第5話 転生者 の半生-2
今から九年前、私が五歳、アイリが三歳の頃である。
それは最初、近所の村からの風の噂であった。昨日の夜、森の深いところで何かいざこざがあったらしく、すごい物音が森中に響いていたというものだ。親たちは子供に「しばらく森の中には入るな」と注意していた、もちろん子供たちはそんな事気にもしていなかったが。
そんなことがあった翌日、森に薪や食物を取りに行っていた父が一人の男を連れて帰ってきた。その男は、ひどく怪我をしており息も絶え絶えといった感じ。父は、
「村近くの洞穴にいたんだ。怪我をしてるみたいだから」
優しい父のことである。見捨てることなど出来なかったのだろう。がしかし、私はどう考えても嫌な予感しか湧き出てこなかった。そんな私の不安を見て取ったのか、
「心配するな。十分周りには注意して運んできたさ」
と父が笑顔で言うので、私は何も言うことが出来なくなり、ただ何事も起こらずこの男が村を出ていくの祈るのみであった。
怪我人をベッドに寝せ、父と母がそばで看病をしている。それをアイリとともに部屋の入り口から覗いているとまだ喋るほど回復はしていないがどうやら少し落ち着いてきたようだ。寝息を立てるその男に父と母は安堵していた。
翌日の夕方、私はいまだに寝息を立てているその男を警戒して、小さなナイフを手に部屋の入り口で見張ることにした。
その時、大きな悲鳴が村の入り口の方から響いた。驚いて窓に近寄り声のする方に目をやると、武器を持った一団が村の人々を斬りつけながら、何かを探しているようだった。すぐにピンと来た後ろに寝ているこの男のことだと。
すると勢いよくドアを開き、部屋に入ってきた母は私に駆け寄ると角にある戸棚の開きに私を押し込んだ。
「絶対にここから出てはだめよ!いいっ、何があってもよ」
鬼気迫る母の顔に私は頷くしかなかった。
どんっ、と大きな音がして揺れた。隙間から外を窺うと斬りつけられ怪我をした父が、床に倒れている。すると、ドアから姿を見せた男が、
「こんな所にいたのか。まったく手こずらせやがって」
そう言いながら、ベッドの男に剣を突き立てた。男は「ぐふっ」と声にならない音を立てぐったりと動かなくなった。
「この男からなんか聞いたかね? あんた達」
剣を突き付けながら、男が両親に尋ねる。
「いいえっ、なにも。ぐっ……」
一瞬だった。質問に答えようとした父に向かって男が剣を振り下ろした。そして母に近づくと、
「すまんね。信じてあげたいところだが、危険を冒すわけにはいかんのだよ」 と、剣を薙いだ。
永遠とも感じる一瞬の後、『どさっ』と床に倒れ伏す音が聞こえた。
戸棚の隙間から両親が血だまりに倒れている様を見て、自己嫌悪と恐怖で半狂乱になりそうだった。
またしても、何もできなかった。なんでいつもこうなんだ。私には家族を持つ資格がないとでもいうのか。
手の中に握りしめているナイフに気付いた。このまま斬りかかれば一矢報いて死ぬことができるかもしれない。そう決心し、扉に手をかけようとした。
その時、一つの違和感に気付いた。そうだっ、アイリがいない。アイリはどこだ。そういえば今朝、近所の家のサイ、ウータと一緒に森に行きたいと言っていた。怪我人を見張るため駄目だと言ったが、ワガママ盛りのアイリだ、おそらく森に行っていることだろう。
そうなると話は違う、森から何も知らずに帰ってくる三人をこいつらが殺さないはずはない。
なんとしても、妹たちを助けねば。気持ちは固まった。
隙間から覗くと、男がいなくなっている。
そっと戸棚から抜け出す。父と母の遺体がある。
「父さん、母さん、ごめん、ごめんなさいっ」
もう動かない二人に謝ろうとするが、次から次へと流れる涙でほとんど声にならなかった。しかし、
「アイリのことだけは、守ってみせるから」
そう呟くと、森に向かって家を駆けだす。
後ろを振り向かず、ただひたすら森に向かって村を走り抜ける。村はそこかしこで悲鳴が上がっている地獄絵図だ。
途中、遠くの敵兵に見つかったが逃げようとする村人が彼のそばを通った為、注意がそちらにそれたらしい。あの傷を負った男の話を聞いている可能性が大きい大人を先に口封じしたいのだろう。それに、周りは森で人里は少ない、小さな子供一人なら生きてはいられまいとでも思ったに違いない。
なんとかそのまま森にたどり着いた。いつも遊び場にしている所に向かう途中、大きな木の陰から泣き声が聞こえた。
覗いてみると、アイリ、ウータが泣いているのをサイが必死に庇うように覆いかぶさって隠れていた。
「お前たちっ! 無事だったか」
「おねぇちゃんっ!」
三人が一斉に突進するかの如く抱き着いてきた。サイの話を聞くに森から帰る途中、村の様子がおかしいと思いこっそり入り口付近まで行ったが、そこで怪しい男に見つかり、森に戻り隠れていたらしい。
「サイっ、よくやった。でも、ここも危険だ。森の奥深くまで逃げるぞ」
アイリの手を取り行こうとすると、
「おねえちゃん、パパとママは?」
泣きながら尋ねるアイリに、
「……」
何も答えることができなかった。
「今だけ、今だけは言うこと聞いてくれ。アイリ。後でどんなことを言われてもいいから」
そう、何を言われても、どんなに憎まれ嫌われても。生き延びねばならない。アイリを、家族を守るために。
アイリは何も言わなかったが、よほど私が鬼気迫る顔をしていたからなのか、意外にあっさりとついてきた。サイもウータの手を引きながらそれに従う。
三人を引き連れ、森をしばらく歩いた。泣くアイリや駄々をこねるウータを宥め、励まし進んだ。あれはどれくらいだっただろう。丸一日以上は歩いたと思う。碌に食べるものもない。三、四歳のこどもにとってはかなりの極限状態であったに違いない。
かくいう私も意識的には二十を過ぎているが体は五歳の子供のものである。いくらか他の子より発達しているといっても限界に近かった。疲労からかそれとも私の放つ殺気のような空気を読んでか、誰も何も話さなかった。その時、
「おねえちゃん、あれ」
サイが行く手の先に煙が立ち上っているのを見つけた。
村を襲った奴らの二つの大きな誤算、一つは私が転生者であったこと、そしてもう一つは旅の劇団の宿営地が比較的村から近い位置にあったことだ。
その宿営地にたどり着いたと同時に、私たちは皆、気絶してそこに倒れ込んでしまった。