第5話 転生者 の半生-1
『少し昔の話』をしよう。
時は十五年前、所はインシュール王国の山奥の村。
そこで私は、働き者の農夫である父ユークとその良き妻である母アイシの間に長女として生まれなおしたのである。
そう、不幸にも若い身空でその命を散らした日本人青年はこの新たな世界に女の子として転生したのだ。
生まれた直後は大混乱である。英語・仏語・独語などとは全く違う、おおよそ聞き及んだことのない言語で話す周りの人々、言葉を発そうにもまったくゆうことを聞いてくれない身体、息を吸うたびに呼吸は大きな泣き声となって発散されていく。
なんとか周りを把握するため動こうとするが、手足は思い通りにはならずにじわじわと微動するのみだった。
そんないかんともし難い状況も、数日経つとぼんやりと解ってくる。当たり前だが、日本ではないこと、自分がいま赤ん坊であるらしいこと、更に女になってしまっていること、そんな自分が置かれた状況が日常生活を過ごしていくうちに徐々に理解させられていくのである。
これはなかなか恐怖である、と同時に興味深くもあった。一体これからどうなるのだろうと。
それからというもの、自由に動かせない体をなんとか動かそうとしては疲れ果てて眠り、母や父の喋る言葉を聞いては覚え、話してみようと試みては言葉にならない呻きを上げるだけの毎日であった。
しかし、優しい父と美人の母のあふれんばかりの愛を一身に受けて過ごす毎日は幸せでもあった。
ただ、何しろ意識の上では十九歳なのに自由の利かないこの身体では暇でしょうがないのである。その暇に飽かせて毎日毎日そんな試行錯誤を繰り返していれば、普通の赤ん坊よりも育ちが早いのも当然で。
半年後には、這いずり回りながらなんとか一人でものにつかまり立てるようになり、行動範囲が増えてきた。そうして周りを見てみるとこの世界はどうも現代の地球ではないような気がする。家が童話で出てくるような木と石造りのもので服装も何となく古めかしい。電気が通っている感じもなく。ランタンやランプのようなもので灯りをとっている。
もしかすると過去の世界にタイムスリップしてきたのではと思った時もあった。
一歳も過ぎると、一人で歩き回ったり、簡単な言葉で会話をするようになり、父と母は他の子に比べ早い成長に驚いていたが、私はよりこの世界を知ることができるようになった。
ある程度想像していたことだが、ここは今までと生きていた世界とは、違う異世界であるらしいということが分かった。なぜなら、この世界の景色はパッと見た感じでは、確かに地球のそれなのだが、細部が異なるのである。
犬のような生き物に尻尾が二本生えていたり、牛のような生き物に羽らしきものが生えていたり、木々が見たこともないような変色をしたりといった具合である。鶏や豚のようなものを家畜にしたり、植物を栽培したりと生活様式はさほど変わらないのにあらゆるものが微妙に違う不思議な感じであった。
一歳も中頃になるとものを食べさせてもらえるのも嬉しかった。母乳を飲んでいた頃もそれはそれで良いものだったが、なにしろ一年半以上まともな食事をしていなかったのだ。それほどおいしいとは言えないものだが、味のある固形物を口にするのがこんなにも心躍るとは前世では思いもしなかった。
二歳になるのもあと少しの頃、二つほど大きな驚きがあった。
一つは魔法の存在をついに知った事である。いつか60年ほど前にあった大きな戦争の話を父が昔話のように語っていたことがあった。その内容は敵の軍隊を魔法の炎で撃退しただの、ドラゴンを雷の力で退けただのといった夢物語のようなものだったが、どうやら本当に起きたことらしい。父が戦場にいた祖父から直接聞いたことを私に語っていたようだ。
たどたどしくも父に質問すると、王様やその家族つまり王族や貴族しか魔法を使うことができないこと、伝承では魔法は火や風や雷、土などの自然物に宿る精霊の力を借りることでできるらしいということが分かった。
この時わずかな失望を覚えたのを覚えている。「せっかく魔法のある世界に生まれたのに使えないのかよ、普通漫画とか小説とかだとそういう風になるじゃんか」と。
二つ目の大きな驚き、それは母のお腹が大きくなっているのに気付いた事である。つまり、近々弟か妹ができるのだ。これは大きな喜びである。神様に感謝すらした。前世で守ることのできなかった家族をまた持てるのだと。そして、なんとしてもこの幸せを守るのが至上の命題となった。
しばらくして後、我が家には妹が生まれた。名前はアイリである。母の名前からとられこの名前となった。小さくてかわいく、弱弱しい生まれたばかりの妹を実際に見て、尚更この子を守り抜きたいという母性のような衝動が強く意識されるようになった。
一方で、か弱い妹とさらに優しく愛情深くなる両親を見ると、一抹の不安が過っていたのも事実である。
そして、その不安は図らずも現実のものとなってしまうのである。