第3話 王子 セイの姉弟の話-1
襲撃されてから翌日の日暮れ間近、ようやく王都にたどり着いた。
あのあと私は、馬車の荷台に気絶した人々を寝かせ、森を抜けたところの町まで運びこんだのである。気が付いた彼らに襲撃者を退け、荷は無事であることは説明した。襲撃者の詳細については三人組であったこと程度しか伝えなかったが、嘘はついていないし、その方が都合が良いだろう。
商人の使いには感謝されてしまった、何となくバツが悪い。
王都入り口の門に到着すると、門警備の当番をしていた同僚に簡単な報告をし、荷を預けてから、とりあえず自宅へ戻ることにした。
やはり疲れていた。そもそも気乗りしない仕事にあの襲撃である。精神も身体も疲れ切っていた。詳しい報告をするのは明日でも許されるだろう。
門をくぐって、大通りを進む、遠くを眺めると王や王妃たちが暮らす王城が小さく見える。もともとは私もそこに住んでいたのだが、騎士になるのと時を同じくして騎士たちの活動拠点である騎士庁の近くに住居を構えた。
大通りをしばらく進むと、左手に周辺の建物より二回りは大きい建物がある騎士庁舎だ。
庁舎の手前にある小さな路地を左へ折れ、突き当りにある建物へ入った。部屋のある二階に疲れた足取りで登った。
部屋に入ると、身体から力が抜けていくようだ。ベッドに腰かけ、装備を外していく。軽装になり寝転ぶと、懐からズシリとした重い物を取り出し、掲げるように眺める。
あの盗賊の彼女が使っていた銃である。魔法が直撃したらしく壊れてはいるが。
いくら考えても不思議である。こんなもの、見たことがないし、近隣諸国のうわさでも聞いたことすらない。私が以前見たあの大きい銃ですら、王国内で見たのは一度のみである。そんな珍しいものを盗賊が持っている、しかも改造されたものをである。分からない。
さらにあの女の子、かなりの手練れだ。いつもあの手の荷物を護衛しているような傭兵たちなら相手にならないだろう。騎士でもどうだろう、敵わない者もいるかもしれない。私も魔法がなかったならわからない。
考えていると瞼が重くなってきた。昨日の町でも興奮からか熟睡出来なかった。一度寝てしまおう。その方が考えもまとまるというものだ。
…………
……微睡みかけたその時、
『コンコン』とドアを叩く音が部屋に響いた。
咄嗟に、手に持っているものを懐にしまい、ドアに視線を向けた。
「どうぞっ」
取り繕いながら答える、
「失礼します。カイカ様の使いの者です」
とかしこまった格好をした男が入って来た。
「姉上の? 一体、何の用だい」
「『今すぐ、城に上がり、私の下に来い』とのことです」
「いますぐ?」
このタイミングで突然呼び出されるなんて、嫌な予感しかしない。しかも
かなり疲れている。できれば行きたくない。しかし、その使者の有無言わせないというような表情を見るに断ることは出来なさそうである。
軽くため息をつきつつ、
「わかった、着替えてから行くから、先に戻っておいてくれ」
と言うと、
「いえっ、できるだけ早く引き連れて来いという命令ですので、お待ちしております」
「はぁー、わかった、わかった」
そこまで言われてはしょうがない。急いで、上着を羽織り、その他諸々を身に着け、城に上がってもおかしくない程度の服装になった。
「じゃあ、行きますか」
姉上からの使者を連れ立って一階に降り、路地を大通りに向かうと、通りに馬車が待たせてあった。
「お乗りください」
使者がそういうので、その馬車に乗り込んだ。馬車まで用意するとはそんなに急ぎなのか。
いよいよ嫌な予感がしてくる。
姉上、カイカ・インシュールは現王の第三子で、私と同じ第三王妃の子である。私の兄弟達の中でも最も近しい関係だ。私より6歳上で22歳。
彼女は私とは違い、幼少時からその辣腕を振るい、美しい容貌と磨き抜かれた知性で、権謀術数渦巻く政治の世界を悠々と歩
んでいる。
その象徴ともいえる赤い髪は燃え盛る炎のような緋色であり、その髪色同様に激しく苛烈な性格は他の兄弟をおして敵わないと言わしめるほどである。その激しい性格は、最も近しい私に対しても変わらず、どころかより強烈に向けられるように思う。
彼女は戦闘においても優秀だ。剣、弓、槍その他諸々の武芸を扱う。特に槍術は日ごろ訓練している騎士たちに勝るとも劣らない腕前。魔法も強力である。指先一つで十数人の暴漢たちを一瞬にして消し炭にしたという噂が流れるほどだ。
さらに、彼女の持つ軍団の部下たちは手練れ揃いで忠誠心厚く、いざ戦時になれば怒涛の勢いで敵をせん滅するだろう力を有している。
そんな完璧かつ超人的な存在それが、私の姉、カイカ・インシュールである。
つまり、その強烈な姉からの突然の呼び出し、これはもう嫌なことしか想像できないのも無理からぬことだ。
できればこのままずっと到着せずにいてくれればと切に願うが、馬車が止まった。いよいよと思い、外に出るとそこは王城の敷地の端、母である第三王妃の屋敷、裏口の前であった。
姉上もここに暮らしている。裏口につけるとは、何か内密の話なのだろう。
門扉をくぐり、庭を進むと館が見えてきた。ちらと二階の窓を見てみると、人影が見える。
姉上だ。窓に映る堂々たる立ち姿だけでわかる。こちらを見下ろしているのだろう。まるで視線に重量があるかのようだ。ますます足取りが重くなってきた。 館裏の扉を開け中に入る。続いて入って来た使者の男が、
「二階でお待ちです」
と促す。ここで悩んでもしょうがない。がしかし、二階に行く前にこれだけは確認しておこうと、
「姉上は私に怒っていたのかな?」
と後ろについてくる男に聞いた。
「いいえ、そんなことはないと、思いますが、」
なんとも歯切れが悪い。そうやって二の足を踏んでいると、上から
「いいから早く上がってきなさい。」
と声が響いた。姉上は耳までいいようだ。
急いで、二階まで上がると廊下突き当りの部屋の前まで行き、静かにその扉を押し開いた。