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第3話 王子 セイの姉弟の話-2

 部屋の中には笑顔で弟を迎える姉の姿があった。しかしその笑顔ですら、私には恐怖だ。なぜなら、笑顔をたたえつつもその瞳には常に、言い知れぬ野心的な光を宿しているからである。

「お久しぶりです、姉上」

「ふふん、そんなに久しぶりだったかな。私にはそんな気はしないけどね」

 話し方が妙に軽快である。怒られるわけではなさそうだ。

「ご機嫌がよろしいようですね。何かありましたか?」

「そういうお前は浮かない顔をしているね、何かあったのかい? 例えるなら、そうだなぁ…… 嫌な仕事をさせられたとか、その途中で可愛い女の子にしてやられたとか。そんな顔をしているよ」

「ッ…… 一体どこで……」

 そんなことを知ったのか。まだ誰にも話していない。仕事終わりほとんど間を置かずここに来たというのに。

「ふふっ、私の目と耳は国中いたるところに存在するのさ。隠し事なんて出来はしないのだよ、我が愛しの弟よ」

 絶句とはこのことである。何も言えない、こうしてまた恐怖心がより深くなる。


「……っで、あ、姉上は一体なんの御用で私をお呼びになったんでしょう」

 狼狽(うろた)えつつもなんとか会話を続けた。

「もちろん、その時のことさ。お前がやられたという相手のことだよ」

「別にっ、やられてはいませんよ。ただそのっ……」

「そうだった、そうだった、やられたわけではなかったな。剣で押され、奥の手の魔法を使っても一人も捕まえられずに、逃げられただけだったな。しかも女の子に……」

「くっ…」

 いびるために私を呼び出したのか。

「で、どうだったんだ? 強かったのかその相手は」

 変わらぬ笑顔で問い続ける姉上はどうやら本当にその相手を知りたがっているようだ。正直に答えた方がいいか。


「そうですね。強かったですよ。見たこともない剣術を使い、相手の虚を突く戦術、騎士でも容易に勝利を収める者はそういないのでは、と思います」

「そうだな、女に免疫のないお前には女で迫るのもいい戦術だ」

 満面の笑みで口を挟む。ほんとにどこまで知っているんだ。

「で、珍しい剣術とはいったいどんなものだった」

「剣術というか体のさばき方がまるで曲芸か舞でも見ているようなそんな感じでしたよ」


「ふむ、曲芸ねぇ」

 なにか、納得しているようだった。すると、こちらを指をさし、

「それについては、何かあるかい?」

 何についてだろうと不思議に思うと、

「それだよ、懐の中のものだよ」

 ああ、これか。懐から壊れている銃らしきものを取り出し、

「何かあるかもなにも、まったくわかりませんよ。私が知っている銃というものとは少し違うようですし」

 いつの間にか近づいてきていた姉上が、私の手から銃をとり、ふ~むと唸っている。銃口から中をのぞいたり、弾が入るであろう箇所をいじったりしている。

「確かに、私が見知っているものとも違うようだ。改造されたものか。まあこんなものを使われたのなら、(ひる)むのも無理はないな」

 と、急にあまり見たことのない神妙な顔つきになり、

「ところで、これは預かっていてもいいかな?」

 と問われた。その顔を見てつい、

「え、ええ、いいですよ」

 とうなずいてしまっていた。まぁ、私が持っていても仕方がないものだ。姉上が欲しいというならその方がいいのかもしれない。

 続いて言われるままに、逃げられるまでのことの顛末(てんまつ)を聞かせた。


「ははっ、なかなか愉快な女の子じゃないか。脱出の手腕は見事だな。騎士を前にして堂々と嘘をつき、時間を稼ぐ度胸もある。さらにお前から貨幣入れをスリ取っていくなんて洒落もきいている。まぁ、すべてお前の未熟であるが故だな。もっと修行に励みなさい、修行に」

 やはり、いびられるために呼ばれたのかもしれない。

「他には、何か用はあるのですか。姉上」

 ため息をつきながら、笑う姉に尋ねると、

「いやっ、もう特にはないよ。よく話してくれた」

「では、もう帰りますよ。昨日からあまり寝てないんです。話した通りの事情でくたくたなんですよ」

「そうか、それはすまなかった。ならこれを持って帰りなさい」

 袋を手渡される、中を見ると金貨が入っている。

(いただ)けませんよ。それもこんな大金」

「でも、盗まれてしまって手持ちもほとんど無いだろう」

 確かにその通りだが、

「まぁ、どうしても気になるのなら、銃と情報の代金ということにしなさい。私にとってはそれくらい価値のあるものだったよ」

「はぁ、そういう事ならば遠慮せずに戴いておきますが」

 少々、(いぶか)しく思いながらも懐に収めることにした。


「ではっ、失礼します」

 部屋を出る。階段を下りると、

「あらっ、セイっ、セイじゃない」

 その声に後ろを振り向くと、階段横の扉から人影が現れた。

 その姉上のよりも落ち着いた色をした赤髪は母、テンネである。

「何か物音がするから起きてみたら、何してるの?」

「いや、あの、姉上に呼び出されてしまいまして」

「まぁ、母が『会いたいからたまには帰ってきなさい』と言っても帰ってこないのに、カイカの言うことなら聞くの?」

 今にも泣きだしそうな顔でそんなことを言い出す母上は、22歳の姉上と16歳の私を子に持つ身でありながら、性格も容姿も若々しいというか少女のようなというか。端的に言えば子供っぽいのである。

 よくこんな性格の母上からあの姉上が生まれたものだ。

「いえ、その、姉上には無理やり有無を言わせず連れてこられたというか」

「じゃあ、次からは母もそうするわっ」

「ええっ、勘弁してください。母上」

 母に捕まってしまっては、もうしばらくはこの調子だろう。

 まだ、私はゆっくり休めないのか。ため息が漏れる。


「セイっ! 聞いているのっ」「はいっ!」

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