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第4話 王女 カイカの話-2

 予定通り、夜更けにはその宿営地にたどり着いた。まだいくつかのテントには、灯りが(とも)っており、まるで大きなランタンが並んでいるかのように辺りをぼおぉと照らしている。

 宿営地の中ほどまで行くと目的のテントがあった。まだ明かりがついている。


 テントの前に立ち、入口の幕を避け中に入ると、少女が二人驚いた顔をしてこちらを向いていた。無理もない。

「ヨークというのは君かい?」

 声かけた瞬間、黒髪の少女が剣に手を伸ばそうとしたが、

「おっと、まぁ落ち着いて話を聞きなさい。座って」

 彼女の喉元に差し出された私の短槍によってその動きは制された。

 かなりの殺気をもって、私を見つめる彼女と正面から向き合い、

「殺気立つのも無理はないが、別に君たちに悪い話をしに来た訳ではない」

 言いつつ、槍を後ろに控える兵に渡す。その時も(にら)み付ける彼女から目を離さない。

「ふん、あんた達みたいな貴族連中がこんな所に来るなんていい話なわけがないね。私たち弱者はあんたたち強者に怯えながら生きなければならないのさ」

「お姉ちゃんっ」

 強がる姉を妹が(いさ)めている。なんとも微笑(ほほえ)ましいではないか。

「弱者か、貴族や商人たちの馬車を襲って、強盗している君が言ってもあまり説得力がないな」

「なっ……!」

 突然の話に唖然としているようだが、

「なんの冗談でしょう。私のようなか弱い女に一体なぜそんなことができるとお考えで」

 と言い逃れようとする。


「真っ先に剣に手を伸ばそうとしたくせに、か弱いもないもんだが。まあいい、インジ!」

 インジがテントの奥にある箱の前まで行くと中を漁る。

「おいっ、何を……」

 少女はインジが取り出したものを見て喋るのをやめた。箱から取り出し、手渡された短剣を引き抜いた。(つか)の根元を見せながら、

「これはね、私の弟が持っていたものだよ。見えるかい? ここに小さく彫られている紋章は王家のものなんだ。だから、間違いないんだよ。君と闘い、間抜けにもこの短剣を盗まれたのは私の愛すべき弟なんだ」

 すると観念したようだ。

「ふふっ、あの騎士様は貴族じゃなくて王子様でしたか。ということは当然、あなたも王族ですか。はぁ、よくここがお分かりに」

 うつろな目をしながら尋ねてきた。

「弟が狙われているという不穏な噂を耳にしてね。ここにいるインジに後を尾行させていたのだよ。そこへ君が偶然その馬車を襲ったのさ。あとはインジが君を追いかけてここにたどり着いたというわけさ」

「そうかい、でも別に私は弟君を襲った訳ではないよ。それに、そんなに大事な弟ならさ、あの時助けに入って私たちを捕まえればよかったじゃないか」

 少女が皮肉な笑みを浮かべて言う。

「監視の者たちには、極力弟にはばれないようギリギリまで助けには入らない事を命じている。仮にも騎士だからね、自分のことは自分でせねば。それに危機に対して必死になって抗う姿もまた可愛いじゃないか。ふふっ」

 つい、笑みが漏れた。

「それに君たちが故意に弟を襲った訳ではないこともわかっている。調べさせてもらったからね。まぁ、どちらにしろ君たちの盗みは遅からず明らかになっていたと思うがね。いくら遠くまで出掛けていても宿営地(ごと)に犯行を重ねれば、自ずと見えてくるものだよ」

「はあ、それは忠告痛み入ります」

 心にも思ってないという感じだ。

「で、そんな忠告をしに来たわけではないんでしょ。王女様。捕まえるなら捕まえればいい。もっとも、大人しく捕まるわけにはいかないけどね」

 目が鋭い光を宿す。

「お姉ちゃんっ! やめて!」

 と妹が姉の腕を掴んで制止しようとする。


 場に緊張感が満ちている。ここはあえてゆったりとした口調で話す。


「初めに言っただろう。悪い話をしに来たわけではない。ちょっと古い話を聞きたいんだ。九年ほど前のね」

 驚いた顔をして姉妹が見つめあう。


「アイリ、ウータとサイのところに行っててくれないか。なぁ、いいだろ王女様」

 頷いて兵の一人に見張りに着くように目配せした。

「お姉ちゃん……」

 アイリが心配そうなまなざしを姉に向けている。

「大丈夫、後で迎えに行くから。絶対、約束だ」

 アイリの手を取り、ヨークが優しげな瞳で見つめている。姉妹の絆を感じる風景だ。


 妹のアイリがテントを出て、彼女はようやく落ち着いたように私の正面に腰を下ろした。

「でっ、なんの話を聞きたいって」


「そうだな。その前に私の昔話から聞いてもらうとしようか」

『ふーっ』と一息つき私は話し始めた。


「今から九年ほど前、私は13歳だった。その頃から私は他の兄弟に敗けないように政治の世界に足を突っ込んでいた。今から思えば、恥ずかしいほど稚拙(ちせつ)なお遊び程度のものだったに違いないが。それでも懸命だった。ほかの王妃に比べ権力の弱い母と幼い弟を守る為だと本気で思っていた」

 遠くを見つめるように昔を思い出す。

「しかし、そんな環境に身を置くと、よからぬ噂や怪しげな陰謀を耳にする機会が増えるものだ。そんな中には捨て置いておけないものもある。母や弟に火の粉が降りかかる恐れのある噂だ。その噂を初めて聞いた時は『これは何としても自分で解決せねば。』と思ったよ。未熟な自分の力も弁えずにね。そしてもちろん行き詰る。そこで諦めていればよかったのかもしれない。でも、その時に頼りにしたのがそこにいるインジの兄、チョウだ」

 後ろにいるインジを示しつつ続ける、

「チョウはわたしに初めて仕えてくれた従者だった。インジ同様いろんな情報を集めるのを手伝ってくれた。だがそこで事態は急転した。チョウからの連絡がなくなり、最後の連絡を取ったであろう場所の付近で一つの村がなくなる程の大火事が起こったことを知ったのだ。現場に行くとそこには不自然に焼けた村があり、それは明らかに人の手によるものだった。チョウらしき遺体も見つかったが、損傷が激しく服飾品などを見て判断するしかなかった。愕然(がくぜん)としたよ、自分はこんなにも弱く、愚かだったのかとね」

 再び、少女に目線を戻す。

「だからね、チョウに報いるためにも九年間自らを鍛え、研ぎ澄まし、事件について調べに調べたさ。そして近隣の村で聞き込んで、一つの情報を手にした。どうやら見つかった遺体の数と実際に居たであろう村人の数が合わないこと、更にそれは四人の子供ではないかということだ。もちろんどんな子たちがいたのかも聞いて回った。その中には、仲の良い栗毛の姉妹もいたよ」

 その当時の苦しい思いを吐き出すかのように喋り続けた。すると、

「それが私たちだと?」

 彼女もそれが自分のことだとわかっているようだった。

「私は確信している。この旅劇団は当時その村から少し離れた所に宿営地を設けていたことは分かっているし、そのくらいの時期から団員が増えていることも確認した」


「そうか、そこまで判ってんのか。なら、私も話さなくちゃあならないだろうなあ。あの時のことを」

 そう言って彼女は、傷を負った男が現れてから、村が焼けてなくなるまでの悲惨な状況をとつとつと語り始めた。

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