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第十二話「月鈴草」

 巨木の太い枝に抱きつきながらステファンは一息ついた。下を見ないようにしていたが、下を見ると足がふるえた。しかし足を踏みはずせば命はない。ステファンはゆっくり枝をつたいながら、ついに崖の上に飛びうつった。


 ステファンは、ふと松五郎が『正規の道を行けば崖を登ることはない』と言っていたことを思いだした。


(忍者にとってはこんなの崖じゃないということかな?)


 しかし、そんな思いは次の瞬間吹きとんだ。

 目の前にあるのは、絶壁の崖だったからだ。


 他の見習い忍者たちも、崖を登るとは聞いていなかったので目を丸くして驚いている。

 風太郎は今にも泣きだしそうだ。

 星丸は、悲壮な顔をした見習い忍者たちを見向きもせず、難しい顔で空を見上げていた。そしてロープをもってスイスイと崖を上がっていった。

 崖の上まで待機できる場所が三つあり、一ケ所ずつロープで登っていく。

 星丸は一ケ所目の崖からロープを落としてきた。


「ソレジャ イッテキマーース!」


 湯吉がまた大きな声を上げてロープを手にとった。

 さっきと同じ順番で、それぞれ登っていく。

 しかし、雷太郎の番になると、風太郎がすがった。


「アニジャ コワイヨ!」


 雷太郎も震えていたが、風太郎にどなった。


「オマエハ コイツノマエデ ソンナナキゴトヲイッテ ハズカシクナイノカ」


 風太郎の手を振りほどき、さっさと自分だけのぼっていった。

 泣きだす風太郎に、ステファンが声をかけようとしたとき、猿飛が風太郎をつかみあげた。


「ナクナラ オトスゾ」


 といって風太郎を、崖の淵のほうを連れていく。


「ヤメテクダサイ!」


 それをみたステファンは、猿飛にしがみついてとめた。


「ドケ ハナセ」


「イヤデス!」


 しばらくその問答がつづいたが、やがて猿飛は風太郎をロープのほうに放りなげた。


「サッサト ノボレ。オマエモダ」


 ステファンは風太郎のほうにかけより「ダイジョウブ?」と声をかけた。

 風太郎は目を真っ赤にしていたが小さな声で「アリガトウ」といった。

 

 さきほどの巨木とちがい、崖は足をかけるところがあるから意外に登りやすかった。

 ステファンの背中をヒューッと優しく風がなでた。疲れてはいたが、大自然が後ろから応援してくれているようだった。

 風太郎とステファンが一つ目の崖を登りきると、雷太郎が腕を組んで待っていた。


「コノ ハジサラシガ」


 風太郎は、しょぼんと下をむいた。

 星丸は休憩を入れず、全員がそろったのを確認すると次の崖へ登り、ロープを下ろしてきた。

 見習い忍者たちは後ろの猿飛の目もあり、しぶしぶロープを登っていく。


 さっきまで優しかった風が、次第に強く冷たり、時おり吹く強風はロープを揺らして見習い忍者たちを恐怖させた。

 それでも手に血豆をつくり、強風に耐えながら、ついに崖を登りきった。

 

 崖の頂上にたどり着いたステファンは、あまりの疲労でそのまま地面に倒れこんだ。

 ほかの少年忍者たちも同様に激しい呼吸をしながら突っ伏している。

 ステファンは空を見あげた。空の青さがとても近かった。首を横に向けて景色をみると、今までで一番雄大な景色に飲み込まれそうになった。海平線もくっきり見えていた。


 猿飛がロープをあがってきた。黒忍者の二人はまったく息が切れていない。やはり別格であることが痛切につたわった。

 さすがに休憩だろうと思っていたが、星丸は容赦がなかった。


「タテ イソグゾ」


 星丸の目がするどい。初めに川で休憩していた時とは雰囲気が全然ちがう。雷太郎が怒らせたせいだろうか。


 大きなため息とともに見習い忍者たちはふらつきながら立ちあがった。

 崖の頂上から山の頂上までは、緩やかな坂道でつながっていた。

 頂上付近に近づくと緑が多くなるが、さすがに高山植物ばかりで大木はない。

今までの険しい道とは比較にならないくらい走りやすい道だった。そして、目の前に見えてきたゴールに向かう気持ちが、皆の足取りを軽くした。



 ついに頂上付近にきた。

 ステファンはそっと振りむいた。

 竜神の滝から遠く見上げていたこの山を頂上にきたのだ。

 ステファンの中になんともいえない感動と高揚感がひろがった。

 頂上付近に大きな岩が並んでいて、岩にしめ縄が巻かれていた。それはこの場所が聖地であることをしめしていた。


 岩に囲まれた場所の入り口で星丸が全員に礼をうながした。


(この中になにがあるんだろうか?)


 周辺には高山植物や岩があるだけで、とてもこの中に特別なものがあるとはおもえなかった。

 星丸を神妙な顔で岩に囲まれた中へはいっていった。ステファンたちもそれにつづいた。


 中に入るとひんやりした空気がステファンをつつんだ。

 岩肌には緑色の苔がついていて、うっすら湿気をかんじる。乾燥していた外とはもうすでにちがっていた。

 ステファンたちはゆっくりと奥にすすんだ。すると、


「うわぁっ」


 ステファンたちはおどろいた。

 岩をぬけた途端、緑と白の光景が目に飛び込んできたからだ。

 苔で緑になった岩に囲まれたその場所の中心には小さに泉が沸いていた。泉の周りには様々な植物が生えていて、とても岩だらけの高山の頂上とは思えない、緑と白の幻想的な世界がそこにあった。

 

 その植物たちはこんな高山にもかかわらず不思議と生き生きとしている。

 そして植物の中にひときわ目をひく草があった。

 美しい鈴のような実をつけたその草は、生命力がほとばしり、いまにも白く光りだしそうしている。


(これが月鈴草か)


 皆がその草に見とれていた。

 星丸がまた一礼をして、月鈴草に近づき、丁寧な手つきで月鈴草をとった。

 そして持参した木の箱に入れ、また一礼して、岩に囲まれたこの聖域から外にでた。

 見習い忍者たちも夢見心地のままあとにつづいた。

 外にでると、星丸はまた難しい顔で空を見上げていた。

 風太郎が星丸にたのんだ。


「ホシマル キュウケイサセテホシイ」


 他の者もすがるように星丸をみた。

 雷太郎だけは腕組みをして顔をそむけているが、聞き耳を立てているのがすぐわかった。

 星丸は少しだけ表情を緩めて皆の顔をみた。


「ミナ ヨクヤッタ」


 しかしその言葉にほっとしたのもつかの間、


「ダガ イカネバナラナイ」


ふたたび顔を引き締めた星丸がいった。


「アラシガ クル」



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