第2話 盗賊 ヨークの話-1
かなり苛ついていた。あの馬車は確か悪名高い商人の荷を運んでいるのではなかったか。
騎士が守っているなんておかしいだろ。
しかもあの魔法、つまり王族か貴族ではないか。騎士で貴族でイケメンってどんな反則だよっ。
くそっ、儲かるはずの仕事だったのに、剣も銃も魔法にやられて拾えずじまいだ。外套ももう駄目だ。着れたもんじゃない。どれも気に入っていたのに。危険を冒し怪我した上に、短剣とこの程度の金じゃあ割に合わない。
苛つきを紛らわすために前を行くウータを軽く蹴飛ばした。
「何するすか、姉さん。」
と口ごたえするので、
「罰だっ!」
ともう一度蹴り、
「お前、もっとちゃんと調べとけよ」
と弟分の不手際を嘆いた。
「急だったし仕方ないですよ。馬車の中を見る暇なんかなかったですし。」
前を行くもう一人、サイがウータを庇う。
「わかってるよっ」
と言いつつ、サイにも一撃加えておいた。これは八つ当たりである。
それにしても、退避用のプランを決めておいてよかった。相手が一人だけだった事が幸運だった。何人もの騎士を相手に崖下まで誘導しつつ、時間を稼ぐなんていくらなんでも無理だ。
もしそんな状況だったら、今頃三人とも捕縛されてるか、首と胴がさようならだな。そんな想像をするとため息の一つも出るさ。
『はぁーぁ』弟分に八つ当たりも仕方ないだろう?
しかし、魔法ってのは凄まじいな。間近で見たのというか食らったのは初めてだ。まともに当たったらお陀仏かな? こんなヤバいもの、王族とその傍系である貴族しか使えないとかズル過ぎるだろ。精一杯の強がりであの騎士様を崖上からおちょくってはみたが、二度目のご対面は勘弁だな。
さぁ、この後の予定はどうするか。銃は幸い何丁か予備がある。でも、剣は新しく手に入れなくては、外套も作ってもらわにゃ、手痛い出費だ。そういえば煙幕玉も補充せねば。
先程盗った貨幣入れを覗いてみる。とんとんといったところか。
だが、前の二人を見る、こいつらにも分け前はやらなくちゃ可哀想だし、もう一度、深いため息をつきつつ頭を抱えるしかないのだった。
本来ならば、馬を奪って逃げるはずだったのに、このまま歩き続ければ、夜が明け空が白み始める頃には、宿営地にたどり着けるだろうか。
なんだか色々考えるのも馬鹿らしくなってきた、
「私は身体が痛む、お前ら交代でオンブせいっ」
とサイの背に圧し掛かりながら命令すると、
「勘弁してくださいよ、姉さん」
と文句を言いつつも、笑いながら私を背負って歩き出す。まったくかわいい弟分たちである。
そんなこんなで朝食前の時間には何とか宿営地にたどり着いた。周りのテントからは湯気が立ち、朝食の準備の音や香りがしている。活気に満ちた朝の風景だ。しかし、私は夜を徹して歩き続け疲労困憊である。後ろについてくる二人もそのまま地面に突っ伏して寝てしまいそうな顔だ。一刻も早く眠りたい。
急ぎ足で自分たちのテントに戻ると、入口の所に一人の栗色の髪の少女が立っているのが見えた。我が愛しの妹、アイリである。
「ア~イ~リ~ちゃ~ん」とご褒美をもらう飼い犬のごとく駆け寄ると、その顔にはいつものような徹夜の疲れも吹っ飛ぶ超絶可憐な笑顔はなく、妹様はかなり不機嫌なようだ。
「もうっ、ヨークお姉ちゃん、一体今までどこ行ってたのよっ。それになにっその恰好、ボロボロじゃない。何したらそんなになるの、もうっ!」
怒った顔もかわいいが、とりあえずなんとか取り繕おうと、
「それがさアイリっ、聞いてよぉ。お姉ちゃん、森で貴族のやつに魔法でいじめられたんだよう。剣もさぁ、銃もさぁ、このコートもさぁ全部やつにやられちゃったんだよう」
「だようじゃないっ! どうせまた悪いことでもしたんでしょう。武器持ってくなんて碌なことじゃないに決まってるでしょ。危ないことはしないでっていつも言ってるじゃない! もうっ、知らないっ。もうっ」
後ろを向き、背を見せるアイリの顔を覗き込む。
はっと息をのんだ。アイリを力強く抱きしめ。
「ごめんよ。ごめん、だから泣かないでおくれよぅ」
宥めるようにその背をなでた。
しばらくすると、落ち着いてきたのか、
「どうせ、何も食べてないんでしょ。朝ごはん作るから、水でも浴びてきなさい。ちょっと汗臭いよ、お姉ちゃん」
歩き通しだった体は確かにちょっと汚れている。本当は、このまま眠りたいところだが、せっかく良くなったアイリの機嫌を損ねるのも面白くない。言われたとおり、近くの水場で体を洗うことにしよう。
ウータ、サイの二人と別れ、水場に向かう道すがら
「朝から怒られてたね」「妹に心配かけ過ぎんじゃないよ」
と声をかけられ、
「うっさい、わかってるよ」
とあいさつ代わりに返す。彼らはいわば仕事仲間である。
この宿営地は20ほどのテントがあり、劇やサーカスのような見世物を生業としつつ旅をする人々の集まりである。国内まれに近隣の国にまで放浪し、興行を行い稼いでは放浪するを繰り返している。
こんな集団だから、人の出入りも激しく、事情あり気な人物も多いが、おおむね気の良い連中で仲良く暮らしている。私たちはおよそ9年、お世話になっており、劇団長夫婦には良くしてもらっているのである。
水場につき、茂みに隠れるようにして裸になる。腕や身体を見るとかなり傷ついている。水面を覗くと顔にも痣が出来ている。こりゃ確かにひどいな。心配されるのも無理はない。
『アイリ、ごめんよー』
と改めて心の中で謝罪しつつ、全身を洗い清めた。髪をワシワシと洗うと抜けた髪の毛の根元が栗色になっている。
「そろそろ髪を染め直さないといけないかな」
独り言を言う。
流れるような黒い長い髪は舞台映えするし、ここらでは珍しい髪色はお客さんの受けもいいのだ。
岸に上がり、身体を拭いて服を着る。すると何となく向こうの茂みから人の気配がする。覗きか?
「この変態がー!」
とそばにあった石を投げつけた。
『ガンッ』と痛々しい音がし、がさがさと茂みが揺れた。逃げていったらしい、気配が消えた。劇団のだれかだろうか。石は当たったみたいだし、こぶができる位の痛い目は見ただろう。
テントに戻ったら、アイリに水場へ行くときは十分気を付けるように言っておかなければ。
そろそろ、朝食もできたかな。早く戻ろう。
テントに戻ると、軽めの食事が用意されていた。温かい野菜のスープに舌づつみを打ちつつ、向かいに座るアイリに
「というわけで、水辺の痴漢に気を付けるように」
と注意、
「はいはい、というかお姉ちゃんが気を付けてよ!もうっ」
しばしそんな会話をしていていると、大きな欠伸が出た。
「お姉ちゃんもう眠いんでしょ? 今日の夜には出番があるんだから。身体持たないでしょ、ご飯食べたら寝たら?」
「うん、そうする。アイリ~、一緒に寝ようよ~。添い寝して」
と甘えてみる。
「私はこれからすることがたくさんあるのっ。馬鹿なこと言ってないで寝なさいっ」
と叱られ、寝床に押しやられた。
しょうがない、一人で寝ますか。服を脱ぎ、下着になって布団にくるまる。
全身から力が抜けていくようだ。昨日からの疲れが押し寄せてくる。
もう瞼が重くなってくる…………
……………
……