第4話 王女 カイカの話-1
セイが出て行った扉を眺めていると、どうやら階段下あたりで話し声が聞こえている。セイが母に捕まったらしい。「ふふっ」と笑いが漏れた。あまりこちらの屋敷に寄り付かないから罰が当たったのだろう。
こんなにもセイを愛してやまない姉と母が帰りを待っているというのに。
すると、窓側から
「あまり弟君を虐めますと、嫌われてしまいますよ」
と声がした。声の方から現れたこの女はインジという。歳は私と同じくらいのはず、隠密行動に長け、主に情報収集や弟を秘密裏に監視させたりするのに使っている。
「何を言う。こんなに弟を可愛がってやっている姉なんかそうはいないぞ」
「愛情表現が屈折してるんですよ。貴方は」
とインジは肩をすくめる。そうだろうか、こんなに愛しているというのに。
「ところで、その怪我はどうした」
額にこぶができているのを見つけた。なかなかの手練れであるこの女が怪我をするなど珍しい。
「いやっ、これはそのぉー」
とこぶをなでながら、へへっと笑う。
言いよどむところを見ると、あまり触れられたくないらしい。その時、ふとインジの悪癖を思い出した。こいつは女のくせに美少女に目が無く、ついつい観察に熱が入る変態だった。
セイが言うには襲撃者は少女だったらしい。つまりそういうことだろう。
「まったく、あんまり無茶してヘマするなよ」
「いやぁ、まったく申し訳もございません。二度とこのような」
いやっ、こいつはまたするに違いない。
「まぁいい、で、報告は?」
実は、インジには先日からセイの周辺を監視させており、今日の明け方、インジの配下の者に一度、襲撃の一部始終について報告を受けていた。その後インジは引き続き、襲撃者を追っていたのである。
「では、報告いたします。崖上に逃げた襲撃者の三人はその丘から北東の方角に一晩ほど歩いた所にある宿営地に入りました」
地図を取り出し、ある場所を指で示しつつ続ける。
「その宿営地は、放浪しながら興行をして周る旅劇団の集まりでした。まぁ、その劇団の連中も脛に傷持つような一筋縄ではいかない奴らでしょうが、襲撃に関してはその三人の独断的行動で間違いないようです。背後に大物がいるような感じは見受けられませんでした」
ふんっ、やはりセイの言っていたことは、間違いではなかったということだな。普段から行う軽業や動作がつい剣術に出ているのだろう。演技がかった仕草も日ごろの癖みたいなものだろう。
「他には?」
「そうですね。その三人についてですが。三人とも親はいないようです。一番年上とみられる弟君と闘った少女は15歳くらいでしょうか。名前はヨークというらしいです。私の目から見てもなかなかの戦上手でした。小生意気そうな目が可愛らしかったですし」
余分な情報を入れてくるインジに、やっぱりそういう事かと痛くなる頭を抱えつつ、
「おいっ、他はっ」
と強めに先を促す。
「はい、手下の少年二人は少女よりも少し年下でしょう。『姉さん』と少女を呼んでましたから。名はウータ、サイと言っていました。あと付け加えるなら、少女には妹がいるみたいですね。栗色の髪に大きな目の可愛い」
更に思い出したように、
「ああ、そういえば少女も本当は髪が栗色のようでしたね。報告はこんなところです」
「ほう、栗色の髪の姉妹に男児が二人。そうか、ふーむ」
しかし、どうだろうこんな偶然があるものだろうか。
「どうか致しましたか。カイカ様」
ぼーっと考え込む私が珍しかったのかインジが不思議そうな顔をしている。
「いや、まぁ、インジ。お前にはこの件についてもう一つ二つ働いてもらわなければならないようだ。少々骨が折れるかもしれないがよろしく頼む」
「はいっ、喜んで。で、一体何をいたしましょう」
先程、セイから預かった銃をインジに投げて渡した。
「まず、一つ目にそれを解析できる技術を持った者を探してほしい。出来るだけ口が堅い奴がいいだろう。贅沢を言うならそいつの弱みを握れると尚よろしい。もう一つは、その旅劇団についてもう少し深く調べてくれ。過去についてもだ、特に十年、九年ほど前のことを主に、なっ」
と命じると、インジの目が俄かに鋭くなった。
「九年程前となるとあの頃の話ですか」
「そうだ、考えすぎかもしれんが、お前の兄、チョウが死んだあの事と関わりがあるのかもしれないのさ」
「そうですか。そうであるならば慎重かつ正確に調べましょう。私も無関係ではないので」
「まぁ、そうだが。できるだけ迅速に頼む」
「了解しました。ではっ」
次の瞬間には、インジは夜の闇に紛れるように消えていった。
「ふーっ」
どうだろう、考えすぎか。しかし、私の勘が間違いないと告げている。
扉の向こうから微かに話し声が聞こえている。まだ、セイが母に捕まっているようだ。久しぶりに帰って来たのだから、もう少し母孝行をしていてもらおう。
数日後、インジが調査報告を上げてきた。やはり、予想は当たっていた。なら、即行動すべきだな。
「インジ、彼女たちの居場所は把握しているか?」
「はい、変わりありません。同じ場所にまだ宿営しています」
「なら、信頼の置ける者だけ集めて、すぐ出立する。用意しろ」
「では、屋敷の門前で」
馬を飛ばせば、夜更けには到着するだろう。服を着替え、準備を整え部屋を出ると、母が階段を上ってくるところだった。
「母上、用が出来て出掛けることになりました。帰りは明日になると思います」
と伝えると、
「まぁ、今夜は一人なの。さびしいわぁ。……そうだ、セイを呼びましょう」
「セイとはこの間一晩中話していたでしょう。一人といったって使用人たちは大勢いるし寂しくはないでしょう」
「だって、みんな忙しそうにしていて、相手をしてくれそうにないんですもの」
まったく、この人は。呆れるがしかし、この笑顔を見ると許せてしまうから。我が母ながらズルい人だ。
「騎士の仕事をしているのだから、セイだって同じですよ。それにここの使用人たちは皆、母上のことが大好きだから、話せばいくらでも相手してくれますよ」
「そうかしらぁ。まあいいわ」
まだ不満そうだが納得したようだ。
「では、行って参ります」
屋敷を出て、門の方を見るとインジを始めとし、配下の者たちが用意をして集まっている。
「よしっ、少々急ぐぞ。なるべく早駆けで、夜更けまでには目的地に着きたい。いいかっ」
皆無言でうなずく。
「インジっ、お前が先頭を行き、案内しろ」
騎乗しつつ、私の馬の引綱を持つインジに命じる。
「はいっ、承りました。では早速出発いたしましょう」
総勢五人の集団は王都の門に向かって進み始めた。




