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第1話 騎士 セイの話-2

 そろそろ崖だ。彼はさすがの俊敏(しゅんびん)さで引き離しにかかるが、案の定、崖によって行く手を阻まれていた。


「もう諦めてはどうだ」

 と彼に問いかけるが、返事はない。 その不敵な態度に不信感を持ったが、いくら外套(がいとう)を着ているといっても、他の剣を隠し持っている様子は見受けられない。


 身構えつつもあと十歩程の距離まで詰めてた。すると、彼が手に小さな何かを持ち、こちらに差し向けている。瞬間危ないと私は素早く飛び退いた。


 爆発音と共に足元の地面がはじけた。


 さらに距離を取り、彼の手にあるそれを見つめた。先程の爆発音、それにあの形状から一つ思い当たった。

 銃と呼ばれているものである。ただし、私の知っているそれは彼の持っているものよりも遥かに大きく、王国内でもあまり見たことない代物だ。

 それ故に不思議だった。ただの盗賊である彼がなぜそんな珍妙なものを持っているのか、ただの盗賊ではないのか。だとしたら狙いは何なのであろうか。

判然としないまま、銃に二発目の弾を込めるのには時間がかかるはずだと思い出し、再び距離を詰めようとした。そこで二発目の爆発音、完全に油断していた。

 銃弾は右手に握る剣に直撃し、それを(はじ)き飛ばした。


 こうなると安易には近づけない、彼の持っている銃は以前見たことのあるものとは違う、三発目はあるのか?煙を()く銃口はこちらを向き続けている。


 そこで十分に距離をとってから、右手に集中し猛烈な台風のような風を意識する。右手を上から下に扇ぐように動かすと一陣の風が私と彼の間に砂を舞い上げ目隠しをした。次の一瞬左手に創りあげた炎球を彼に向かって放つ。


 やったかと思ったが、外套を脱ぎ手に持ち、盾のようにして威力を弱めたらしい。彼は多少の傷を負いながらも、そこに立っていた。


 そして、この時はじめて私は本日一番の思い違いをしていたこと気付いたのである。


 先程まで戦っていた盗賊の頭目は、力強いながらも細い腕に脚、腰はくびれ、少々目つきは悪いが華やかな美しい顔、流れるような長い黒髪、つまり、彼ではなく彼女、女の子だったのだ。


 驚きのあまり、ジッと彼女を見つめて動けなくなってしまった。


 すると、この日初めて彼女が口を開いた。


「騎士様っ、申し訳ございません。私はここから半日程いったところにある村の娘でございます。私としてはこんな強盗のような卑劣(ひれつ)な真似はしたくなかったのでございますが、年老いた母と幼い弟を悪漢(あっかん)たちに人質に取られ、強要され致し方なくしでかしてしまった次第であります。それと申しますのも……」

 と、涙ながらにつらつらと延々語り続けていたが、彼女の口調はいかにも演技臭く、露骨(ろこつ)だ。手口も手馴れてる上にあんな戦闘を繰り広げておいて、よくもまあ嘘を並べ立てられると感心するほどである。


「5歳の頃からの貧しい暮らし、やっと安住の地と思った場所も、山火事で失ってしまいどうにかこうにか生きてきたのです。その日暮らしの生活が続き……」


 放っておくといつまでも喋り続けそうなので、

「いい加減にしろっ。君が主犯格であることは分かっている。」

 と腕を掴むと、彼女は急に私の胸に飛び込み、その小振りな胸を押し付けつつ、涙を流しつつ上目遣いで

「騎士様っお許しくださいっ。」

 と迫ってくる。

 女性にあまり免疫がない私は、その気迫に押され少々たじろぐ。

 その時、『ピューッ』というあの甲高い音が、上空から響いた。


 直後、『ゴトッ、ゴトッ』と重い音が足元に聞こえ、下を見ると手のひらに収まるほどの(かたまり)が二つ、『バシュ』という短い音と共に大量の煙幕が周りを(おお)った。


 驚いた瞬間、胸の中にいたはずの彼女は消え失せていた。


 しまったっ、左手を大きく扇いで風を起こし、煙幕を一気に吹き飛ばし辺りを見渡したがやはり居ない。

 しかし、上空に気配を感じ見上げると、崖上からたらされた縄にぶら下がりながら急上昇している彼女がいた。誰かが崖上から縄を引き上げているらしい。先程別れて逃げた二人だろうか。


 彼女はもう崖を登り切るところまで引き上げられていた。

 崖を迂回するか、いやっもう間に合わない。馬車をこれ以上空けるわけにもいかない。もう追う手立てはない。私はその場に立ち尽くし呆然と崖上を見つめていた。


 すると彼女が不意に崖の淵から顔をのぞかせ、右手の人差し指と中指だけを立てこちらに突き出しつつ、「さらばだ。騎士様っ。」と大声で叫び、再び消えていった。

 最後のよく分からないしぐさは何だったのだろう。彼女には最初から最後まで驚かせられっぱなしだった。なんと報告すべきだろうか、一応荷物は守ったのだから、なるべく恩を着せるように商人どもに言えばよいか。


 そんなことを考えつつ、弾かれた剣を拾い、腰に差そうと手をやると違和感に気付いた。

 腰につけた短剣と貨幣入れが無い。

 本当に最後までふざけた女である。疲れ果てた私はもう笑いしか出てこなかった。

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