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第一話「豪華客船」

 ザァ―ッ ザァーッ


 静かな夜の大海原を豪華客船がゆっくりすすんでいた。


「わぁ、お兄ちゃん、見て、あのお月さま」


 妹のエミーラが指さすほうを、ステファンは青い目で見あげた。


「うわぁ! きれいだ」


 船の甲板から見える夜空には、大きな満月があった。

 その輝きは海平線に幻想的な光の道をつくっている。


「ワンワン」

「二人とも、ここにいたのか」


 ふりかえると、ステファンの父と母が愛犬のデュークを連れてやってきた。


「あっ、パパ、ママ! いまお兄ちゃんとお月さまをみていたの。あれをみて」

「まぁ! ほんとだわ」


 父と母も月の美しさにおどろいた。

 その顔を見て、エミーラはなにかを思いついたように、靴をぬぎだした。

 

「みんなちょっと待っててね」

「もしかしてまたやるのか?」ステファンが聞くと、

「絶好の舞台でしょ?」といって、エミーラはウインクした。


 裸足になったエミーラは、甲板の先端にはしり、月にむかっておじぎをした。

 そして、家族のほうを振りむき、ゆっくり手を広げて踊りはじめた。


 ザァ―ッ ザァーッ ザァ―ッ ザァーッ


 波のリズムにあわせながら、まるで月の光と一緒に踊っているかのようだった。

 ステファンたちはしばらく彼女のダンスをながめていた。

 ステファンは、ふと父と母の顔をみた。


 エミーラのダンスなんてしょっちゅう見ているはずなのに、二人とも涙をながしていた。


 ダンスが終わると、エミーラはまた月におじぎをして、家族のところにはしってきた。

 父はエミーラとステファンを抱きよせた。


「パパもママも、今日のことは一生わすれないよ」

「うん!」


 エミーラは喜んでこたえたが、ステファンはなぜ父がそんなことをいうのか不思議だった。まだ十三歳の少年に、そのときの父の表情や言葉に込められた寂しさを感じとることはできなかったのだ。

 そのとき、船室のドアがバタンとひらいた。


「グルルゥウッ、ワンワンッ」デュークが警戒してほえた。


「はっはっは、ちゃんと仕事ができる犬ですな。やっとみつけましたよ、ミスターウォール」


 ドアから出てきたのは、タキシードを着た父と同じくらいの年齢の男性だった。

 その男は茶色い髪に、鷹のような鼻、目は燃えるように強くて鋭く、頬に傷があった。


「すみません、マジェスタさん。娘の大事なダンスの発表会があってね」


 父の言葉にマジェスタはあざけるような笑みをうかべ、


「意外に家族思いなんですな。我が国バルアチアが誇る科学の天才は、実験室こそホームだとおもっておりました。さあ、あなたの世紀の発明の発表の時間がせまっています。どうぞ中にお入りください」


 父は、皮肉には気にもとめず


「わかりました、すぐにむかいます」とこたえた。


 マジェスタはニヤッと冷えた笑いをうかべて船内にもどった。

 ステファンはあの気味が悪い男を好きになれなかったが“発明の発表”という言葉には敏感だった。


「えっ、そうなの?」

「ああ。でも評価されるかどうかはどうでもいいんだ。パパの発明をどうか平和のためにつかってほしい、ただそれだけを願っているんだ」


 そういうと父は、母の顔を見てうなずき、ふたたび子どもたちをみつめた。


「ステファン、エミーラ。じつはパパの発明の発表に必要なものをボートのところに隠しているんだ。ちょっと、アレンさんととってきてくれないか?」


 甲板の脇にはウォール家にずっと仕えている執事のアレンがひかえていた。


「わかった。いこう、エミーラ、デュークも」

「うん!」


 二人はアレンのもとに走っていった。デュークもあとを追いかける。

 その様子を父と母は、目を細めてみていた。


 アレンは主たちに深々と頭を下げ、ステファンたちを連れて船内に入っていった。


「アレンさん、ボートってどこにあるの?」

「船の一番奥ですよ、さぁいそぎましょう」


 三人は、走って船内の通路をすすんだ。

 大きな船内は迷路のようにたくさんの曲がり道があった。

 途中、ステファンが通路を走って曲ろうとしたとき、そこにいた少年とぶつかった。


「うわぁっ」

「いてて」


 アレンとエミーラがステファンにかけよった


「大丈夫ですか!?」

「だ、大丈夫。それより相手の人は?」


 そういって、相手を見たとき、


「おい、急にとびだすなよ、ステファン」


 と、低いダミ声がかえってきた。そこにいたのは、ステファンの友人で、同じく父が科学者のマックスだった。黒人のマックスは、ステファンと同い年だが、とても大人びた少年だった。


「ごめんよ、マックス。ちょっと急いでいたんだ」

「どこへいくんだ?」

「パパの発明に必要なものがボートのところあるんで、取りにいくんだ」

「面白そうだな、俺もついていく」

「おいでよ、いいでしょ、アレンさん?」


 アレンは少し困った顔をしたが、うなずいた。


 船の奥にある救命ボート置き場は、薄暗くなっていた。


「なんだか、暗くて気味が悪いな」ステファンは周りを見わたした。数台の救命ボートやロープなどの道具がおかれていた。

「なんだか、お化けがでそう」エミーラがステファンの腕をつかんだ。

「はっはっは。『お化けがでる』なんて、科学者の子どもがいうことじゃないぜ」


 と、笑うマックスにエミーラは口をとがらした。 


「だって、こわいんだもん」

「でもなんでパパはこんなところに大切なものを置いたんだろう。あっ、これだ」


 ステファンが救命ボートの一つにたくさん荷物が積まれていたものをみつけた。

 少年たちが荷物を確認しようとしたそのとき、


 ドーンッッ!


 船の中から大きな爆発音がきこえた。

 乗客の悲鳴を聞こえてくる。


「なんだ!?」

「こわいよぉ、お兄ちゃん、アレンさん」

「きっと発表会の会場だ、パパたちになにかあったのかも。いかなきゃ!」


 ステファンが走りだそうとすると、アレンに腕をつかまれた。


「アレンさん、やめて、いかなきゃ」

「ダメです。お父様とお母様は、あなたたちにこのボートで逃げてもらうためにここへ連れてきたのです。この船ではいま大変なことが起きています。お二人がここにいては、かえってお父様とお母様に危険がおよびます」

「逃げる? いやだよ、パパとママのところにいきたいよ」


 アレンは首を振り、ステファンとエミーラの肩にそっと手をそえた。


「お父様からの伝言です。二人が無事にこの船から出られたら、パパもママもなんとか切りに抜けられる。いつかきっと再会しよう」


 アレンは二人の目をじっとみつめた。


「二人の金の髪も青い目も泣いた顔も笑顔も全部全部愛おしかった。パパもママも二人のことを心から愛している」


 ステファンもエミーラも泣きだした。アレンも涙ぐんでいた。


「なんでパパとママに会えないの? いったいなにがどうなったの?」

「あのマジェスタという男のしわざです。くわしいことはわかりません。ただ、危険がせまっているのはまちがいありません」


 アレンがそういったとき、通路の向こうで声がした。


「いたぞ、あっちだ、逃がすな!」


 アレンはいそいでドアをしめた。そしてすぐに救命ボートを海へ出すための扉をあけた。

 扉の向こうには薄暗い大海原が月の光が照らされながら静かに広がっていた。


「さぁ、いそいで!」


 アレンは、泣いていやがるステファンとエミーラを無理やりボートにのせた。

 アレンはマックスのほうをみた。


「マックス、あなたはこの件とは関わりありません。ボートに乗るか、残るか、自分で決めてください」


 マックスは、ボートと追っ手がたたくドアを交互に見やった。


「ボートにのるよ。親父と母親にそのことを伝えてくれないか?」

「わかりました。必ずつたえます」


 アレンはじっとマックスを見ていった。


「あの子たちをおねがいします」

「おいおい、俺も子どもだぜ。大人のくせにこの状況で無茶なお願いだぜ」


 苦笑するマックスの目をアレンはまっすぐみつめた。


「私は、昔からあなたのことを一目置いています」

「……わかったよ、できるだけのことをするよ」


 マックスはボートに飛びのった。

 アレンはボートをぐっと押しはじめた。


「アレンさん、デュークも一緒に乗って!」エミーラがさけんだ。

「ワン、ワン、ワン」デュークは船に乗るのを怖がっている。アレンは優しくデュークを抱きあげた。

「エミーラ、ありがとう。その優しさをずっと忘れないでください。デュークはボートの旅には耐えられません。私と一緒にお父様とお母様を必ずおまもりします」


 アレンは、勢いよくボートを海へ押しだした。


「幸い外の海は穏やかです。三人にどうか神のご加護を!」


 バシャーンッ


 ボートは、勢いよく海におちた。


「アレン、デューク!」

「ワン、ワン、ワン!」


 デュークが一生懸命ほえていた。アレンはデュークの頭をなで、ボートが無事に着水するのを見届けると、手をふって船内に入っていった。


 三人は、ボートから船の全貌をみた。

 船はパニック状態になっていて、罵声と悲鳴が入りまじり、所々で火が上がっていた。


「あそこだ!」


 船の上からボートを指さす集団がいた。

 しかし、潮の流れが意外に速く、ボートはどんどん船から離れていった。


「パパ! ママ! アレンさん! デューク! どうか無事でいて!」


 エミーラは祈りながら遠くなっていく船をながめた。

 マックスがいった。


「おいおい、船内の無事を祈るのはいいが、俺たちが生き残るのも結構大変だぞ。こんな大海原に放り出されて、嵐でも来たらたいへんだ」


「マックス、僕たちどうなるのかな?」


 ステファンもエミーラも不安で涙を流していた。


「さあな、少なくとも泣いてばかりじゃ、確実に死ぬだろうな」


 マックスはさらに不安そうな顔をする二人を見て、やれやれ、とつぶやいた。


「まぁ、この状態で不安になるのも当然だし、泣くことで不安を軽減させられる。とりあえず、今晩だけは泣いていていいんじゃないか」


「マックスはこわくないの?」エミーラがきいた。


「こわいさ。でも俺は、周りが泣いていると泣きたくなくなるんだ。変わり者だろう? とりあえず今日は休もう。たしか毛布が……あった!」


 マックスは、荷物の中から毛布を取りだして二人にわたした。

 ステファンは海を見渡したが、もう船は見えないくらい離れていた。

 ついさっき船であんな大事件が起きたのに、海はその出来事をも飲み込んだかのように静かだった。空に浮かぶ満月も何事もなかったかのように、光りつづけている。


 ステファンは、毛布にくるまり月を見あげた。その暖かさは父と母が月の光になって体を包んでくれているような気がして、すぅーと眠りにおちた。


 まさにこの夜、ステファンたちの大冒険が幕を開けたのだ。


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