第二十一話「軍師の秘策」
茜は自分が焼かれたと思い、目をつむった。
しかし、体を焼かれた感じがない。
「茜、だいじょうぶ?」
どこからか声が聞こえた。
「お兄ちゃん? ……えっ、ステファン!?」
茜が目をあけるとタタミとその横にステファンがいた。ステファンがとっさに割れたタタミを使って、炎を直撃をふさいでくれていた。
茜は驚きからさめると、ありがとう、とステファンにいった。
「長老、まさか炎を吐きましたよ」
松五郎は驚きを通り越して苦笑していた。
「ああ、ムサシの秘技だが、この場で使うとは思わなかったよ。ステファンが、さっきムサシが壊したタタミで防いでくれたら、星丸の出番がなくてよかったが」
長老は縁側の下で控えていた星丸をみた。
「よくないですよ! 長老」
立ちあがったのは、秋然だった。
「この屋敷で火を吐くとはどういうことですか!?」
「まあ、秋ちゃん。ムサシのそこを計算して、屋敷の端まで追い詰めたんだよ」
秋然は、暑さも手伝って、顔を真っ赤にしていた。
「見てられませんぞ」
「まあ、そう言いなさんな。そろそろこの錬の大詰めになりそうだぞ」
そこで風太郎が起きあがってやってきた。
「びっくりした、目が覚めたら、ムサシが火を吐いていて、まだ夢かと思ったよ」
「夢じゃなくて残念だったわね」
「そうでもない、楽しそうだ」
「そうね。でも、もう打つ手がなくなったわよ」
「どうするんでしょうね?」
松五郎が長老の顔をみた。長老は相変らず楽しそうだ。
「いくら二人がかりでもムサシのほうが技術も体力も上回る。このままいったらムサシが逃げきるね」
「三人がかりなら?」
「はっはっは、松ちゃんはやっぱり鋭いね。そうだよ、つまり、この勝負は三人目の動きで決まるとおもうね」
長老と松五郎は、なにかを考えつづけている青い目の少年をみた。
ステファンも二人の疲労を見ながら同じことを考えていた。
(このままなら、二人はムサシにかなわない。僕になにができる?)
ステファンは大広間を見わたした。だだっ広い部屋にはほとんどなにもない。奥には掛け軸などが数点置いているだけだ。
(他の忍者たちならどうする?)
ステファンは大広間の外にいる見学者たちをみた。外は暑いのか、強い光が大広間の端に差し込んでいて、汗を拭いているものもいる。
(星丸さんや猿飛さんのような上級忍者たちは己の体術と忍術で、策を弄せずにムサシをとらえることができるだろう。長老や松五郎さん、秋然さんなら……)
そう思って秋然をみたとき、秋然が手拭いで年老いて毛が少ない頭部をふいた。
ステファンは、目を見ひらいた。
(これだ!)
「二人とも、合図をしたら、ムサシを僕のほうに向けて、たたかって!」
ステファンの声に、風太郎と茜は疑うことなく「わかった!」「頼むぜ、軍師どの」とさけんで、ふたたびムサシへの攻撃を開始した。
松五郎がおどろいた。
「ステファン、信頼されていますね。この錬の始まる前はどうなるかと心配していましたが」
「実戦ほど信頼がつくられるものはないよ。不信感も同じだけどね。さあ、ケリがつくかどうかの瀬戸際だね」
ステファンは、掛け軸のほうに走った。そして、そこにあった「あるもの」を持って、ふたたび大広間の縁側へ移動した。
見学者は、どうしたんだ、という顔で、ステファンに注目した。
ステファンはさけんだ。
「いまだ!」
風太郎と茜は素早くムサシと距離を置き、ステファンに背を向けた。そこへムサシが二人に襲いかかってきたので、ムサシはステファンの方向をむいている。
ステファンはムサシ目がけて「あるもの」をひらいた。すると、
ピカッ
強烈な光が生まれた。それは鏡だった。縁側に注ぎ込んだ強い日差しをステファンは鏡に反射させたのだ。
それを見た秋然は立ちあがった
「そ、それはこの屋敷に伝わる大切な……」
長老は、秋然を制した。
「秋ちゃん、あれはわたしのお化粧道具だよ」
鏡から放たれた光はムサシの目を直撃した。
「ワン!」 驚いたムサシは初めて吠えた。
「いまだ!」
風太郎と茜は必死で手をのばした。
ドンッ!
風太郎と茜とムサシは床にたおれた。
見学者たちも事の成り行きを見守っている。
風太郎と茜は自分の手に獣の足の感覚があることに気づいた。
二人の手はムサシの前足をしっかりとつかんでいた。
「そこまで!」
長老が立ちあがって声をあげた。
「三人とも見事だった」
その声をきいた風太郎と茜は目をあわせた。
「やった?」
「やったよね?」
そして、とびあがった。
「やったー!」
ステファンは、ふぅー、と息をつき、その場で座りこんだ。
「よくやったな、ステファン」
松五郎が声をかけた。
ステファンは、振りかえった
「松五郎さん、長老、皆さん、ありがとうございました」
と、頭をさげた。
すると、後ろから風太郎が飛びついてきた。
「やったぞ! ステファン!」
「やったわね!」
「ああ、やったね」
三人は手を取り合ってよろこんだ。




