はこの国では「中秋の名月」と呼ばれ、非常に美しいそうだ。


 ステファンは竜神の滝の上まで来て、竜山をながめた。


 自分たち以外に「異国の者」がこの里に来ていたことは、ステファンに少なからず大きな衝撃をあたえた。

 考えてみれば、松五郎や長老がバルアチアの言葉をつかえるのだから、バルアチアの者がこの国にいても何ら不思議はない。


(……不思議ではないのに、不思議な感じだ)


 この国に着いて半年間、この里から出ることはなかった。忍者修行やこの国の文化に慣れるためにがむしゃらに走ってきたから、外に出たいともおもわなかった。でも、ステファンは会ってみたくなった。それがこの国に生きる意味や、故郷へ帰る道につながるような気がした。


「あ、お兄ちゃん、ここにいたんだ」


 声をかけられ振り返ると、エミーラと迅が追いかけてきた。

 迅が、やっぱり、という顔で笑っている。


「ステファンといえば、この滝の上だからな」


「満月に近くなると、ついこの場所から竜山を眺めたくなるんだ」


 三人は竜山をながめた。威厳高き聖なる山を月のベールが少しだけ優しく見せていた。


「ステファンにとって『始まりの場所』だからな」


「『始まりの場所』か、たしかにそうだよ、迅」


 竜山に挑戦したことが、なにかの始まりだったと今はおもう。それは、里との契約や今の自分の立ち位置とはちがう、もっと奥深い、自分の中で眠っていたものが目覚めた感じだ。


「もう! 男子同士のロマン話はつまんないんだからね」


 エミーラが舌をだした。


「それにお兄ちゃん、竜山で何度も危ない目にあったんでしょ? 崖から落ちそうになったり、変な連中に襲われたり。あの連中はもう襲ってこないの?」


 ステファンたちを襲った集団を忘れるはずはなかった。


「闇の一派、だよね、迅?」


 迅は急に神妙な顔をしてうなずいた。そしてしばらく空を見あげた。まるで月になにかを確認するようだった。

 迅は二人をみた。


「君たちには話しておいたほうがいいな、闇の一派と十年前の戦いのこと」


「十年前の戦い……?」

 

 ステファンは目を見ひらいた。闇の一派が今日話題に出た十年前の戦いとかかわるとは思わなかったのだ。


「ああ。この里には、松五郎さんくらいの大人が全然いないだろう? あれね……」


 迅がうつむいてあけた言葉の間を、二人は黙って受けいれた。


「あれね、みんな殺されたんだ。十年前の闇の一派との戦いで。俺の父さんも、湯吉の父さんも、みんな」


「えっ……!?」


 驚きのあまり絶句する二人にかまわず、迅は静かにつづけた。


「闇の一派は、この里から分かれたもう一つの忍びの集団。僕たちの長老は忍術を『平和のために』使おうとしているのに対して、闇の一派は国のため、政権のために忍術を使うんだ」


 ステファンは、自分の国で起こっていることを思いだした。科学と使い方が一緒じゃないか。憤る友人の気持ちを見通したように、迅はつづけた。


「でもね、忍者っていうのはもとはそういうものなんだ。君たちの国に『スパイ』っていうのがあるんだろ? それと同じなんだ。情報収集や暗殺を得意とする闇の集団、それが忍者なんだ」


 ステファンは理屈では納得できるが、気持ちがついてこなかった。


「でも、この里から分かれたってことは、元は一緒に暮らしていたってことなの?」


「ああ。闇の一派の長老・(そう)()は、忍びの里の長老・紅蓮と幼馴染なんだ」


「えっ!?」二人はおどろいた。


「驚くだろう? この里を開かれた紫電様には四人の弟子がいたんだ。紅蓮、蒼矢、黒彗(こくすい)(ろっ)(かく)は、四人衆と言われ、紫電様が亡くなられて以後、忍びの里を引っぱってきた」


「そんな四人がなぜ、敵対することになったんだい」



 ステファンの問いに、迅が寂しそうにこたえた。


「長老が提案した忍術を平和のために使い、人を殺めない、『不殺生の掟』が黒彗と蒼矢には理解できなかったんだ。度重なる言い争いの末、ついに決闘に発展し、黒彗は死に、蒼矢は里を追い出され、勒角も旅立った。そして蒼矢が流れ着いた先で、闇の一派という忍びの集団を組織したんだ」


「それで、忍者同士の争いに?」エミーラはおそるおそるたずねた。


「いや、さすがに私怨で争ったりしない。闇の一派を雇った勢力とそれに対抗する勢力がぶつかって、忍びの里も巻き込まれたんだ。最後は忍者同士の代理戦争のようになり、お互い深い傷を負ったんだ。忍びの里の大人の忍者はほとんど戦いで(たお)れ、闇の一派もほぼ全滅したらしい」


「……全滅」


「ああ、『不殺生の掟』は守れなかった。殺さなくては殺される、そんな状況だったんだ。僕らはまだ子どもだったから、カラクリ屋敷の奥でずっと隠れていた。あの屋敷の仕掛けがなければ僕らも殺されていたかもしれない」


 迅はそっと滝の上からカラクリ屋敷をながめた。


「でも、その全滅した闇の一派がなんでお兄ちゃんたちを襲ったの?」


「それをまだ調査中なんだ。兄ちゃんたちが任務で飛び回っているけれど、まだわからないらしい。なにしろ、この里と違って、彼らの所在はつかめないんだ」


 迅の兄の流は、闇の一派の一件以来、いつも任務で里を離れている。

ふぅ、と迅は一息ついた。


「僕の父さんは闇に一派に殺された。僕は彼らを心の底から恨んでいる。でも同時に、父さんは闇の一派の忍者をきっと多く殺しているんだ。その気持ちに折り合いをつけるのにずいぶん時間がかかった。いや、今でもまだついていないかもしれない。力がほしい。でもその力はまた大きな恨みを生むかもしれない」


 迅は、拾った石をぐっと握りしめ、そして川になげた。


「ずいぶん悩んだけど、結局力では解決できないんだ。でも力がないとやられてしまう。だから『力をどのように使うか』が大事になるとおもうんだ」


 迅はそう言うと少し晴れた顔で、照れたように頭をかいた。


「まあ、これは湯吉とずっと話し合ってやっとでた答えだけどね」


 エミーラはステファンをみた。


「……今の話、私たちにも言えるわね、お兄ちゃん」


 ステファンはうなずいた。まったく同じことを考えていたのだった。


「ああ、ただ恨みだけで強くなってもきっと結果はよくならない。迅のおかげで、僕も少し気持ちが晴れたよ。辛い思い出を話してくれてありがとう」


「いやぁ。こちらこそ聞いてくれてありがとう」


 エミーラは立ち上がり月を見あげた。


「お兄ちゃん、やっぱり私たち、パパとママのところに帰らなきゃ」


「僕もそうおもうよ」


 ステファンも月を見あげた。その月が、まるで自分の両親のようにおもえた。


「僕も手伝うよ。でも、ステファン」


 迅が真剣な目でステファンをみた。


「ステファンはもっと強くなれるし、強くならないといけない。今のままで国に帰っても返り討ちにされるだけだ」


「そうなんだ。でも、まずはこの国で生きるバルアチアの人に会ってみようとおもう。そこから始まるような気がするんだ」


 それを聞くと迅は腕を組んで考えこんだ。


「うーん、そうだな。でも、この里では赤忍者にはあまり外部の任務を与えられない。僕も外の村に行くのは年に二,三回だ」


「そうか、つまり黒忍者にならないと外の任務がない。ということは、星丸や猿飛くらいに強くならないといけないということだね」


 ステファンたちは二人の戦いぶりを思いだした。今の自分たちとはけた違いだった。


 重い空気になりかけたが、ステファンは自分の膝をパンパンとたたき「とにかく、やるしかないか」と自分に言いきかせた。


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