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第1話 騎士 セイの話-1

 協議歴(きょうぎれき)六十七年、インシュール王国の騎士である私、セイはその日、暗い森の道を王都に向かって進んでいた。

 ゆったりゆったりと進む馬車の中で、

「こんな事をするために騎士の職に就くのを願ったわけではなかったのに」

 とひとり不満そうに呟いた。

 こんな事とは、要するに強欲(ごうよく)かつ怪しい噂の絶えない大商人とやらの大事な荷物を守りながら、王都まで無事送り届ける事である。

 どうせ、この荷物だって(ろく)なものではないはずだ。

 この国の騎士団は、清廉(せいれん)かつ質実剛健(しつじつごうけん)(むね)とし、平時(へいじ)には国家の治安・国民の安全を守護する活動に従事しており、通常はこういった個人的な汚れ仕事などしないものなのだが、私には少々事情があってせざるを得なくなった。


 その特殊な事情を説明しようと思う。

 今から16年ほど前、私はこの国の王の子として生まれた。つまり世にいう王子だ。といっても現王の第5子で権力の弱い第三王妃を母に持つ私は、王座や世継ぎなどといったものからは隔絶(かくぜつ)しているといっても過言(かごん)ではない。

 そういった身の上から、私は幼いころから兄達に見下され、嘲笑(ちょうしょう)の的にされ続けてきた。


 王族の子は後々、政治的要職に就き、私設の兵団を組織し戦時に備えるのが慣習であるが、そもそも権謀術数(けんぼうじゅっすう)渦巻く政治というものに嫌気がしていた私がそんな状況を打破(だは)すべく、国家の治安・国民の安全を守り、個人の能力によって認められる騎士の職で身を立てようとしたのは当然の成り行きだったのかもしれない。

 こうして私は父である王に()い、一介の騎士として騎士団に入隊することと相成ったのである。

 しかし、念願かなって騎士となったのに、王家の因縁(いんねん)や政治的な権謀からは逃れられないらしく、今回舞い込んだ仕事がこれである。

 つまり、鼻持ちならない大商人は第二王妃の生家と懇意(こんい)にしており、王家や中央の政治に対して多大なる資金を提供しているようで「今回の重要な荷を是非とも、我が国の優秀な騎士団に護衛してもらいたい」という頼みを王家としては断りにくかったのだ。

 そこで白羽の矢が立ったのが私だ。

 ある程度の自治を保障している騎士団に命じづらい。さらに借りも作りたくなかったのであろう。

 王家の人間でありながら騎士でもある私が選ばれたのである。

 そういった事情により、何とも言えない欝々(うつうつ)とした気持ちで私は馬車に揺られていたのだ。


 外を眺めると小高い丘が見えてきた、森も残り3分の1程度まで来たということだ。王都まであと一両日(いちりょうじつ)はかかるだろう。どうせ急ぐ旅ではない。

 暗くなってきた。森を抜けたところにある町で夜を明かそう、同行している者たちにそう伝えようとしたその時、馬の鳴き声が響き、馬車が大きく揺れたかと思うと急に止まってしまった。


 何事かと思い、馬車の外に飛び出し最初に目に付いたものは、黒い仮面に黒い外套の全身黒ずくめの不審な三人の男たちであった。

 黒い仮面の三人は馬車の乗り手や商人の使いらを手際よく殴りつけ気絶させると、飛び出してきた私に気付いたようだった。

 相手は一瞬こちらを見て怯んだように見えた。突然馬車から騎士の服装をした男が現れたから無理もないだろう。強盗だろうか? 個人的にはこのまま荷をくれてやりたい気もしたが、騎士としての面目(めんもく)や王族の体面(たいめん)を考えるとそうもいかない。

 腰に差した剣を手に取り、三人に向かって歩を進めた。

 すると、三人のうちの一人が手に持っていた木剣をこちらに向けて投げつけてきた。気乗りしない仕事で、油断していたのだろう、それに虚を突かれてしまった。


 しまった逃げられると思った瞬間、剣の切っ先が目前に迫っていた。木剣を投げてきた一人が斬りかかってきたのだ。

 直前で身を(よじ)り、地面に転がるようにしてそれを(かわ)すと、それ追いかけるように、二撃目、三撃目が素早く繰り出される。転がりつつ避け、相手の足を狙い地面を()でるように剣を振るう。

 しかし、それも跳ねるようにして逃げられた。


 ここでようやく相手と距離を取り、剣を構えつつ相対(あいたい)することとなった。私は少し驚いていた、盗人風情(ぬすっとふぜい)が騎士に対して斬りかかってくると思わなかった。それもなかなかの剣の技量である。

 このままだと一人は捕まえることができるかもしれないが、あと二人はどうだろう、厳しいかもしれない。


 そんなことを考えていると、不意に相手が小刻みに跳躍(ちょうやく)しつつ、体の左右に車輪を描くように手首を柔らかく使い剣を振り回している。独特なリズムだ。


 すると、急加速し間合いを詰められ、まるで上下左右いたるところから剣撃が伸びてきているように感じる。凄まじい速度だ。なんとか凌ぎつつ一撃を返したが、空を舞うかのように宙返りで躱された。拙いと思い距離をとるが、相手はまたリズムをとっている。


 このままでは逃げられるどころではない。


 奥の手だがしょうがない、剣を構えつつ左手に意識を集中し炎を強烈に思い描く。すると、掌の中に光が収束し、次の瞬間、炎の球が創り出された。それを相手に向け押し出すようにすると勢いよく放たれた。魔法である。

 騎士であるからには剣で決着をつけたかったが、相手を全員捕まえる為には致し方なかった。


 炎球は真っ直ぐ相手に向けて突き進んでいき、炸裂した。咄嗟(とっさ)に防いだようだが剣と仮面を弾き飛ばす程に威力はあったらしい。


 急いで追撃に出ようとしたその時、『ピューッ』と甲高い音が響いた。

 その音が聞こえるや否や、先程まで傍観していた残りの仮面の男たちが二手に分かれて逃げ出したのである。


 どうやら、闘っていた男が魔法を受けてすぐ、予め決めていた逃走の合図を出したらしい。彼が頭目(とうもく)なのだろうか。

 そして、頭目らしき男も逃走し始めた。私は頭目を追うことにした。いくら強かろうと武器を待たない相手に後れを取ることはないし、彼が逃げていく先にはあの丘が見える。


 あの丘はこちら側からは崖になっている。つまり行き止まりなのだ。

 彼を捕らえれば、後はどうとでもなるだろう。

 そう思えた。

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