第12話 王子 セイの逡巡-2
言い終わると同時に、爆発音。顔のすぐ横、弾丸が空を切り裂いていく。
次の瞬間、目の前に刃が迫る。体をひねって躱す。
二発目の発射、足を掠り、バランスを崩したところに、繰り出された突きを転がるように躱す。
一旦、大きく距離をとる、彼女は手に持つ銃を大きく振るように動かす。すると、空の弾が弾きだされた。
返す手で弾を込める。弾を込める時の隙が少ない。
彼女を見る、闘っている最中も彼女は笑顔だが、まるで泣いているようにも見える。
くそっ、彼女を止めるにはどうすれば、出来る事ならば傷つけたくはない。
三発目の銃声が響く、彼女の身体の外側に回り込むように左側に翻る、照準が遅れるのではと期待した。
しかし、次は銃弾の代わりに投げられたナイフが服を切り裂く。音もなく、迫るナイフに驚く。ソンダーツもこれでやられたのか。
そう思った時には彼女の飛び蹴りが胸のあたりに命中、後方に弾き飛ばされる。
まずいっ、やられる。そう覚悟したが、彼女の銃はソンダーツの方を向いている。あくまでもソンダーツが標的らしい。
ならば、四発目が発射される直前、ソンダーツに向けて手を大きく仰ぐように動かし風を起こす。まだ座り込んでいる彼の身体は風に煽られ移動、弾はその少し手前に着弾。
左手に作った炎弾を彼女の手に向かって放つ。銃を弾き飛ばす。
しかし、彼女はまだあきらめない。近くに落ちていた剣を拾い、彼に斬りかかろうとする。
二人の間に入り、剣を抜き、その剣撃を受ける。不意に彼女が視界から消える、足元を見る、しゃがみ込むようにしての低い一閃。
飛び上がり躱す。と同時に、剣を振りかぶり、相手の剣めがけて強引に振り下ろす。彼女が剣を取り落とす。
それでも、懐からナイフを取り出し攻撃を続けようとするので、彼女に飛びつき、取り押さえようとするが、勢い余って二人とも倒れ込む。
まるで、彼女を組み敷いたような形になってしまった。
「なんでだ、何で邪魔をする。あいつは、あいつは……」
彼女の顔にもう笑みはなく、ただ、涙を流しながら、私を睨み付ける。
「済まない。でも、さっきも言ったように彼は恩人なんだ。何の事情も分からないのに。 君の望みを叶えさせることは出来ない。せめて、事情を聴きたいんだ」
すると、
「そうだ、事情があったんだ。事情がね。」
すぐ背後で、ソンダーツの声がする。ヒヤリとした。首下で冷たい光が輝く。
「セイ、そのままこいつを殺すんだ。君の同僚を四人も殺した奴だぞ。何も遠慮することはない」
冷たい声が響く。喉にナイフが食い込む。すると下からも声が、
「王子さま、コイツにゃあんたは殺せないさ。何のためにこいつがここに来たと思っているんだい。この男はカイカ王女が怖いんだ。だから、人質としてあんたが必要なのさ」
彼女の顔に笑みが戻っている。
「それは君も同じだろう。だから、セイを殺すチャンスはあったのに、しなかった」
「まぁね」
彼女もそれを否定しない。二人の真っただ中に挟まれ、命の危険に晒されな
がらも、事態はまるで自分とは関係のないところで起きているような、そんな気がする。
まるで私と言う人間はこの場にいないかのようだ。また姉上の企みのせいか。混乱する頭が芯から冷えていく。
「いくら、脅してもこの娘を殺したりはしませんよ。貴方に事情を聴くまでは何もしない」
自棄になった様に振り返り、ソンダーツを睨みつける。
「ならば、退けぇ! 私がやってやる!」
ソンダーツは体の怪我をものともせず、軽々と私を片腕で突き飛ばすと、ナイフを振り上げる。
しまった。そう思った瞬間、
『バンッ』短く大きな破裂音。
『スタタッ』と何かが滴る音。
視線の先には眉間から血を流すソンダーツがゆっくりと仰向けに斃れていく様。
『どさっ』
静かな城内にその音だけが響いた。
ヨークの方を見る、彼女の握り込んだ右手から煙が立ち上る。その視線に気付いたらしい。こちらに何かを投げて寄越す。それは、手の平に隠れるほどの大きさの鉄の筒。
「緊急避難用の単発銃さ。奥の手ってのは最後の最後までとっとくのが定石だよ」
そう笑いながら語る。
まさか、ソンダーツを殺す最後の最後まで演技をしていたとでもいうのか。彼を確実に殺すために。いや、そんなはずはないさ。
あの涙は本当のはずだ。
おそらく、たぶん。恐ろしい考えを追い払うように頭を振る。
「どうしたんだい、王子さま」
そんな様子が可笑しかったのか。ヨークがクスッと笑う。
「まぁいいや、これでほとんど仕事は終わりだ。まったく骨が折れたよ」
彼女が立ち上がり、銃や剣などを拾い身に着け、身支度を整えている。すると、
「でも、最後の仕上げが残ってる」
と言いつつ、城壁の縁に上る。
「おいっ、危ない……」
言いかけると、ヨークは人差し指を立て、「静かに」と言う仕草をする。耳を澄ますと、城内の方から大勢の足音が響く。そりゃそうだ、あれだけの騒ぎがあれば、ここに人が集まるのも当然のこと。
「うわっ、なんだこれは」「死体だ」「何があったというんだ」下の道で騒ぐ声が聞こえてくる。そうしているうちに、
「誰だ、そこにいるのは」
こちらに気付いたらしい。
「私だ。セイだ」
正直に答える。
「セイ王子っ。一体なぜこんなところに」
「いやっ、それよりもなぜこんなことに」
予想外の惨状に驚いているようだが、近衛騎士たちは仕事をこなす。
「いやそれはその……」
なんと言えばいいのだろうか、説明すべき言葉が見当たらずに言い淀んでいると、突然、城壁の上の彼女が大声で語りだした。
「すまねえ、憂さ晴らしがしたかっただけなんだ。許してくれよ」
急に何を言い出すんだ、彼女は。
「いつも、貴族のやつらにこき使われて、蔑まれて。なあ、あんたもわかるだろう。こんな鼻持ちならねえやつらに、へいこらして生きていくなんてやってられねえだろう」
ヨークは皮肉に笑いながら続ける。
「だからさ。ちょっと、ちょおーとだけ、懲らしめたかっただけだったんだよ。舞台でも、ここでも。だからさぁ、何とか許してもらえんだろうか、なぁ。よろしく頼むよぉ」
ここで、急に声色を怯えたように変え、
「なぁ、待ってくれよ。なぁ、話せばわかるって。なぁ、っておいっ、まってくっ」
「うっ、ギャー」
剣を振り、地面にぶつけ、大きな音を鳴らす。
「助けてくれ、何でもするから」
手のひらを切り、血飛沫を撒く。
「ぐえぇ、うわー」
そして、ヨークは城壁から飛び降りた。
しばらくの後、『バンッ』水面に叩きつけられる音。ここは結構な高さだ。いくら自分から飛び込んだとはいえ、無事では済まないんじゃないか。
急いで、城壁の縁から乗り出して見てみるが暗すぎてよくわからない。大丈夫なのだろうか。いや、考えるのはよそう、彼女が何の手立てもなくこんなことをするとは思えない。
「フーッ」一つため息が出る。今回も、やはり彼女には最初から最後まで驚かされっぱなしだった。相変わらず演技はくさいが。
「セイ王子、大丈夫か」
先程の近衛騎士たちが城壁の上まで登って来ていた。
「ああ、私は大丈夫。賊の方は剣で斬りつけたから、かなり深手を負っているはず。この城壁から堀に落ちたようだから。おそらく生きてはいないと思うけれども一応捜索を」
彼女の真意の全てを汲みとれたわけではなかったが、とりあえず、そう言い繕っておいた。
一体、何が正解で、真実なのか。まだ頭が混乱している。この答えを知っているのはあの人だけだろう。
必ず、話を聞かせてもらわなくては、姉上、カイカ・インシュールに。




