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世界

23時…


外は随分と暗く冷え込んでいるだろう。


2月とはいえまだ寒い。防寒具なしでは長時間歩くと皮膚に赤みと傷みが伴う。


だが今はまだ寒くない。僕はオーダーのカクテルを作っている最中である。


室内にはエアコンがかかっており寒さを感じさせない。


温かい光の下では人と人が親密そうに抱き合ったりキスしたりとお盛んであった。初めてここに来た人は驚くに違いない。


もちろんスキンシップの激しさというのもあるが何より目を引くのは当事者たちが同性同士であるということだ。


ここは所謂ゲイバーと呼ばれるところ。


ここで働いている理由は時給が高いからでありそれ以上の理由もない。僕がゲイであるとかそういうわけではないのだ。


作り終えたカクテルを一つお盆に乗せ先輩に教わった持ち方で運んでゆく。


オーダーがあったのは窓席の一番奥だった。ぼんやりと照らされた木目の綺麗な床の上に小さな音を立てて歩く。窓席の一番奥に一人ぽつんと座っている人が見えた。ソファーの角度のせいで近づくまで姿が見えなかったのだ。



「お待たせいたしました」



綺麗に魅せる仕草で音を立てずグラスを机に置く。



「あ、俺何も頼んで…」



慌ててこちらを見る。

意外と幼い顔立ちだった。


ここに来るのは初めてなのだろう。


僕の顔を見て言葉を失う彼に笑いかけた。



「マスター直々に頼まれました。今日はゆっくりくつろいでください。」



最後に軽く会釈をし彼を後にする。


溜まっているであろう仕事を考えると自然と早歩きになった。


昼はゆったりとして落ち着いたカフェのようなここも夜は込む。

すれ違いざま常連の客に声を掛けられた。


「おぉハル君じゃないかー!」


「橋本さんこんばんは」


営業スマイル全開で挨拶を交わした。


彼は橋本さんと名乗る壮年の男性。


何かと僕に声を掛けてくるがそういう気はないのだろうと思う。

そういう気とは僕をその…(察してくれ)。


一度長話に付き合ったとき彼の人となりを知った気がした。


ここでマスターの次に気を許せる人でもある。気は許せるがそういう素振りを一切見せない。

僕はそういう人だ。


「ちょっと急いでいるので失礼しますね。」


「わかったよぉ今度付き合ってね!」


30代後半の男性はこんなにウィンクが似合うものなのだろうか。

少しの疑問を抱き急いで仕事に戻る。


(ん?)

裏に入ろうとしたとき視線をふと感じた。後ろを振り返る。


ぱっと見て誰も僕の頃を見ている気配はない。気のせいだと思いきり裏に入る。






「はぁぁぁぁぁ」


時刻は12時半。日中は僕の行動外である。だがしかし社会は辛いのである。否、


「何々??ハルが起きているなんて珍しい」


綺麗な目で僕を見下ろすこの少女は僕の親友である。顔立ちは整っていて男子が見逃さないって感じのモテモテ少女である。ハーフではないが綺麗な茶色の髪をしている。それが日の光に透けてはちみつ色になるのは僕のお気に入りだったりする。内緒だけどね。


運動神経がよく頭が少し悪い。これで頭がよかったら僕は涙が出てくるよ。



「そうかな…?」


「そうだよ。いつもご飯食べたら寝ちゃうから」


「あはは、そうだっけ…ごめんね。だって眠いんだもの」


机に顔を付けたまま普通に笑う。営業スマイルはこの子だけには使わない。何故ならこの子はさっき言ったように親友であるからだ。この子は心許せる数少ない人の一人である。


「それより次英語だよー、単語まじやばい」


「僕もやってないやー」


「とか言いながらいっつも満点取ってんじゃんコノヤロー」


「たまたまだよ、あれなんか眠いなぁ」


「寝たらしぬよ?英語の田中こわいじゃん、若干おねぇだけど」


「でも人は寝ないと死んでしまうのだよ 水川 」


「もー知らんからなー」


えへへと気持ち悪い笑みをこぼす僕のそばに親友がいる。


これが幸せなんだろうな。無条件に落ち着く。


眠りに落ちる手前また視線を感じる。

最近よく感じるこれは敵意とか嫌な感じではない、少しそんな気もするけどあからさまではないしなぁ。

でも気にはなる。


目の前を何度も同じ人が通るようなものだ。気になる。


その人が誰なのか。瞼を開けようとしたが駄目だった。瞼が重い。


眠気に体をからめとられ抜け出せない。


落ちる、深い深い眠りに。


暑い日、僕…私は今日友達と遊ぶ約束をしていた。


親友の真衣ちゃんを含めて5人。私を合わせたら6人だ。


小学生の夏休みは長く毎日のように真衣ちゃんとはあそんだ。


たまたまその日夏祭りがあるということで女子で集まって遊ぼうと夏休み入る前に約束したのだ。


その日の集合場所は神社の石段を上がったところ。


私は集合時間より少し遅くついてしまった。この日弟がぐずって色々大変だったのだ。


正直家族のことが心配でこの日は遊べなくなったと皆に言うつもりで集合場所に向かった。


石段は無駄に長く体力が削られ上につく頃には汗だくになった。


「遅くなってごめん」


「いいよぉ」


嫌な笑みをした女子が私を見ていた。何だろういやな感じがした。この感じ知ってる。


あの人たちがよく私にみせるあれと似ている。でもこれはあれとは違う。だってそうでしょう?

だってだってこの子たちは私の友達。そんなのあり得るはずがない。こころでは否定しても体はそうはいかった。震えが全身に、止まらない。黑い子たちが私を引っ張る。


でも、あの人たちに比べたら痛くはない。


それが痛さに少しの安心感を生む。



その一人のあの言葉を聞くまでは…




「おい山田!」



体を激しく揺すられ意識が覚醒する。


驚いて顔をあげると英語の田中先生がこちらを見下ろしていた。


怒るとかなり怖い人だけれども優しい一面もある。


その先生は今日は心配そうに眉をハの字にさせていた。


「山田顔色悪いな…体調悪いのか?」


「あ、いえ。」


起きたばかりで多少混乱している。

いつもなら適当な言い訳を取り繕うのにその余裕さえなかった。

嫌な夢を見たせいで心臓が未だに恐怖で早鐘を打っている。


全身が強張り震える手をごまかすよう強く握りしめた。


案の定先生は心配そうな顔をしながら小テスト用紙を配る。


用紙を受け取り裏面に一枚とり後ろに回す。


全員に紙が行きわたると先生が合図の声を上げる。

それと共に一斉紙を裏返す音が教室に響いた。


私も遅れながら紙を裏返し名前と出席番号を書く。


震えはもう止んでいたが今は何もしたくない気分だった。

脱力感が全身に襲う。

最初の単語を眺めているうちに先生の声が教室に響く。

1問も解いていない用紙を回収しに来た人に渡す。


一番後ろの席の人が回収する決まりになっていた。

渡す際真っ白なのがまずいと気づいたが時はすでに遅し。


無常にも回収者が怪訝そうな顔をして受け取っていった。点数が悪い人は授業が午前中にあったらなら再テストを昼休みに受け、午後にあった場合は放課後に再テストを受ける。今日は後者である。


(今日はスーパーのタイムセールがあった日だったんだけどなぁ)


仕方ないと断念せざるを得ない。思いを切り替えて授業に専念することに決めた。そうしないと先生の指名に答えられないというのもあったが…


放課後、私は進路相談室に向かう。

英語の田中先生は進路相談も担っておりその専用の小室もあったりする。

しかし私たち1年教室からは一つ棟の向こう側にあるので遠い。しかも玄関からはもっと遠い。


さっさと終わらしてタイムセールに向かいたいが間に合わないだろう。そう頭では理解しているつもりなのだがやはり早足になってしまう。


進路指導室の前に来ると何人かの生徒が廊下にたむろっていた。


再テストは初めてなのだが何度かこの再テストの風景は見たことある。いつもなら先生が廊下に出て生徒を並んだ順に相手しているのだが今日はその先生が不在である。


誰かに先生のことを尋ねようと周りを見渡す。しかし誰も彼も必死に単語帳に噛り付きぶつぶつ口に唱えるものや単語帳に指でスペルを書いているもの様々だ。とても話しかけられる雰囲気じゃない。


おとなしく待っていようとしたとき一人だけぼぅと壁に寄りかかって座っている人を見つけた。


単語帳すら持ってきていない様子で天井のどこかを見上げていた。ねこっ毛の黒髪を持つ綺麗な男の子だった。初めて見る子だったがバーゲンセールのことが気になり背に腹に換えられない状況である。近づいて声を掛けてみる。



「ねぇ田中先生は今ご不在なの?」



その子がこちらを見上げる。黒曜石を思わせる黑い瞳に僕が映る。鼻が少し高く人形を思わせる整った顔立ちと陶器のようなきめ細かい肌。モデルや俳優にいそうな顔だ。


思わず見惚れてしまう。



「…いま進路相談中だってさ。」



カッコいい人は声まで美声なのか。



僕の好きな声優さん似の低めの良い声だ。


実は僕の疲れを癒してくれる人は親友だけでなく声優さんもだったりする。

自分が声フェチだって気づいたときは墓までこの事実を持っていこうと決めたのを今も昨日のように覚えている。


うっかり聞き惚れてしまい一時停止しかけた僕の脳をたたき起こす。


「…そうなんだ、一時待たないといけないと言うわけか。」


言いながらその男子と同じく壁に寄りかかる。違うのは立っていること。


男子は興味がなくなったようでまた天井を見上げている。


僕は近くにある張り紙を見ながらスケジュール確認をした。少し時間が経ち冷たい風が廊下を吹き抜けた。


その時進路指導室のドアが開き生徒と先生が出てくる。出てきた生徒はいかにも勉強しますって風貌の女子だった。先生は待っていた私たちに信じられないことを言い放つ。


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