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第6話 騎士 セイの騎士団の話-1

 目が覚めると、窓の外から朝の喧騒(けんそう)が聞こえる。

 この家は大通りに近いため市場へ急ぐ人々や荷馬車の音、物売りの声などが聞こえてくるのである。毎朝、目を覚ますにはちょうどいい朝の音だ。

 今日も今日とて朝から仕事である。騎士の仕事といっても、いつもいつも斬り合いをするようなものではない。今日の仕事は王都の入り口の門番である。王都に入る人や荷物を調べ、危険な物、風紀(ふうき)を乱すものを取り締まる。王都内は特に風紀が厳しく持ち込めないものも多い。


 そもそも、騎士の仕事は平時においては三つに大別され、それぞれに隊が組織されている。

 一つが王城や王族を守護する近衛(このえ)隊、王都もしくは大きな都市において門番や市中警備を行う警備隊、そして国内を巡回し都市間での騎士の連絡や情報収集、街道その他の治安維持を行う周遊(しゅうゆう)隊が存在する。

 もちろん門番たる私は警備隊所属である。


 さて、朝食はどうしようなどと考えていると開門の時間が近づいていることに気が付いた。食事は後だ。とにもかくにも、いったん騎士庁舎に向かわなくては。時間はまだ余裕があるが、あんまりのんびりもしていられない。登庁の記録をしないと遅刻扱いにされてしまうのだ。

 騎士の制服を手に取り、さっさと着替えて大通りへと向かうことにした。


 騎士庁舎の玄関をくぐり、登庁の記録をし、門番の記章を身に着けた。ふと、玄関広場中央の大階段が目に入った。そういえば、十日ほど前だったか、ここであの人に捕まったのは。あの人とは騎士団長のオウザである。


 姉にいびられ、母の話に明け方までつき合わされたその数時間後、ほとんど寝てない私は疲労困憊そのものの顔をしながらこの大階段の前に立っていた。

 その時、後ろから「ガハハッ」とまるでがなるように大きな笑い声が聞こえた。団長の声だ。振り向いて挨拶をと思った瞬間、ムンズッと大きな手で首根っこを捕まえられ、そのまま庁舎の最上階にある団長室まで連行されたのである。 何事かと思うと、荷馬車襲撃の件の報告を求められた。今日にでも報告書にして警備隊長に提出するつもりだったため、不思議には思ったが、五十を過ぎてもなおその驚異的な武勇で騎士団を治める団長に逆らえるはずもなく、言われるがままに事実を告げた。すると、

「セイ、このことはカイカ王女と俺以外に口外するな。わかったか。わかったな。警備隊長以下には俺から言い渡しておく。いいなっ」

 念を押すように言われ、その迫力に、

「はいっ」

 と首肯するしかなかった。

 姉上の影がちらつくのが言いようもなく不安ではあるが、それ以上追及することなどできようはずもなかった。


 そういった理由からあの件を話したのは実はたった二人だけだ。だから、団長がどういう風に隊長に伝えたのかはわからないが、手強い三人の襲撃者を命からがら退けたという話が隊内に武勇伝のごとく伝わってしまい、ここ何日か気恥ずかしくもやもやとした心持で過ごす羽目になってしまった。

 まったく姉上が絡むといつも碌なことにならないな。


 ため息をつきつつ、警備隊の詰め所に向かおうと出口に目をやると一人の騎士が入ってくるのが見えた。二人いる副騎士団長の一人、ソンダーツである。(にわ)かに緊張した。なぜかといえば、私にとって最も尊敬する人の一人だからである。


 私がまだ幼かった頃、母の地位がほかの王妃よりも低い事、さらに私の魔法が他の王族・貴族の子供たちよりも弱かった事を理由に(さげす)まれ、(いじ)められていたのだが、そんな折に(もよお)されたある貴族の晩餐会の端で一人いじけていた私に声をかけてくれたのが、その時警備の仕事で来ていたソンダーツである。

 彼は私の話に耳を傾けてくれて、その後、魔法での不利を補うべく剣術の指南までしてくれた。その上、騎士団に入ることへの示唆(しさ)を与えてくれたのである。つまり、彼は私にとって剣術の師であると同時にあの境遇から救い出してくれた恩人なのだ。


 久しぶりに会えたことが嬉しくて彼に駆け寄り、

「おはようございます。ソンダーツ副団長」

 と笑顔であいさつすると

「ああ、セイか。おはよう、久しぶりだね。健勝なようで何よりだね」

 いつもの神経質そうな微笑で答えてくれた。


「珍しいですね。こんな朝早くから騎士庁にいらっしゃるなんて」

「ちょっと、団長に進言することがあってね。もう行かなくては。機会があったらまたゆっくりね」

 急いでいるようだ。

「はいっ、ではまた」

 階段を昇っていく彼に頭を下げる。


 ソンダーツを尊敬する理由は、もちろん恩人だからだけではない。若くして騎士団の副団長に任ぜられたソンダーツはその神経質そうな面持ちに似合わず豪胆な剣術を用い、強者揃(つわものぞろ)いの騎士団の中でも五本の指に入る強さを持ち、王国の政治家たちも敵わぬほどの豊富な知識を兼ね備え、騎士団長に意見をできる数少ない人間の一人なのである。

 実力も素晴らしく優秀なのだ。彼のようになりたいと、騎士団を目指す者たちもいる位である。もちろん私もそんな中の一人であるわけだが。


 更に最近、その実績によって彼は王国から武候(ぶこう)という地位を与えられた。

 武候とは武勇によって王国から認められ、貴族に準じた地位とされる家または人のことである。この地位に任ぜられた者は小さいながらも領地を与えられ、古くからその地位に就く家の中には弱小貴族よりも強い力を持つ者もいる。

 しかしながら、このことが今、騎士隊内に少々不穏な噂をもたらしている。


 その噂とは、王国史上最も古参の武候の家柄である騎士団長オウザと新進気鋭のソンダーツの派閥が出来つつあり、あちこちでいざこざや衝突が起きているというのだ。確かにソンダーツは革新的で自らの意見を主張するのに誰に(はばか)ることもないし、オウザも歯に衣着せぬ物言いをするので言い争うことはよくある。

 ただ、以前このことをソンダーツに何気なく尋ねた時には、

「ははっ、派閥なんてそんなものはないね。ただ私は正しいと思った事をすぐに口に出してしまうきらいがあるから、団長と言い争うことは多いね。だからそんな噂も流れるんだろうね」

 と微かな笑みを浮かべながら否定していた。まぁ、そんなところではないかと私も思うのだが、しかし、隊内に僅かながら緊張感をもたらしていることは事実である。

 それに、事実がどうであろうと若い騎士たちの間で「俺はオウザ派、いや俺はソンダーツ派だ」などの話題が会話に上るのは止めようもない。


 はぁ、まったく嫌になる。王族や王国政治の陰険な駆け引きや策謀に嫌気がさして騎士になったというのにしがらみばかりが増えていくような気がする。オウザもソンダーツも尊敬すべき騎士である。どちらかに味方するなどできれば御免こうむりたい。

 そんなことに頭を悩ませていると、もう開門まであまり時間が無くなっていた。

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